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ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Life Media, Inc.)

ポスト・パーパスの時代、変化を生むヒーローはブランドではなく顧客

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ブランドはいまパーパス(存在意義)の危機に直面している。「パ―パスを語れば語るほど、若い人たちは信じなくなってきている」と話すのはトーマス・コルスター氏。コミュニケーションの専門家で、世界最大の広告祭「カンヌライオンズ」のSDGs部門で昨年、審査員を務めた人物だ。世界がさまざまな課題に直面しているこの時代に、ブランドにはどんなコミュニケーションが求められているか――。サステナブル・ブランド国際会議2020横浜でコルスター氏が語った。(サステナブル・ブランド ジャパン編集局=小松遥香)

パーパスの危機

「かつてパーパスの信奉者だった」と話すコルスター氏は2012年、『Goodvertising: Creative Advertising That Cares』を上梓した。同著では、広告が社会を良くする原動力になるとし、さまざまな優れた事例とその手法を説き明かした。そして、パーパスを顧客に理解してもらうことが大事だと伝えた。

しかし、2010年代初頭から世界は大きく変わった。とりわけ2015年にSDGsが採択されて以降、ブランドを取り巻く状況は急変した。未曾有の社会・環境的課題を解決していくために、意義のあるリーダーシップとブランドを構築し、これまでとは違う新たな方法で新たな取り組みを行うことが求められている。

「それにも関わらず、多くのブランドはポケモンを探すかのようにパーパスを探し、しかもなぜそれを探しているのか分からないという状況に陥っています。いまブランドは、自らが取り組む社会や環境に良いことを発信することに注力しすぎではないでしょうか」

コルスター氏はそう警鐘を鳴らし、出身地デンマークのスーパーを例に挙げた。デンマークはSDGs達成度の国別ランキングでも世界第1位の国だ。そこでは、棚に並んだあらゆる商品にサステナブルなものと書かかれているという。いかにプラスチックを削減し、海洋汚染を防いでいるかといった「私たちは環境を大事に思っている」ということを語り競争し合っているという。しかし、消費者の立場に立つと、どのブランドを信じていいのか分からない状況ではないかと指摘する。

「パーパスや、社会に対していいことをしていると語れば語るほど、信じる人は少なくなっています」

それを示すデータとして、デロイトがミレニアル・Z世代を対象に実施した調査を挙げた。2017年の調査で「企業はお金を儲けたいだけ」と答えた人は50%だったが、2018年には62%に上昇した。その間、ブランドは社会にいいことをやっているとアピールしているにも関わらず、若い人たちは懐疑的になってきていると指摘する。

最初に変わらないといけないのは誰か

では、ブランドやビジネス・リーダーは社会に本当に必要とされる変革(トランスフォーメーション)をどう生み出せばいいのだろうか。そして、人々が考える「グッド・ライフ」を実現するために何をすべきだろうか。

コルスター氏は、続けて米サステナブル・ブランドが実施した「グッド・ライフ調査」の結果を紹介した。そこで分かったのは、65%の人が「パーパスのある企業から商品を購入したい」と回答しながらも、実際に行動に移しているのは26%しかいないということだ。この約40%を縮めるためにブランドやビジネスリーダーは何をすべきだろうか。

コルスター氏は、この数字について「驚くべき数字ではない」と話し、「これは私たちが新年の抱負として『毎日走る』と誓いながらも、1日も走らなかったり、3日坊主で終わったりすることと同じです」と笑う。

「規模の大小は関係ありません。変革を起こす上で最も障壁になっているのは、私たち自身なのです。

組織として、変革を起こしたいというのであれば、投げかける質問を間違っていませんか。問いかけるべきは、なぜ私たちが存在するのかということではないのです。存在意義ではなく、多くの人が日々直面するいくつかの課題を乗り越え、考えを変えるために何ができるかということなのです。

この会場を離れる時、すべての組織、個人のみなさまに自問自答して欲しいことがあります。それは、『多くの人たちの自己実現のために何ができるのか』ということです」

コルスター氏は自らの新年の抱負を「もっとビーガンな食事をすること」と明かし、その実現を後押ししてくれているというデンマークの企業「Aarstiderne」を紹介した。同社は志の高いパ―パスについて語るわけではなく、地球と人間がどうつながっているかについて語り、自社農場で生産した野菜と一緒にビーガン向けのレシピを送ってくれる。コルスター氏が新年の抱負を達成する手助けをしてくれる企業だ。

