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正道を歩み「こころ豊かな暮らし」の実現へ――花王 デイブ・マンツ ESG 統括部門 執行役員

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花王は2019年、ESG戦略「Kirei Lifestyle Plan(キレイライフスタイルプラン)」を策定した。同社はKirei Lifestyleを「こころ豊かに暮らすこと」と定義し、消費者のKirei Lifestyleを実現するために、パッケージ素材の変革だけでなく独自のユニバーサルデザインを導入し業界標準にすることを目指すなど、アクションを実行に移す。サステナブル・ブランド国際会議2020横浜の基調講演でデイブ・マンツ氏は「自らを変革し、消費者が持続可能な生活を送るためのお手伝いをしたい。するべきことを今始める、それが正道だ」と決意を表した。(サステナブル・ブランド ジャパン編集局=沖本啓一)

変革は可能か

花王のデイブ・マンツESG 統括部門 執行役員の故郷は米ペンシルバニア州西部の街、ピッツバーグ市。第二次世界大戦中は鉄鋼業で栄えた同市の産業は1970年代に衰退に転じ、大量の工場が閉鎖して街に失業者があふれた。それまでの産業で大気は汚染され、荒廃した街だった。しかしAIや医療を中心とした経済基盤へシフトした結果、街は美しく生まれ変わり、再生した。

「ピッツバーグ市の再生の背景には企業やNGO、政府などの協力があります。協力することのパワーは驚異的で、経済や社会を変えることができるのです。花王は人々の暮らしをより良いものへと変革する役割をこれまで担ってきましたが、その先の可能性も感じています」と講演の冒頭でマンツ氏は力を込めて話した。

1890年に花王を創業した長瀬富郎氏は「きれいである」ということを重要視していたという。より清潔に、より美しく暮らすことが個人や家族、国の成長の糧となると考え、それまで高価だった高品質な石鹸を一般に手に入りやすい価格で提供した。「正道を歩む」という長瀬氏の言葉はいまも企業理念「花王ウェイ」に息づいている。

ESG戦略「Kirei Lifestyle Plan」とは

その企業理念に基づく新たなESG戦略「Kirei Lifestyle Plan」の中心は消費者、個人であるとデイブ氏は強調する。

日本でも倫理的な消費者(エシカルコンシューマー)は増えてきているとマンツ氏は話す。昨年11月に発表された博報堂の「生活者のサステナブル購買行動調査」では、20代-60代の男女6000人の回答のうち約90%の人が、何かを買うときには長く使えるものかどうかを判断材料にしているなど、サステナブルな購買行動の特徴が見えると分析されている。

デイブ氏は「消費者は変化の時代におけるヒーローで、企業の役割は消費者の皆さんが正しい選択ができるようにすることです」と話し、持続可能な生活を望む消費者、個人の価値観の実現に寄り添う姿勢を示した。

花王はKirei Lifestyleを「こころ豊かに暮らすこと」と定義する。マンツ氏は「きれいとは清潔で、きちんと整っていて、美しいという3つの意味があると考えています」と話す。美しさとは生活の姿勢や振る舞いによるもので、自然を大切にして慈しむ気持ちが含まれているという。

この価値観を世界中の消費者に提供し、生活の中で実現してもらうために、花王は自社のアクションに優先順位をつけて取り組みを進める。気候変動や高齢社会、天然資源の枯渇など山積する課題を広くカバーする、12のESGアクションだ。

Kirei Lifestyle実現のためのアクション――業界標準目指す

Kirei Lifestyle Plan(画像クリック=花王公式ページ)

花王のアクションは2030年までに目指す3つのコミットメントに整理されている。「自分らしく生きる」「小さくても意味のある選択肢の提供」「科学的に地球が許容できる範囲内の環境フットプリント」だ。アクションの中でもユニークなのは「ユニバーサルプロダクトデザイン」。高齢かどうか、障がいの有無にかかわらず使いやすく設計された製品の例をマンツ氏は示した。

例えば、シャンプーとコンディショナー、ボディソープのそれぞれの容器に、異なる凹凸をつけることで、視覚に頼らず中身が判別できるデザインなどだ。既に独自のユニバーサルデザインの製品を市場投入しているが「どのブランドの製品でも同じように識別ができるように、それを業界の標準にしようという活動も始まっています」とマンツ氏は明かした。

さらに「次の10年では、製品の100%をユニバーサルデザインのガイドラインに則って作ろうという計画を持っています」と同社は意欲的だ。

もちろん、デザインだけでなくR&Dへの投資を積極的に行っており、洗濯用洗剤「アタック」では洗濯時の環境負荷を下げる改善やバージョンアップが継続的に行われているという。

協働の重要性を念頭に

ブレイクスルーとなるデザインや製品だけでなく、花王では既存製品や製品のあり方への改善を特に重要視しているという。2005年時点と比べて製品ライフサイクル全体で、二酸化炭素排出量は17%削減し、製品と同時に使う水の量は21%削減している。

さらに昨今大きく問題視されるプラスチックごみ対策も進めている。売り場で目立つようボトル容器に取り付けられた販促用の「アイキャッチシール」は「買った直後に捨てられるもの」と喝破し、2021年末を目途に全廃する。容器自体も、2030年までにハードボトルから「エアインフィルム」などリフィル(詰め替え)可能なフィルム容器に切り替えることを目指す。

同社が初めてリフィル製品を発売したのは1991年だが、マンツ氏によれば「日本の市場ではリフィルが受け入れられているので、プラスチック使用量を大幅に減らすことが実現しています。リフィルによってプラスチック使用量は70%削減できます」という。

単にリフィルができるだけなく、リフィルしやすい形状の容器、リフィル容器にヘッド部分を着脱できるようにする「スマートホルダー」、そしてリサイクルが可能な単一素材のフィルム容器と、まさに消費者の需要に応え「正しい選択ができるように、選択肢を提供する」製品の進化を続けている。

リサイクルしたフィルム容器は公園のベンチや、レゴのように組み立て可能なブロックに再生され、「リサイクリエーション」というプログラムを5つの自治体と協働で展開する。

「単独ではできません。協働することによってリサイクルの重要性への意識向上につなげたいと考えています」とデイブ氏は説明した。同プログラムにおいてリサイクル事業を手がける米スタートアップ「テラサイクル」と日本で初めて協働したのも、その重要性を認識しているためだとマンツ氏は説明する。

課題の解決へ消費者の参加を呼びかけ

花王は同業界のすべての企業と環境負荷を削減する技術を共有したいと考えているという。「多くの人に選択肢を提供するためには、より多くの企業にテクノロジーを使ってもらう必要があります」とマンツ氏は言う。

その先にはどんな社会があるのだろうか。

「新しい10年が始まろうとしています。今まで以上に、ステップを踏んで変革を進め、自然環境を取り戻し、より良い健全な環境に立て直す。より公平な、インクルーシブな社会をつくる必要があります」

「Kirei Lifestyle Plan」はそのための青写真だという。

「かつてピッツバーグ市の人々は、現在のような美しい街へと変革することが可能だと信じなかったでしょう。多くの人は、いま世界が直面している問題を解決することは無理だと思っているかもしれません。しかし花王はそう考えていません」とマンツ氏は言い切った。

「課題の規模を甘く見ているわけではありません。Kirei Lifestyleを実現できるように、するべきことをいま始める、それが正道だと思います。皆さんのために、皆さんが愛する人々のために、そして地球のために、このパートナーシップに参加頂きたいと思っています」

沖本 啓一(おきもと・けいいち)

フリーランス記者。2017年頃から持続可能性をテーマに各所で執筆。好きな食べ物は鯖の味噌煮。