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気候危機の時代を生きる企業の役割とは

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気候危機の時代だ。日本国内での台風や暴雨などの被害の深刻化はもちろん、昨年から今年にかけて240日余りも続いたオーストラリアの森林火災など世界でも自然災害が多発し、多くの専門家が「人類の活動による気候変動の結果である」と分析している。経済活動や消費者の動向にも大きな影響を及ぼし、企業がその対応に動くことは急務だ。サステナブル・ブランド2020横浜では「気候危機の時代を生きる企業の役割」と題したセッションを設け、分野、セクターを超えた登壇者が対策や求められていることを語り合った。(サステナブル・ブランド ジャパン編集局)

【Facilitator】
気候変動に関するアジア投資家グループ
プロジェクトマネージャー 古野 真 氏

【Panelist】
Ørsted
Managing Director of Ørsted Sales UK  Ashley Phillips 氏

MS&ADインシュアランス グループ ホールディングス株式会社
総合企画部サステナビリティ推進室 課長
浦嶋 裕子 氏

一般財団法人日本気象協会
事業本部 防災ソリューション事業部
専任主任技師 本間 基寛 氏

米国の気象庁は「2020年の1月は観測史上最も暑い1月だった」と発表した。今年に入って、史上初めて南極の気温が20度を超え、札幌気象庁によれば積雪量は平年の約半分。オーストラリアの森林火災では日本の国土の約3割にあたる面積の森林が焼失し、2000戸以上の家屋、10億以上の動物が犠牲になったとの推定がある。

気候変動リスクをどう捉えるか

ファシリテーターの古野氏が「世界各地で起きている信じ難い、異常な状況」という現在を、企業はどのように捉えているのだろうか。

浦嶋氏はMS&ADインシュアランス グループ ホールディングスで約10年間、サステナビリティに取り組んでいる。保険商品を取り扱う同社は、気候危機による災害リスクに敏感だ。「保険商品を売るということだけでなく、いかにリスクを適切に評価して、お客様に事前に伝えるかということが重要」な業界だ。

「全体にとって一番いい状況は、リスクが実際に起きないこと」と浦嶋氏は保険・金融の視点から気候危機の課題を分析する。保険というビジネスの根幹を、「リスクの影響を小さくしたり、発現を防ぐこと、不幸にもリスクが現実になったときには経済的負担を小さくすること」と説明した。

この数年、同社にとっても気候変動がトップリスクになってきている。再保険の大手、スイス・リーが発表した保険金の支払い額推移では、気候関連の災害が、地震・津波や人災に比べ、近年明らかに増えているという。日本国内でも、2018年の台風18号での被害による保険支払い額が1兆円を超えて最多額だ。「気候リスクをどう捉えるかは保険会社のビジネスの中核にあると言える」と浦嶋氏は話す。

課題は、その予測の難しさだ。不確実性が高く、いくら保険金を支払うことになるか、精緻な数字を出し難い。大学などの研究機関や国連機関と連携し、ビジネス、情報、テクノロジーを駆使して気候変動のリスク評価を計算し始めているという。

「緩和」と「適応」を事業に

登壇した本間氏はまさに「気象予測」に関するプロフェッショナルだ。日本気象協会で17年間、気象のデータ分析に携わってきた。冒頭で「(地球の)気温上昇、温暖化は疑いがない。記録的な猛暑や暖冬が、記録的でもなんでもなく、常態化することが確実だと考えている」と改めて警鐘を鳴らした。

日本気象協会は創業70年を迎えた、民間の「気象会社」だと本間氏は説明する。事業者向けに気象情報を提供する。

気候危機への対応として「緩和策」と「適応策」が必要なことはよく知られているだろう。日本気象協会の中にもこれらに対応する事業がある。「適応策」では気象の予測と分析を提供している。例えば昨年の台風19号の折に、3日前には「首都圏を中心に大規模な河川氾濫がある」ことを企業に伝えていたという。

食品メーカーなどにとっては気象予測のメリットは特に大きい。暑い、寒いなどの気象の予測がそのまま需要予測になるため、過剰生産や、無駄な物流や保管コストなどを抑えることができる。もちろんその分、無駄なCO2排出を抑制することにもなる。

そして「緩和策」としては、再生エネルギー(再エネ)事業者に対するコンサルティングなどを行う。再エネの発電量予測や、発電所の建設に関して適所を推薦する。日本の国土では適地は限られる。また通年の気候が定常的でなく、効率的に発電所を設置しなければコストが上がってしまう。「コンサルティングをしっかり行うことで効率的な再エネの設置を促し、その比率が高まることに寄与しなければいけないと思っている」と本間氏は言う。

