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ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Brands, PBC)

SDGs時代の教育:自ら考え、自分ごと化できる子どもをどう育てるか――田村哲夫・渋谷教育学園理事長

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将来世代とその育成は日本、世界の持続可能な未来のために不可欠なテーマだ。サステナブル・ブランド国際会議2020横浜の基調講演には、ESD(持続可能な開発のための教育)の普及に取り組み、日本有数の進学校、渋谷教育学園を運営する田村哲夫理事長が登壇した。田村理事長は、複雑で不確実なSDGs時代において「すべてを自分のこととして考える当事者意識を持てる人を育てることが大事」と話し、子どもが目標を見出しづらい成熟社会の日本においてSDGsを教育目標として掲げる重要性を説いた。(サステナブル・ブランド ジャパン編集局=小松遥香)

SDGsの根底にはESDがある

ESD(Education for Sustainable Development)は2002年、ヨハネスブルグで開催された「持続可能な開発に関する世界首脳会議(環境開発サミット)」で日本政府が提唱したものだ。国連総会で採択された後、ユネスコが主導して国際的に推進してきた。文部科学省はESDをこう定義する。

「これらの現代社会の課題を自らの問題として捉え、身近なところから取り組む(think globally, act locally)ことにより、それらの課題の解決につながる新たな価値観や行動を生み出すこと、そしてそれによって持続可能な社会を創造していくことを目指す学習や活動。つまり、ESDは持続可能な社会づくりの担い手を育む教育」

田村理事長は、日本ユネスコ国内委員会会長としてESDの普及に取り組んできた。

「SDGsの基本はESDです。2014年に名古屋で開催した『持続可能な開発のための教育(ESD)に関するユネスコ世界会議』で会議した結果が国連で取り上げられ、2015年9月に国連でSDGsが採択され、SDGsが世の中に広がっていったという流れがあります」

教育の基本はソクラテスの言葉に

SDGsやESDなど国連の活動、地球社会の基本には「基本的人権の尊重」の考えがあると田村理事長は話す。「若い方やこれから教育を受ける方は、基本的人権の尊重を当たり前のものと思っています。しかし、これは長い時間をかけ1000年近い歴史の中でつくり上げられてきた思想」と話し、その起源を紐解いた。

「約2500年前、ソクラテスはギリシャで人類文化史上初めてとなる記念すべき言葉を残しています。『社会や集団のルールよりも個人の考え方のほうが実は大事』というものです。

それを言ったために、ソクラテスはアテネの市民社会で死刑の宣告を受けます。彼は悩んだ末に、逃げられたのに逃げずに死刑を受け入れました。それほど社会のルールというのは、そんなに簡単に無視していいものではないのです。

しかし、ソクラテスが残してくれた考えを私たちは忘れてはいけません。重要なのは、『一人ひとりの考えの方が実は大事』という考えを常に忘れないことです。この発想の流れが、基本的人権の考え方につながりました」

複雑で不確実な世界を生きるために必要な、自ら考える力

OECD(経済協力開発機構)は2018年、2030年に向けた教育のあり方をまとめた学習の枠組みを発表した。その中で、複雑で不確実な世界を生きるために、将来世代の子どもたちには「エージェンシー(agency)」が必要と書かれている。そして、社会を変革し、未来を創造するためには「新たな価値を創造する力」「対立やジレンマを克服する力」「責任ある行動をとる力」を育む必要があることも。

その「エージェンシー」について、田村理事長はこう説明する。

「自分というものを突き詰めて考え、それを大切にしていくことです。次の世代を担う人たちには、『当事者意識を持つということだよ』と伝えています。すべてのことに対して、自分のこととして考えることです。言われたからやるのではなくて、すべて自分のこととしてやるというスタンスを忘れてはいけません」

そして、これは基本的人権の考え方につながっていると田村理事長は話した。

「基本的人権というのは、私たちの国では憲法にたくさん書いてあります。複合的、総合的な権利です。その中に、これを外すと基本的人権が成り立たないという権利があります。『人格的自律権』です。これはつまり、自分の人生は自分が決める、自分が人生をつくる責任者だということです。これがすべての教育の基本にあるというのが私の考えです。その考えが発展してESDになり、そしてさらに発展してSDGsになって具体化しました」

AIやロボットなどの革新技術を産業や社会に取り入れる未来社会「Society5.0(超スマート社会)」において求められるのは、コンピューターが最も苦手とする「Sense of Agency(行為の主体感)」の分野だ。教育現場にいる人たちには、人間にしかできないこの分野で力を発揮する人を育てていくことが求められる。田村理事長は「そうしなければ、蟻や蜂のようにAIの命令通りに生きる社会になる」と警鐘を鳴らした。

成熟社会の日本で、教育目標としてSDGsが大切な理由

日本をはじめ欧米諸国など成熟社会に突入した国々は、中国や東南アジア諸国のような経済発展の真っただ中にいる国々とは異なる。田村理事長は「この時代の教育はものすごくやりにくい」と言い、「だからこそ、SDGsを教育目標にすることが今の若者には大切だ」と説明した。

「今の若者はいわゆるポストモダンと呼ばれる、何を信じていいか、何を将来の目標としていいか悩ましい時代を生きています。幻想を抱くことが大変難しい時代です。その中で、SDGsは良い幻想であり、目標です。子どもたちが差し当たり実現しようと考えることのできる、非常に適切で、具体的な取り組みを示してくれています」

学校を含め、色々な分野がSDGsに取り組み、さらに個別に具体的目標に取り組んでいくことで、日本の「社会」を維持する重要な役割をSDGsが果たしていくと田村理事長は考える。

「2030年になると、人間の社会もまた随分変わるだろうなと思います。その次の目標をすでに本当は考え始めていく必要があるだろうと思います。ソクラテスが残してくれたように、個人の考えも大事です。しかし社会が成立しなければ、元も子もなくなってしまいます。そのために教育をしっかりと生かしていくことが今の私のテーマと考えています」

渋谷教育学園は「自調自考(自らの手で調べ、自らの頭で考える)」を教育目標に掲げる。しかし、「自調自考」が求められるのは今や子どもだけではない。前日19日の基調講演でベネッセホールディングスの安達保社長は「日本の大人は、アジアでもっとも職場以外での学習や自己研鑽をしていない」というレポートを示し、「単に学校を出たという『学歴』ではなく、何を学んできたかという『学習歴』が重視される社会にしていきたい」と話した。社会が急速に変化し、大人も学び続けなければ生きづらくなる時代に突入している。将来世代と共に生きる大人にとっても、SDGsを一つの指針とした「自調自考」が必要だ。

小松 遥香 (Haruka Komatsu)

アメリカ、スペインで紛争解決・開発学を学ぶ。一般企業で働いた後、出版社に入社。2016年から「持続可能性とビジネス」をテーマに取材するなか、自らも実践しようと、2018年7月から1年間、出身地・高知の食材をつかった週末食堂「こうち食堂 日日是好日」を東京・西日暮里で開く。前Sustainable Brands Japan 編集局デスク。