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イオンが「グリーバンスメカニズム」構築へ サプライチェーン従業員向け相談窓口開設

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イオンは、同社のプライベートブランドである「トップバリュ」の商品について、原材料の調達から製造、在庫管理、配送、販売までの全プロセスに関わる取引先の従業員から相談や通報を受け付ける「お取引さまホットライン」を開設した。企業がサプライチェーン上で起きている環境や人権問題をいち早く認識し、それに対処する人権デューディリジェンスの取り組みの一環だ。まずは第三者機関が対応に当たる相談窓口に気軽に声を寄せてもらい、内容によってはイオンが解決に動くことも含めて、個々の相談に寄り添った救済を行う「グリーバンスメカニズム」(苦情処理・問題解決の仕組み)の構築を目指す。(廣末智子)

人権上のリスクに救済の手段を 急務だったホットライン

同社は商品のサプライチェーン全体に責任を持つポリシーに鑑み、各サプライヤーに法令の遵守や適切な雇用などの人権課題や環境への取り組みを依頼する、独自の「イオンサプライヤー取引行動規範(CoC)」を2003年に制定。各サプライヤーが行動規範に適合した経営を行なっているかどうかを同社の認定監査員らが評価と監査を通じて確認し、各サプライヤーが主体的に改善することで、サプライチェーン全体に影響力を発揮するような体制づくりに注力してきた。

もっとも2019年にこの行動規範を人権デューディリジェンスの観点から見直し、同社のサプライヤーが、さらにその原材料の仕入れや調達を行なっているサプライヤーへと対応を要請していくことを強調した内容へと改定する中で、いくつかの課題が浮かび上がった。例えば、それまで生鮮商品を中心とする「トップバリュ」と、アパレルを含む「トップバリュコレクション」の2ラインにおける、国内外の、商品化に至る最終の加工場までは同社の監査が行き届いていたのに対し、それより上流に位置する工場や生産者に対しては行動規範の遵守を契約に盛り込んではいても実際の状況を把握できていないといったことがあり、そうしたことが今回のホットラインの開設につながったという。

これについて、同社の木村紀子・環境・社会貢献部イオンサプライヤーCoC事務局マネージャーは「2019年、2020年と、トップバリュの生鮮品の生産者さま、つまりサプライチェーンの最上流に位置する、農業や漁業、畜産を行っている方々の状況を確認するため、委託先様経由でアンケート調査を行いました。その回答率が6割程度と低かったことで、当社の意向や要求といったものが届いていない、もしくは確認できていないことがいちばんの課題だと分かりました。その原因を一つに絞るのは難しく、業界団体と対話をするにも時間がかかります。またいただいた回答の中で際立ったリスクは見えなかったのですが、やはり、外国人の技能実習生が送り出し国から借金を抱えて来日しているような状況の改善といった対応が現状できていないことは明らかでした。ですから、こうした人権上のリスクに対して救済の手段が与えられるように、急ぎ、開設をしたのが今回のホットラインです」と説明する。

第三者機関としてNGOが窓口対応

2020年の上期を過ぎた頃から本格的に検討に入り、イオン単独で行うのか、さらに大きなグローバルなイニシアチブの枠組みで行うのか議論を重ねた結果、人権問題に加え、「商品の品質を担保する上で、安全な製造ラインに関する案件にも対応できる窓口にしたい」という思いからも同社単独での開設を決めた。その上で、窓口の対応に当たる第三者機関として、サプライチェーン上の課題解決に取り組むNGOである一般社団法人「ASSC(ザ・グローバル・フォー・サステイナブル・サプライチェーン=アスク)」の協力を取り付け、同法人との協働でグリーバンスメカニズムを推進することとなった。現在はトップバリュの国内の製造委託契約先である約900の企業や組織に所属する従業員を対象としており、今年下期には海外の約300の企業、組織にも広げる方針だ。

相談はイオンのHP上の相談フォームかメール、またはフリーダイヤル、もしくはアスクの運営するスマートフォンアプリから受け付ける仕組み。相談内容は基本的に児童労働や強制労働、虐待・ハラスメント、差別などの人権侵害に関することや、労働時間、賃金、福利厚生など労働条件に関すること、職場における安全衛生など職場環境に関することが中心だが、イオンの要請から逸脱する事案やイオンとの取引における意見などに関しても受け付ける。総合窓口はアスクが行い、相談者が希望する場合のみ匿名でイオンに報告、相談の内容によってイオンとアスクが解決に向けた対応を取る。サプライチェーン上の雇用の課題などに関しては基本、アスクとイオンのCoC事務局が、製品の安全などに関するものは同社の品質管理や開発担当の部署が担当し、またイオンへの苦情やクレームに関しては取引管理や総務部門に引き継ぐ流れだ。

