
多様性の尊重が叫ばれる一方で、社会的な分断やバックラッシュも目立つ現代。「サステナブル・ブランド国際会議 2026 東京・丸の内」のプレナリーでは、テクノロジーと多様性がどのようにウェルビーイングに寄与するかについて、実務と技術の最前線から議論された。
登壇したのは、JobRainbowの星賢人代表取締役、日立製作所フェローの矢野和男氏、三井住友信託銀行 専門理事の矢島美代氏、サイボウズ・ラボの西尾泰和氏。AI時代における人間の創造性と、多様な個人の協力を促す概念「プルラリティ(多元性)」を軸に、企業や社会が目指すべき真のウェルビーイングの姿を模索した。
| Day2 プレナリー ファシリテーター 星賢人・JobRainbow 代表取締役 パネリスト 矢野和男・日立製作所 フェロー / ハピネスプラネット 代表取締役CEO 矢島美代・三井住友信託銀行 人事部 専門理事 / 三井住友トラスト・ビジネスサービス 常勤監査役 西尾泰和・サイボウズ・ラボ 主幹研究員 |
セッション冒頭、ファシリテーターの星氏は、自身がマイノリティ当事者として直面してきた社会の壁に触れつつ、現在ダイバーシティの推進が揺れ動いている現状を指摘。その上で、「プルラリティ」がウェルビーイング実現の鍵になるとしてセッションの狙いを語り、議論を開始した。
ウェルビーイングの本質は「生存」と「創造性」

幸福やウェルビーイングの定義について、日立製作所で長年人の行動データを研究してきた矢野氏は「楽で緩い状態ではない」と断言する。生物としての最大の目的は「生き残る」ことであり、環境変化に適応し続ける動的なプロセスこそがウェルビーイングの核心だと定義した。
特にAIが急激に進化する現代においては「創造性」が不可欠だという。つまり、現在の生成AIは過去を真似るものであり、人間はそれを利用して自ら能動的に未来をつくっていく必要がある。その上で、階層的な組織から、横や斜めの関係性(三角形の人間関係)を持つフラットな組織へと移行することが、個人の創造性を高め、ウェルビーイングにつながると語った。
現場とのギャップを越える「価値創造のエンジン」

続いて三井住友信託銀行の矢島氏が、企業におけるウェルビーイングの実践例を紹介した。同社は創業100年を機に、全てのステークホルダーのウェルビーイング向上に貢献することを掲げている。同社のウェルビーイング経営を推進してきた矢島氏は、ウェルビーイングは福利厚生ではなく「価値創造のエンジン」であると位置付ける。
当初、社内でウェルビーイングの概念を説明した際は、「定義を押し付けられたくない」「目の前の業務で手いっぱいだ」といった反発に直面したという。しかし、社員との対話セッションを重ねる中で、社員のウェルビーイングを「心身の健康」「パーパスへの共感」「多様な人間関係」「強みの発揮」の4要素で構造化し、経営戦略に活用してきた。自身がかつて「女性初」の役職を歴任し、ガラスの天井を打ち破ってきた経験にも触れながら、「幸せの定義は100人いれば100通りある。単一の幸福感を前提にせず、個を管理するのではなく解放する組織づくりがこれからの課題だ」と語った。
「プルラリティ」が拓く協力と民主主義の未来

セッション後半では、サイボウズ・ラボの西尾氏が「プルラリティ」の概念を改めて解説した。プルラリティとは、社会の中にある多様性と、多様性をまたいだ協力を育む技術を指す。2024年5月にはオードリー・タン氏らによる共著本が出版されたことで注目が高まったが、西尾氏はその日本語版作成のチームリーダーも務めるなど、概念普及に尽力している。
西尾氏は、AIが人間より賢くなることが既成事実となる中、全てをAIに任せるパターナリズムではなく、個人の自由・勝手に任せるのでもない、「多層的で多中心的なガバナンス」が必要だと指摘。その具体的な技術として、AIを活用して数多くの意見を集約・可視化し、一人の人間が多くの他者の声を理解することを支援する技術「ブロードリスニング(Broad Listening)」を紹介した。
テクノロジーは「個」を管理するか、解放するか

そのまま議論は、AIやデータ活用がもたらす未来へと展開。星氏は、データによる幸福の管理や監視社会化への懸念を提示しつつ、テクノロジーとどう向き合うべきかを問いかけた。
西尾氏は、タン氏の考えを引用し「人間社会は庭であり、AIはその庭を良い状態に保つ庭師である」と説明。単一のシステムが全体を支配するのではなく、日本の「神(kami)」のように、ローカルな複数のAIが人間をケアする世界観を提示した。
これに対し矢野氏も、AIは人間と対立するものではなく、「AIによって拡張された人間」が未来の主役になると同調。AIを活用して一人ひとりの知見や交流の幅が広がることで、階層的組織からフラットで自律的な働き方が可能になると述べた。
矢島氏は、国や個人によってウェルビーイングの尺度が異なる事実を挙げ、個を管理するのではなく「解放」する組織づくりの重要性を再確認した。
最後に星氏は、社会的分断やバックラッシュの原因は、シングルイシューでの対立にあると総括。プルラリティの視点を取り入れ、異なる対立軸やコミュニティが交差していることを認識し、AIなどの技術を「拡張の手段」として活用することで、第3の選択肢を見出せる可能性があると締めくくった。
横田 伸治(よこた・しんじ)
サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者
東京都練馬区出身。毎日新聞社記者、認定NPO法人カタリバ職員を経て、現職。 関心領域は子どもの権利、若者の居場所づくり・社会参画、まちづくりなど。