課題を複合的に捉える

再エネ事業に真正面から取り組み、ダボス会議のglobal 100 index:世界でもっとも持続可能な企業100社で1位に評価されているのがØrsted(オーステッド)だ。Phillips氏は「産業革命前に比べ1.5℃未満に気温上昇を抑えることが重要」と事業の大前提を語る。

Phillips氏が「SDGsを達成することは不可欠だが、いくら努力しても、気候変動対策が上手くいかなければ、貧困の撲滅もままならない。貧困層の人々は農業や水産業といった一次産業に従事している場合が多く、天然資源に頼る生活をしていることが多いからだ。SDGsを全体的に達成するために、気候変動対策が重要な位置づけとなる」と話すように、現在の多くの問題の背景、根本のひとつに「気候危機」という壁がそびえ立っている。

同じくダボス会議で発表された、世界経済を危険にさらすリスク要因のトップ5はすべて環境課題だ。気候変動に対する緩和、及び適応策の失敗がもっとも重大なリスクとされた(補足として、今年5月に新型コロナのリスクが追加発表された)。

Ørstedは「気候変動のリスクは多軸に渡る」とそのビジネスリスクを分析している。サプライチェーンの混乱、人材の維持、組織として継続して成功をおさめることに対する、根本的なリスクにまで及ぶ。

「気温の上昇を1.5度未満に抑えるためにどうすればいいのか、そしてもしそれに失敗したらどういうことを考えなければならないのか。気候変動のリスクと機会を発見し、測定する必要がある」(Phillips氏)

インパクトあるアクションとは

「1.5℃」という目標を達成するために、全世界での温室効果ガス排出量を2030年までに半減、2050年までに実質ゼロにしなければならない。現実的にインパクトのある、具体的なアクションが必要だ。本間氏が先に話した気象予測を利用する売り上げ予測もそのひとつだろう。Ørstedは「この10年間でビジネスを変えた」という。

化石燃料からグリーンエネルギーへ、事業そのものを大きく変えたのみならず、所有する自動車を100%EVに置き換えるなど企業活動にまつわるあらゆる部分で気候危機に対応し、効果を測定している。今後は2025年までに企業活動をNet Zeroにするほか、2032年までにサプライチェーン全体でCO2排出量を50%削減する目標も掲げている。

さらに「2040年までにカーボンニュートラルにする」という大きな目標を持つ。そのために、この10年間で同社は約290億ドルの投資をしてきたが、これからの6年間では約300億ドルの投資をする。例えば輸送に関しては実現のためのプランはできているという。

2040年の目標にとってもっとも大きなボトルネックになるのは風力発電設備を製造するときのCO2の排出だという。サプライヤーと協調し達成する目論見で、サプライチェーン全体での取り組みが不可欠になるという。

「経営幹部のいかなる決定も、この目標(2040年までにカーボンニュートラルを実現する)を達成するための意思決定だ」とPhillips氏は力強く語った。

セクターを超えた連携と企業の役割

日本国内も含め、世界で各国の温室効果ガス削減目標がすべて達成できたとしても、今後、地球の平均気温は3度上昇するという分析がある。「科学的に必要とされている行動と実際の取り組みの間には大きなギャップがある」と古野氏は話す。地域、国、あるいは国際的なネットワークを通じた、セクターを超えた連携が必要で、そこに企業の役割がある。

「災害が起こったとき、いかに速やかに復旧するか」は重要だが、浦嶋氏は「安心・安全なまちづくりをする、という視点にいかに切り替えていくのか、保険会社も真剣に考えたい」と話す。「リスクを適切に回避することが経済的なインセンティブになるという社会をつくることが、もっとも経済合理的で、安全で効率的だと考えている」という。そして、それは保険会社だけで実現できることではない。

「この数年の日本の自然災害を受けて、対話や連携は増えていると感じる。この動きを加速させなければならない」(浦嶋氏)

「産業革命前に比べて気温上昇を2℃未満に抑える」「努力目標として1.5℃未満に抑える」というパリ協定の枠組みだが、IPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)は気候変動による壊滅的影響を避けるために、産業革命前に比べ気温上昇を可能な限り「1.5℃未満」に抑える必要があるとしている。

本セッションでは、最初の挨拶から最後のまとめまで、登壇者が「2℃」という数字に言及することはなく「1.5℃」が当然の前提として語られた。それほどまでに気候危機はひっ迫した課題だ。

しかしPhillips氏が言うように「気候変動に関して、われわれには影響力がある。組織として変革を起こす力があり、簡単ではなくとも、シンプルに、迅速にできることがある」のだ。浦嶋氏や本間氏、Phillips氏は「コラボレーションによって確実に気候変動への対策ができる」というメッセージを発した。気象協会、保険金融、発電事業という、異なった領域の3社が語り合った本セッションは象徴的だ。