8言語対応、守秘義務厳守でハードル低く
ベトナム人ら技能実習生の相談を想定

アプリは日本語、英語をはじめベトナム語や中国語、タイ語、ミャンマー・ビルマ語など8言語に対応しており、イオンのHP上の相談フォームに関しても同様の対応に近づける。それ以外の言語についてもメールや電話による通訳を介した相談が可能で、窓口を利用するにあたっての言語のハードルを極力低くした。また相談をしたことによって本人に報復が及ぶことのないよう、守秘義務の厳守はもちろんのこと、最終的に相談当事者の情報以外はアスクからイオンに報告されるが、内容によってはアスクが解決策を提示することで相談が完結するような対応をとることも考え、どんな案件を抱える人に対しても、できるだけ気軽に相談できる体制づくりに気を配る。

木村氏によると、相談者にはやはりベトナム人をはじめとする外国人の技能実習生本人らを想定している。「日本の方だとほかにも相談できるところがあるかもしれませんが、そういったことができにくい外国人労働者の方に、こういう救済の場があることを知ってもらい、そうした方の声を拾いたいと願っています」。もっともどれだけの利用があるかは、蓋を開けてみないと分からない部分も多く、「国内の場合は、身近な、イオンの名前で発信することで、予想以上にいろいろな悩みやご相談が寄せられるかもしれませんし、一方で、委託先様にとっては、自分たちの問題がイオンに行ってしまう、ということにネガティブな思考を持たれるところも依然あり、そういう意味で、委託先様の方から(ホットラインを)積極的に展開するというには時間がかかるのかなとも思っています」とみる。

「すでに第三者様への相談窓口があり、それが機能しているところに関してはそれを着実に活用いただく。必ずしもイオンのこのホットラインを使ってくれ、というメッセージではなく、どこに相談すればいいかということをちゃんと提示し、このホットラインについてもできるだけ気軽にお使いいただけるよう、ポスターなどの掲示をお願いしたいと考えています」

「持続可能な調達方針」の裏付けにも

同社はこのほど行われた2020年度の「イオンのサステナブル経営説明会」の中で、2050年に向けた脱炭素ビジョンに加え、「持続可能な調達方針」についても、農産物や畜産物、水産物、紙・パルプ・木材、パーム油の分野での2020年目標に対する進ちょく状況を報告し、新たにコーヒーについても同社が認定する第三者認証を取得した原料を使用することなどを発表した。今回のホットライン開設に伴うグリーバンスメカニズムの構築も、同社のESG経営の「S」の部分、人権に配慮した公正なビジネスに向けた取り組みであるのはもちろん、この持続可能な調達方針の裏付けとして、生産者や労働者のコミュニティを支援し、生活や労働環境の改善に寄与するという意味で、位置づけとしては、その文脈に入るものだ。

日本企業に浸透低いグリーバンスメカニズム

日本企業にグリーバンスメカニズムはどれくらい浸透しているのか。森翔人・アスク理事によると、「ここ数年で問い合わせは増えているが、実際に体制を構築している例は少なく、サプライヤーとの円滑なコミュニケーションをとりながら、具体的な行動規範を基にした相談窓口を機能させていこうとしている今回のイオンの事例が先進的と言える」という。2011年に国連人権理事会で全会一致で承認された「ビジネスと人権に関する指導原則」に基づき、ビジネスと人権の救済に向けた人権デューディリジェンスへの対応を求める国際的な流れが加速する中で、この問題に対してサプライチェーン全体に一層の理解を働きかけ、かつ具体的に行動することが今、日本企業に求められている。

国内外のサプライヤーに対し、CoCに基づいて、実際に現場に赴いての監査を通じたコミュニケーションを重視しているイオン。木村氏によると、コロナ禍でもできる限り現場を訪れるようにしているが、緊急事態宣言下であったり、受け入れ先の状況によっては、セルフアセスメントの結果をリモートでインタビューするなどして状況の確認を行っているという。もっとも木村氏は、「こういった状況だからこそ、雇用に関する課題は発生している状況だと認識している」と強調した。コロナ禍の今、動き始めたイオンのグリーバンスメカニズムは、どの程度実効性を持ったものとなるのか。日本の先進事例としても、今後の動きに注視したい。

廣末智子(ひろすえ・ともこ)

地方紙の記者として21年間、地域の生活に根差した取材活動を行う。2011年に退職し、フリーに。サステナビリティを通して、さまざまな現場の当事者の思いを発信中。