サステナビリティ時代の企業ブランディング 選ばれ続ける会社とは?
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かつてCSRに注目していた時代は「企業は利益を追求するだけでなく社会へ与える影響にも責任を持つべき」という考えだった。しかし今のサステナビリティ時代は「社会に対して良い影響を与える企業こそが成長、発展し続けることができる」という思考法が主流になろうとしている。そうした中で生き残っていくには、社会課題を見極めながら、それに波長を合わせた自社ならではのビジネスを推進していくことが求められる。そうした視点で先進的な取り組みを行う3社の担当者が、第4回サステナブル・ブランド国際会議2020横浜で秘訣を語った。(いからしひろき)
パネリストは以下の3名。
日本製紙クレシア 営業推進本部本部長 髙津尚子氏
日本ロレアル 副社長 コーポレートコミュニケーション本部長 楠田倫子氏
大和ネクスト銀行 企画・事業開発担当取締役 田端達氏
ファシリテーターは中央大学大学院 戦略経営研究科フェローでSB-Jコラムニストの細田悦弘氏。
日本製紙クレシアは、「家庭紙」と「ヘルスケア」を事業領域とする。直接、消費者やユーザーと接点を持つ分野である。グループ内での立ち位置を踏まえ「お客様視点に立ち、健康で清潔な生活に貢献できる、価値ある商品とブランドを提供する」を企業理念に掲げている。
ちなみに、同社のブランド「クリネックス」「スコッティ」は、それぞれ日本初のティシューペーパー・トイレットペーパー商品。クリネックスは昨年発売55周年を迎えた。55年間守ってきた「品質」だけでなく、製品を通して社会の課題解決にも取り組んでいくという。
一方、日本ロレアルは、フランスに本社を持つ化粧品会社グループの一員で、日本での歴史は57年。グローバルの企業ミッションは「Beauty for All 美は人生を変える」。メーカーとして製品の機能による美を届けるのはもちろんのこと、その先にある「美を通して人生を豊かにいろどり、自信を持ってもらう」という情緒的価値も提供していきたいと考えている。SDGsにも早くから取り組み、活動が世界的に高く評価される、サステナビリティの先進企業だ。
大和ネクスト銀行は、大和証券グループの銀行部門として2010年に設立された。一般的な銀行とは違い、預金通帳の発行や公共料金の自動引き落とし、各種ローンなどは行わず、顧客の資産運用のサポートに特化しているのが特徴だ。客は60代、70代が約60%で、85%が投資経験を持っているという。
「自社らしい課題解決」その実例とは
細田氏は「かつては企業だけ儲けてはいけないから社会貢献もするという考えだったが、いまは社会に対して良い影響を与えている会社こそが収益性向上と持続的成長につながる」と話し、「企業ブランド」「現代社会の要請・期待(SDGs)」「事業戦略」の3つが重なった部分が、サステナブル・ブランディングの重要点、名付けて「STARS(Sustainable Triple Advantage through Response to SDGs)」であると説く。「売るほどある」技術や製品を活用したほうがパフォーマンスの高い貢献ができるとし、各社の「自社らしさ」のある取り組みについて問いかけた。
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日本製紙クレシアの髙津氏は、同社が「紙製品のリサイクル」での社会貢献活動に力を入れていると発表した。同社の工場のうち最大かつ消費地に最も近い、埼玉・草加の東京工場には紙リサイクルの施設があるという。単純には、牛乳の紙パックを回収してきて再生・再利用しているが、その詳細が面白い。
例えば、紙がパルプからできていることは周知の事実だが、そのパルプが「針葉樹と広葉樹を混ぜて品質の特性を作り出している」ことを知っている人は少ないだろう。針葉樹は繊維が長く太くて丈夫なのでカサを増したり強くしたりするために使われるという。一方の広葉樹は繊維が短く細いため紙の表面をなめらかにする効果が期待できるそう。その二つをさまざまに配合しながら、トイレットペーパーやティシューペーパー、キッチンタオルなどに作り分けている。
同社は提携するホテルやスーパーマーケットの他、工場のある草加市とタイアップして、小学校の給食の牛乳パックの回収も手掛ける。その小学生を対象にした工場見学と牛乳パックを活用したハガキ作り体験なども行い、リサイクルの啓発に努める。
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日本ロレアルはシングルマザーのキャリア支援を社会貢献として行っている、と楠田氏は話す。
日本は先進国の中でも児童の相対的貧困率が非常に高い。その理由の一つに「シングルマザー家庭の比率が高く、経済的に安定した環境の中で子育てができないことがある」と考えたという。
取り組みはNPO「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」と組み、シングルマザーの方に同社の美容部員を目指してもらう。いわゆる就業訓練だ。ただし美容部員は特殊な職業で、一般的な事務職希望者には別の人材派遣会社を通じて職場を探す手助けをしている。つまり2本立てのプログラムになっているのだ。
支援が経済的な安定に繋がることはもちろん、身だしなみやビューティーに関する講座を開催することで「自分をケアする」ことに触れてもらい、女性としての自信を取り戻す機会にもなっているのが興味深い。それは、「物的な価値だけではなく心理的な豊かさも手に入れて欲しいという企業理念を感じてもらえる活動」だと楠田氏は胸を張る。
