
ウェルビーイングへの注目が高まる一方、企業の取り組みは手段や表層にとどまっていないか——。「サステナブル・ブランド国際会議 2026 東京・丸の内」のブレイクアウトセッション「Well-beingの新潮流~そこに社会的価値はあるのか?」では、社会学者・お寺の住職・テクノロジー研究者という異なる立場の3氏が登壇し、個人の幸福と社会のつながりを巡る本質的な議論を展開した。
| Day2 ブレイクアウト ファシリテーター 山岡仁美・サステナブル・ブランド国際会議 D&Iプロデューサー / グロウス・カンパニー・プラス 代表取締役 パネリスト 権永詞・千葉商科大学 人間社会学部 教授 齋藤紘良・簗田寺 住職 / 社会福祉法人東香会 理事長 西尾泰和・サイボウズ・ラボ 主幹研究員 |
ファシリテーターを務めた山岡仁美氏はまず、企業が取り組むウェルビーイング施策の実態を問い直した。心理的安全性の確保、健康経営、エンゲージメント向上…。これらは確かに意義ある取り組みだが、「手段に陥っていないか、表層にとどまっていないか」と提起。
その上で注目したのが、分断という現代的な課題だ。グローバルな政治対立から企業内の縦割り組織まで、規模の大小を問わず分断は広がっている。「分断する時代においてこれから求められるものは何か。ウェルビーイングの潮流を探りたい」と語り、登壇者へと橋渡しした。
「よさ」の共有規範が消えた社会

千葉商科大学教授の権永詞氏は、1970年代以降に進行した「個人化」という社会変動を議論の出発点に置いた。終身雇用の弱体化や家族モデルの多様化などが自己決定の拡大をもたらした一方、「よさ」を決める共有規範が消失した。こうした状況の中で、主観的ウェルビーイングが「よさの内容を問わずに感じ方で測る」合理的アプローチとして台頭してきたと説明した。
しかし権氏はその限界も指摘。幸福の「科学化」は、差別や不平等など本来、社会構造の問題を個人の心の問題に回収してしまう。「幸せを感じられないのはあなたの感じ方の問題」という論理は自己責任論を正当化しかねない。また社会は、「共同体の価値を守りたい旧来の中産階級」と「自己実現を重視する新たな中産階級」との間で新たな階級的分断を生み出していると分析。権氏は「私たちがより多く共有できる普遍性を、実践的・対話的に模索していくことが必要だ」と訴えた。
「ご縁」から生まれるウェルビーイング

東向山簗田寺(東京都町田市)住職の齋藤紘良氏は「ご縁」を仏教的に定義するところから話を始めた。ご縁とは「つながりを感じている状態」であり、全てが変化する関係性で成り立つという「一切皆空」の思想に根差す。ご縁とは偶然の出会いではなく、「関係性を定義する行為」そのものだという。
簗田寺では、この考えに基づき「法門(法要・座禅)」「祭門(縁日・音楽イベント)」「物門(里山手入れ・物々交換)」「財門(宿坊・食堂・マルシェ)」という4つの門を設け、多様なご縁の接点を作り出している。「様々なご縁が交ざり合う中で多角的な価値観が定義され、それを横断できる軽やかな意識がウェルビーイングへとつながる」と齋藤氏。また2024年には簗田寺に「500年の学校」を開校した。多様な経歴を持つ講師が講座を開き、受講生が互いの人生経験から学び合うことで、個々人の悩みを共同体の課題として共有する実践の場だ。
多様性の「爆発」を協力のエンジンに

サイボウズ・ラボ主幹研究員の西尾泰和氏は、オードリー・タン氏らの共著『PLURALITY』(2024年、日本語版2025年)のコントリビューターの一人だ。プルラリティ(多元性)を「社会の中にある多様性と、多様性をまたいだ協力を育む技術」と紹介。「プルラリティはすでにここにある」というタン氏の言葉が示すように、多様性は目指すものではなく、すでにここにある力として活用するものだという。
AIがすでに博士課程在籍者の難問正答率を超えた今、「全てをAIに委ねる」か「個人の自由に任せる」かという二項対立を超えることが求められる。西尾氏はノーベル経済学賞を受賞したエリノア・オストロム氏の知見を引きながら、多層的・多中心的なガバナンスの重要性を説いた。また「ブロードリスニング」として、AIを活用して大勢の人の意見を同時に集め、共通点や相違点を可視化することで集合知を引き出す技術を、サイボウズ社内の事例も交えながら紹介した。
「分断」をつなぐ橋を、繰り返し架けていく
後半のディスカッションでは各登壇者の問題意識が交差した。権氏は「多様性の爆発を制御する『線』を作ることが大事で、その線を更新し続けることができなければ塊同士の大爆発になる」と述べ、西尾氏は「再生可能多様性」という概念を紹介した。多様性は消えて一つになるのでなく、常に新しい差異を生み出し続けるものという考え方だ。
「速度と余白」を巡っては、権氏が「社会的加速」の問題を指摘し、齋藤氏が保育園の園長を長年務めた経験から「暇を抱えて街を歩く方が子どもの気付きは豊か」と余白の重要性を訴えた。山岡氏も「プルラリティを『武器』として急いで使いこなすのではなく、余裕を持って遊び心で扱えることが大切」と呼応した。また齋藤氏が「知足安分(足るを知る)」という仏教概念を提示したことで議論はさらに深まり、GDPによる測定から「複数の価値軸」で人生を捉え直すことの意味へと広がった。

会場からは「組織のパフォーマンス追求と個人の幸せの両立」「嫉妬をいかに乗り越えるか」など実践的・哲学的な問いが相次いだ。西尾氏は「金額だけを目標にしたレースはどこまで行っても満ち足りない。従業員満足度を重視する組織が人材獲得でも優位になる時代が来ている」と指摘し、齋藤氏はAとBの二項対立の間に第3項を見つけることで苦しみが解消される仏教の論理を解説した。西尾氏はそれをプルラリティの「ブリッジグループ」、つまり対立する2つの立場をつなぐ第3のグループを作るという考え方と重ね合わせた。
ウェルビーイングを起点に、縦横に議論を展開した3氏。西尾氏は「異なる概念を持つ人たちが集まり、ブリッジを見つけることで新しいものが生まれた。これを繰り返していける社会であってほしい」と期待し、齋藤氏は「つながりそうもないものを自分の中でつなげていく、それがクリエイティビティになる。今日、仏教とプルラリティがつながることを実感した」と振り返り、セッションは幕を閉じた。
眞崎 裕史 (まっさき・ひろし)
サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者
地方紙記者として12年間、地域の話題などを取材。フリーランスのライター・編集者を経て、2025年春からサステナブル・ブランド ジャパン編集局に所属。「誰もが生きやすい社会へ」のテーマを胸に、幅広く取材活動を行う。














