
ネイチャーポジティブに向けた企業の取り組みを評価・開示する枠組み「TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)」。日本は世界で最も多くの企業が開示を宣言した「TNFD大国」だが、情報の開示自体が目的化してはならない。
サステナブル・ブランド国際会議 2026 東京・丸の内のセッション「TNFDの今とこれから」では、同会議サステナビリティ・プロデューサーの足立直樹氏がファシリテーターを務め、先進企業からはヤマハの阿部裕康氏とキリンホールディングスの美鳥佳介氏、そしてNGOの視点から開示状況を分析するWWFジャパンの東梅貞義氏が登壇。「可視化された自然リスクに対し、企業はどうアクションを起こすべきか」という問いを巡り、議論が交わされた。
| Day1 ブレイクアウト ファシリテーター 足立直樹・サステナブル・ブランド国際会議 サステナビリティ・プロデューサー / レスポンスアビリティ 代表取締役 / サステナブル経営アドバイザー パネリスト 阿部裕康・ヤマハ 経営企画部 サステナビリティ推進グループ グループリーダー 東梅貞義・公益財団法人世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン) 事務局長 美鳥佳介・キリンホールディングス CSV戦略部 Chief Researcher |
「木材デューデリジェンス」で楽器の音色を守る

ピアノ、バイオリン、クラリネットなど、ヤマハが扱う楽器は世界各地の約70種類の樹種から作られる。同社の阿部氏は「(事業が)森林に極めて強く依存している」と実態を語り、木材の枯渇は「楽器が成立しなくなる死活問題」に直結すると危機感を示した。
実際に同社がバリューチェーン上流の木材調達プロセスを分析したところ、気温が上昇すると特定の樹種の生育適域が激減することが数値で示されたといい、「経営層にも中長期的な調達戦略の必要性が浸透した」と阿部氏は語る。
具体的なアクションとして、合法性と持続可能性を確認する「木材デューデリジェンス」を徹底するとともに、原産地での森林保全プロジェクト「おとの森活動」を展開。タンザニアでは、木管楽器の材料で準絶滅危惧種である「アフリカンブラックウッド」の植林技術支援や、端材を電子ピアノの鍵盤に再利用する技術開発などを通じ、地域コミュニティと「Win-Win」の関係構築を目指しているという。
スリランカ紅茶農園の生態系を回復する

キリンは2022年、世界に先駆けてTNFDベータ版での試験的開示を行った先進企業だ。背景には、ビールの大麦やホップ、そして紅茶の茶葉など、同社のビジネスもまた自然の恵みに大きく依存していることがある。
同社の美鳥氏は、LEAPアプローチのうち「L(Locate:自然との接点の発見)」の重要性を強調する。「どこから調達しているかというトレーサビリティが確保できなければ、どの自然に影響を与えているのかも分からない」
そこでキリンは、調達への依存度が特に高いスリランカの紅茶農園に焦点を当てた。レインフォレスト・アライアンス認証の取得支援を10年以上続けるだけでなく、新たに現地の農園で生態系調査を実施。「絶滅危惧種が生息していることを確認し、生態系の回復をモニタリングするフェーズに入っている」といい、2025年には現地のNGOや政府機関を含めた50人以上のステークホルダーを集めたフォーラムも開催したことを報告した。
調達だけでなく地域コミュニティにも目を

こうした先進事例を受け、WWFジャパンの東梅氏は、日本企業60社以上のTNFD開示状況を分析した独自のレポート結果を解説した。同氏は、直接操業だけでなく、バリューチェーン上流の間接的な影響まで開示できている企業が十数社あることを「グッドスタート」と評価しつつ、課題も指摘する。
「これまでの日本のCSRは『社会に良いことをしています』というポジティブな発信が中心だったが、TNFDは本来、『自社事業のマイナスインパクトを事業リスクとして把握し、回避・軽減する』というネガティブな事実の開示が不可欠。ここは多くの企業がハードルを感じている」
さらに、もう一つの重要ポイントとして「IPLCs(先住民と地域社会)」へのエンゲージメントを挙げた。「自然資本の保全は、そこに住む人々の権利や生活を守ることと同義。企業は原材料の調達先という視点だけでなく、その自然に依存して生きる地域コミュニティにいかに還元するかを考える必要がある」と東梅氏は力説した。
経営層を動かし、ネイチャーポジティブを実装せよ

後半のディスカッションでは、ファシリテーターの足立氏の「開示されたリスクを社内でどのような議論につなげているか」という問いに、リアルな実情が交わされた。
ヤマハの阿部氏は「木材調達の危機的状況は投資家からも理解を得ており、持続可能な木材利用率80%という目標は役員報酬にもひも付いている」と本気度を語る。キリンの美鳥氏も「スリランカ現地の農家やNGOの生の声を動画で撮影し、経営層に直接届けることで、感情的な訴求も工夫している」と社内浸透の裏側を語った。
これを受け、東梅氏は「自然への悪影響は、環境団体の訴えではなく国際条約やEUの規制によって、明確な『貿易リスク』『サプライチェーンリスク』として顕在化している。これを事実として経営層に伝えることが重要だ」と後押しした。
セッションの最後に、足立氏が「自然に関連する課題は、もはや一企業、一セクターで解決できるものではない」と総括。情報開示をゴールとせず、自然と地域社会を回復させる次の一手へどう踏み出すか。日本企業の真の実行力が問われる議論に、会場から拍手が送られた。
横田 伸治(よこた・しんじ)
サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者
東京都練馬区出身。毎日新聞社記者、認定NPO法人カタリバ職員を経て、現職。 関心領域は子どもの権利、若者の居場所づくり・社会参画、まちづくりなど。