ポスト・パーパスの時代はすでに始まっている

新たな時代に入り、ブランドにはパーパスを伝え信頼してもらうことではなく、顧客が「グッド・ライフ」を実現できるように変革的な変化をもたらす後押しをすることが求められている。「日々の中で苦しみながら、実現できていない小さな目標をどう実現させるか。その背中をどう押すかということが大事なのです」とコルスター氏は言う。

そうした変化を生み出そうとするときに、考えなければならない4つのことがある。

1.WHT 何をするのか。
2.HOW どうやってするのか。他にはないユニークな方法で商品やサービスを顧客に届けられるか。
3.WHO 他の人が変わるために何ができるか。
4.WHEN いつやるのか。

「『いつやるのか』という問いは大事です。これがなければ結局は実行せずに終わってしまいます」とコルスター氏は念押しした。

顧客が変わる後押しをする商品の一つとして、米国や日本などで販売されている健康増進型保険商品「Vitality(ヴァイタリティ)」を挙げた。Vitalityは単に保険をかけるだけでなく、日常的に運動することを促し、食べたものを記録するなどし、将来の健康リスクを下げる機能を備えている。専用アプリを使い、運動するとポイントが貯まるようになっており、ポイント数に応じて保険料やコーヒーショップのドリンクが無料になるといった特典がもらえる。

「ビジネスを変えて、地球をより良くするというパ―パスではなく、Vitalityは変化を約束するものです。より健康な生活をしましょうと呼びかけ、人の生き方を変えるような変化をもたらすのです。実際、専用アプリを使った人は1ヵ月で4.8日多く運動するようになりました」

パーパスではなく、顧客が変わる手助けをするために何ができるのか。コルスター氏は、それを伝える方が顧客の「モチベーション」が上がるという独自の調査結果も紹介した。いくつかのブランドの広告を比較し、温かさを感じるか、モチベーションにつながるかなどを調査した。

そこで分かったのは、「より良い明日のために」といったパーパスを伝えるブランドよりも、現状を変えられると伝える広告の方が、見た人のモチベーションが上がるということだった。例えば、P&Gの生理用品ブランドalwaysのCM「#LikeAGirl(女の子らしく)」。このCMは「女の子らしく」という言葉の持つ、男の子に比べて「か弱い」といった固定観念にとらわれず、自らの力を信じ、さまざまな挑戦をしていこうと背中を押す内容だ。そして、「女の子らしい」という言葉を「素晴らしい」という意味に変え、「既存のルールを書き換えよう」というメッセージを送る。

また、そうしたモチベーションを上げるCMを打ち出すブランドの商品が少し高くても買うかと聞くと、「買う」と答える人の数がパーパスを伝えるブランドのCMよりも多いという。

顧客を人生のヒーローに

新しい方法とリーダーシップで、意義のある組織をつくっていく必要があるとコルスター氏は強調した。

「クリスマスにプレゼントをもらったとき、私たちは何に対して幸せを感じているのでしょうか。どんな時に『これこそがグッド・ライフだ』と充実した気持ちを抱くでしょうか。それはコミュニティの一員になったと実感すること、より健康になること、新たなことを学んだと感じた時などです。

これまでの男性中心社会の中で築き上げられてきたリーダーシップを変えていくことも必要です。

そして、みなさま方がリーダーとして、他の人が変わる手伝いをしないといけません。人々が変わるためのプラットフォームにみなさまがなっていかなければならないということです。

いま、私たちは歴史上で極めて重要な時期に差し掛かっています。つまり、この世代が必ず変化を遂げなければ、気候危機のような危機的な状況は去らないということです。

会社ができることは限られています。リーダーができることも限られています。この部屋にいらっしゃる、みなさま一人ひとりが行動を起こさなければ、変わっていかないということなのです。

ですから、これまでと違う『問い』を立ててください。そして、変化を生み出したいと思うのなら、このシンプルな問いを自らに投げかけてください。

他の人が変わるために何ができるか。自分だけが変化しようとして、自分だけで取り組むと失敗します。でも、もしあなたが他の人をそれぞれの人生の『ヒーロー』にさせようとするなら、上手くいくということです。ぜひみなさま方も変わって、他の人も変えてあげてください」

小松 遥香 (Haruka Komatsu)

アメリカ、スペインで紛争解決・開発学を学ぶ。一般企業で働いた後、出版社に入社。2016年から「持続可能性とビジネス」をテーマに取材するなか、自らも実践しようと、2018年7月から1年間、出身地・高知の食材をつかった週末食堂「こうち食堂 日日是好日」を東京・西日暮里で開く。前Sustainable Brands Japan 編集局デスク。