• 公開日:2026.03.06
連載『ビジネスと人権:企業の「なぜ?どうして?」に答える』
【続・ビジネスと人権コラム】第7回 輸出管理や経済安保…人権DDとどう結び付ける?
  • 福山 章子

近年、ニュースなどで「経済安全保障」という言葉を耳にする機会が増えています。企業のサステナビリティ担当者の方々とお話しする中でも、「輸出管理や制裁といった難しい言葉が飛び交っているけれど、私たちが進めている人権デューディリジェンス(人権DD)とどう結び付けて考えれば良いのかわからず、不安だ」という声をよく伺います。

実際に企業の現場では、「どこから買うか」だけでなく「誰に売るか」「何に使われるか」まで、確認すべき範囲が急速に広がってきました。制裁リストの確認や輸出管理のチェックなど、取引を始める前の審査項目も増えています。しかし一方で、こうした法令上のチェックを積み上げているはずなのに、結果として「人権」の観点からNGOや世論の批判を浴びてしまうケースも拡大しています。

シリーズ最終回となる今回は、経済安全保障の観点から「輸出管理や制裁といった法令対応と、人権対応をどう結び付けるべきか?」という実務的な疑問にお答えします。

経済安全保障や輸出管理のニュースが不安…人権DDとどう結びつければ良い?

なぜ、今「川下」が重要になっているのか

これまで企業の人権対応は、原材料の調達や製造工程など、サプライチェーンの「川上」に重心が置かれてきました。しかし近年は、地政学リスクの高まりや規制強化を背景に、「自社の製品を誰に売るか」「それが最終的に何に使われるか」という「川下」の論点が急速に重みを増しています。

その大きな理由の一つは「輸出管理」です。例えば、データ解析、顔認証、通信センサー、ドローンなどの技術は、社会を便利にする平和的な用途がある一方で、市民の監視や弾圧など、悪用されるリスクも併せ持っています。「輸出管理のルール上は問題なくクリアできる取引」であっても、最終的な使われ方によっては、深刻な人権侵害を引き起こす恐れがあるのです。

法令上は問題がなくても、川下で人権問題が起きれば、「なぜその相手に売ったのか」「なぜその使い方を許したのか」と厳しく説明を求められ、企業のブランドイメージに直結してしまいます。

川下の人権リスクは、どこまで見ればよい?

では、川下の人権リスクを防ぐために、企業は顧客や用途を「全て」把握しなければならないのでしょうか。そう考えると途方に暮れてしまいますが、最初から完璧を目指すと実務は回りません。サステナビリティ部門だけでチェックするのではなく、次のようなステップで、今の取引審査の仕組みに「人権の観点」を組み込んでいくのが効果的です。

まずは、チェックの対象を「リスクが高い取引」に絞り込むこと。全ての取引を等しく確認するのではなく、国や地域、製品の機能(追跡や通信など)、想定される用途(監視への悪用リスクなど)を基準にして、「ここは重点的に管理しよう」という範囲をあらかじめ決めます。

次に、用途についての「最低限の確認項目」を定め、契約の条件に落とし込みます。後からきちんと説明できるよう「誰が・何に・どこで・どう使うか」を確認し、もし用途が変わった場合は知らせてもらうルールや、問題発生時の協議事項を含めます。さらに、「絶対に人権侵害には使いません」といった約束を、契約書に明記しておく(表明保証)ことも有効です。

そして最も悩ましいのが、直接の顧客ではない「その先の利用者(仲介先や再販先)」です。全てを把握するのは困難でも、「自社からは見えにくい取引先が存在する」ことを前提に、販売先に対して「こういう用途には使わないでください」と制限をかけたり、ルールを教育したりすることが求められます。さらに、万が一問題が発覚したときに備えて、すぐに出荷を止めたり契約を解除できたりする条項を準備しておけば、想定外の事態にも慌てず対応しやすくなります。

「紛争に加担している」と批判された時、どう説明できるか

どれほど事前に対策をしていても、外部から「自社製品が弾圧に使われた」「紛争を長引かせた」と疑念を持たれる可能性はゼロにはなりません。その際、企業に求められるのは、「プロセスの客観的な説明」です。

具体的には、「誰に売り、何に使われ、その先にどう流通していくのかを、どこまで確認したのか」「その際、どんな条件を相手と約束したのか」「もし約束が破られた場合、それに気付いてストップをかける仕組みはあったのか」といった順序立てた説明です。

いざという局面で問われるのは、監査の回数よりも、自社の調達から販売・提携に至るまで「取引全体をどう見て、どう監視する仕組みを持っているか」という経営姿勢です。ビジネスのあらゆる判断に人権の観点を組み込み、その検討のプロセスをしっかりと記録に残しておくこと。これが「どこまで見るべきか」への現実的な答えになります。

おわりに ――「強い企業」をつくるための人権対応

さて、この連載では全7回にわたり、「ビジネスと人権」を巡る企業のリアルな悩みと、その解決へのヒントをお届けしてまいりました。

ハラスメント対策や経営層の巻き込み、生成AIの活用、そして今回の経済安全保障までテーマは多岐にわたりましたが、全てに共通して言えるのは「人権対応は、決して企業活動にブレーキをかけるためのものではない」ということです。

社会の要請が目まぐるしく変わる中、人権リスクに真正面から向き合うことは時に困難や痛みを伴うかもしれません。しかし、従業員や取引先、社会のあらゆる人々の尊厳を守ろうとするその真摯(しんし)なプロセスは、自社のブランド価値を高め、ステークホルダーからの確固たる信頼を築き、結果として予測不能な危機にも揺るがない「強い企業」をつくるための強い土台となります。

この連載が、日々現場で悩み、奮闘されているサステナビリティ担当者や経営層の皆さまにとって、少しでも前へ進むための道しるべとなれば幸いです。

本シリーズのコラムはこちらから全てお読みいただけます。

written by

福山 章子(ふくやま・あやこ)

株式会社オウルズコンサルティンググループ チーフ通商アナリスト

経済産業省、デロイト トーマツ コンサルティングを経て現職。通商ルールの読み解き、国際情勢の分析等、通商・地政学リスク・経済安全保障分野に幅広く精通。共著に『ビジネスと地政学・経済安全保障』(日経BP社)、『変質するグローバル化と世界経済秩序の行方』(文眞堂)、『稼げるFTA大全』(日経BP社)がある他、通商・地政学リスク・経済安全保障分野の講演や寄稿多数。国際貿易投資研究所(ITI) 客員研究員、米国研究会委員、EUデジタル研究会委員。

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