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大和ネクスト銀行はもちろん、金融商品で社会にコミットしていると田端氏は語った。
例えば「応援定期預金」は、預け入れ残高の0.04%を慈善団体や活動に寄付するというもの。10万円で年間40円と寄付額は決して大きくないが、気軽に始められ、身近な施設・団体を「応援」することで親近感も湧く。
NPOや各種医療施設、団体、自治体の水源林保全の取り組みなど、現在は14の応援先を選ぶことができる。当初は個人向け商品として始めたが、近ごろは法人客も増えているという。この取り組みは昨年度の「ジャパンSDGsアワード」のパートナーシップ賞を受賞した。
具体的な製品・サービスは
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第2のテーマは「ビジネスによる社会課題の解決」だ。
「社会からの期待を的確に捉え、解決することができれば、新しいマーケット、新しい価値創造につなげることができる」と細田氏は言う。しかし、解決すべき課題はたくさんある。自社の強みをいかし、どの課題を解決するかを見極め、実践することがサステナビリティ時代のブランディングに直結する。
日本製紙クレシアの髙津氏は「流通の無駄」の解消事例について語った。
髙津氏によれば、「家庭紙」は空気を運んでいるようなもので、非常に流通効率が悪いという。比喩ではなく、実際にトイットペーパーのコアの部分は空洞、すなわち空気だ。そのため、11トントラックに製品を満載しても、重さは5トン分にしかならないという。
その問題を解決すべく商品開発したのが「3倍長持ちトイレットティシュー」。3ロール分の量が1ロールに巻かれている。その分1ロールの密度は上がるが、品質は柔らかいままだ。
これによって、トラックの積載効率が飛躍的に上がったという。運転手の手積み作業の負担軽減のため、パレット輸送に最適な梱包サイズに設計にした。小売店舗でも品出しの回数が減り労働時間の削減につながった。消費者にとっても交換の煩わしさが劇的に減り、トイレの棚の省スペース化にもつながると好評。メーカーにとっても包装資材の削減と物流効率アップのメリットが。まさに「三方よし」の商品開発だ。
日本ロレアルが例に挙げたのは、傘下のブランド「キールズ」だ。
キールズは1851年に米国・ニューヨークで生まれたスキンケアブランド。街角の薬局がルーツなので、コミュニティへの還元や地域共生がブランドのDNAだ。
このキールズが近年好調だという。日本では2008年から展開しているが、「ここに来て、地域共生を目指すブランドの姿勢が、時代の求めるものとマッチしている」と楠田氏は分析する。商品購買年齢は20代が中心だが、「環境にやさしい」「空容器を回収している」といった、サステナビリティに関連する事柄での認知が高いという。
この「社会性」をブランドの根幹に据え訴求すれば、ビジネスとしても価値ある提案になるのではないかと考え、2019年から持続可能性に関連するアクションを「MADE BETTER」というサステナビリティプラットフォームに全て内包することにしたという。
いまは店頭で容器を回収し、それをメイク道具にリサイクルして消費者にプレゼントしたり、店頭の紙袋を削減し、その削減率に応じて森林保全に寄付したりといった取り組みで好評を得ているという。コーズリレーテッド・マーケティングのお手本とも言えるだろう。
大和ネクスト銀行の田端氏は、グループとしての取り組みについて紹介した。
同グループの経営方針は「共通価値」だ。「経済的価値」の創出と同時に「社会的価値」も創出するビジネスを展開していこうというもの。同社は「SDGs債」の推進によって社会課題の解決に取り組む。インパクト・インベストメント、すなわち投資を通じた社会課題解決のニーズが増えている中、債権の発行体(社会的プロジェクトの実施者)と投資家をつなげるアクションに一層力を注いでいるというわけだ。
個人向けSDGs債の市場も大きくなっており、2019年3月末で総額1兆4077億円にもなるが、大和証券はその約50%の6974億円の販売額を占める。
さらに、社会課題の解決につながるM&Aのアドバイス、エネルギー・インフラ関連資産への投資、大和証券グループのネットワークとアグリテックの活用により、直接的に農業・食料分野における社会課題解決に貢献もしている。前出した「応援定期預金」は身近な社会貢献(子ども食堂、障がい者スポーツ支援など)につながっている。
最後に田端氏は、「潤滑剤として(社会課題の解決を)サポートしていきたい」という言葉でプレゼンを締めくくった。
社会の声に真摯に向き合いブランド価値を高める
髙津氏は「(自社の取り組みは)プロダクトブランドに依存しているところがある」と事業の課題をとらえ、「コーポレートブランドを育てるために『自社らしさの棚卸と検証』『社内での浸透、共有』『ブランドコミュニケーションの発信』を成功させ、その上で選ばれる会社になっていきたい」とポイントを整理する。
また楠田氏は、「次のフェーズではバリューチェーンにこだわらず、もっと大きな視座から地球全体、社会全体に貢献できることは何かを考え、発信していきたい」とステークホルダーを拡げてとらえる視点を提示した。
最後にファシリテーターの細田氏は、「さまざまなステークホルダーの意見を放っておいても法的拘束力やペナルティはない。しかし結果的に『そういう企業のものは買いたくない』『投資したくない』『貸したくない』『取引したくない』『働きたくない』などレピュテーションが悪化する可能性が出てきている」と警鐘を鳴らした。
一方で正しく対応すれば「『この会社はスマートだ』と情緒的価値が上がる」と、世の中の声に真摯に耳を傾け続けることを訴えた。いまの時代、それが企業のブランド価値を高め、選ばれ続ける会社であるための近道かつ王道だと言える。