
建設業界では実績を重ねてきた企業でありながら、一般にはそれほど知られていない企業があります。新菱冷熱工業(以下、新菱冷熱)です。非上場のBtoBサブコン(建設工事において、設備工事など専門領域を担う企業)という立場ゆえ、投資家や生活者からの直接的なプレッシャーは限定的です。
しかし同社は、その構造的な「静けさ」を言い訳にしません。むしろ、自ら顧客企業や市民社会との対話を仕掛け、社会からの期待とのずれを確認し、軌道修正を重ねながらサステナビリティ経営を進めています。その設計思想からは、規模や上場・非上場を問わず、サステナビリティ経営に向き合う企業が学べる示唆が多くあります。
非上場サブコンという立場
新菱冷熱をご存じでしょうか。私もご一緒するまでは社名を知りませんでした。同社は空調、衛生、電気など建築設備工事全般を手掛ける総合設備会社です。新菱グループ全体で6000人を超える従業員を擁し、東南アジアやインドにも現地法人を展開するなど、国内外で幅広く事業を展開しています。本連載で取り上げてきた企業と比べると規模は大きい部類に入ります。
大手ゼネコンが建設するビルや施設において、設備工事を担当し、完成後も保守・メンテナンスを通じて長く関わります。社会インフラを支える重要な役割でありながら、一般生活者からは見えにくい存在でもあります。
非上場であるため、投資家からのESG評価や市場の圧力はありません。BtoB企業であることも重なり、生活者からの声も限定的です。この構造は、サステナビリティ経営において「ずれ」が生じやすい環境でもあります。だからこそ、新菱冷熱は自らを律し、問い続けています。10年のお付き合いになりますが、その姿勢は一貫しています。
ずれが起きやすい構造
非上場であること、BtoBであること。それ自体がマイナスというわけではありません。しかし外部からの刺激が少ない環境では、自社の取り組みが社会の期待と合致しているかを確認する機会も減ります。
顧客には大手ゼネコンに加え、メーカーやエネルギー関連会社、データセンター事業者なども含まれます。とりわけゼネコンが顧客となる場合には、時価総額1兆円を超える企業群の一次サプライヤーとして事業を担う立場になります。サステナビリティ情報の開示は高度化し、気候変動、人的資本、人権、サステナブル調達への対応も着実に進んでいます。
そうした顧客水準と新菱冷熱の取り組みがずれていては信頼を得られません。国際動向との隔たりも将来のリスクとなります。同社は早くからその構造的リスクを認識し、「ずれを放置しない設計」を組み込んできました。
軌道修正を仕掛ける3つの設計
①期初のトレンド勉強会
新年度のスタートに当たり、活動は勉強会から始まります。役員から担当者までが参加し、国際動向や国内政策、上場企業の開示動向を確認します。
「非上場だからやらなくてよい」という発想はありません。むしろ、国内外の動向を丁寧にキャッチアップし、情報開示も含めて分かりやすく発信していくという認識が共有されています。ここが出発点です。
②月次での進捗確認
年間計画では、重点テーマの整理と情報開示まで見据えたスケジュールを設計します。活動とコーポレートレポート作成は両輪です。
内容は毎年同じではありません。マテリアリティの見直し、CO2削減の進展段階、人権デューデリジェンスの実装化、社内浸透の深化など、その年度の優先順位と到達点を定めます。
月1回の進捗(しんちょく)確認では、例えばサステナブル調達のアンケート水準をサプライヤーの規模を踏まえて検討し、結果のフィードバック方法まで議論します。一方通行にしない。ここにもエンゲージメント重視の姿勢が表れています。
③バリューチェーン軸の立ち位置確認
2025年には大手ゼネコンとのダイアログも実施しました。サブコンの事業はゼネコンから続くバリューチェーンの中に組み込まれています。一次サプライヤーであると同時に、自らもサプライチェーンを抱える存在であり、自社単体では完結しません。
だからこそ独立独歩ではなく、全体の中での立ち位置を確認し、関係性の中で責任を果たすという発想が重要になります。
CO2算定範囲や方法、サステナブル調達の方向性について率直な意見交換を行い、顧客の計画を理解することは軌道修正に大きく役立ちました。同時に一次サプライヤーとしての責任を果たすことにもつながります。この対話は非常に有意義で、コラムをもう1本書けるほどの内容でした。

市民社会とのダイアログ
もう一つ紹介したいのは、市民社会との対話です。ゼネコンが「事業上の上流」なら、市民社会は「社会的正当性の上流」に当たります。
業界内で高水準でも、社会全体から見れば偏りが生じる可能性があります。その確認のため、SDGsジャパンなどの市民社会団体との対話を設けています。
マテリアリティや人権デューデリジェンス、サステナブル調達などについて率直な意見を受け取ります。顧客との対話が事業整合性の確認なら、市民社会との対話は社会との整合性を確かめる営みです。評価を得るためではなく、「ずれ」を確認するための仕組みです。
静かな強さと芯の強さ
ESG評価機関のスコアも株価もありません。それでも同社は自らの意思で進み続けます。
非上場だからこそ注意深く。BtoBだからこそ積極的に対話を。ずれをなくすために自ら仕掛ける。その姿勢を私は「静かな強さ」と呼びたいと思います。
市場の圧力がない企業は本当に自由なのでしょうか。評価されないことは責任からの解放なのでしょうか。
新菱冷熱を見ていると答えは逆です。問われないからこそ自ら問い、評価がないからこそ社会とのずれを確かめにいく。その積み重ねが自律となって表れています。
目立たなくても、評価されなくても、社会との接点をつくり続ける。その姿勢こそが新菱冷熱の本質であり、企業経営への一つの示唆だと感じています。
| 【参照サイト】
新菱冷熱工業ホームページ https://www.shinryo.com サステナビリティサイトページ https://www.shinryo.com/sustainability/ コーポレートレポート https://www.shinryo.com/sustainability/report.html |

今津 秀紀
株式会社Sinc 統合思考研究所 客員研究員/ SustainWell Imazu(サステインウェル いまづ)代表
元TOPPAN株式会社 SDGs事業推進室 室長 兼 TOPPANホールディングス株式会社 社長戦略室 SDGsビジネス担当。サステナビリティを軸にしたコーポレートコミュニケーションの専門家。現在は、重要課題の特定や目標設定など、サステナビリティ経営推進の支援を行っている。企業情報サイトランキング1位、サステナビリティ報告書賞 最優秀賞、エコサイトランキング1位、Green Good Design賞等、顧客企業への貢献実績多数。学会「企業と社会フォーラム」副会長。一般社団法人SDGs市民社会ネットワーク事業連携アドバイザー。














