• 公開日:2026.03.04
コロナ禍でメタン濃度が急上昇 背景に「自然と大気」の複雑な関係
  • 遠藤 康子
image credit: Unsplash

先のコロナ禍では経済活動が止まり、CO2の排出量が減少した。一見して温暖化に歯止めがかかったように見えたが、そう単純ではなかったようだ。2020年に大気中の濃度が急上昇し、それから元に戻った温室効果ガスがある。メタンだ。

その背景には、メタンを分解する分子の減少や大気中の化学反応、異常気象など複雑に絡み合うさまざまな要因があることが最新の国際研究で明らかになった。人為的な排出を減らすだけでなく、自然との相互作用を考慮してメタンの発生要因をきちんと分析し、今後の温暖化対策に役立てる必要がある。

メタンはCO2の次に大きな温暖化原因

新型コロナウイルス感染症が流行し始めると、いつもならスモッグでかすんでいる世界各地の都市の空が青く澄み切った写真が話題になった。ロックダウンによって車の交通量が減ったり、工場が稼働を停止したりしたことで大気汚染が改善されたからだ。実際、二酸化窒素などの大気汚染物質が減ったことが研究で明らかになっている。ところがその一方で、大気のメタン濃度が2020年から2022年にかけていったん急上昇してから低下するという意外な現象が起きていた。

メタンは強力な温室効果を持つガスで、CO2に次いで大きな温暖化の原因だ。大気中に残留する期間は比較的短いが、100年スパンで見た地球温暖化係数(GWP)はCO2の30倍に上る。このメタンの全大気濃度が、コロナ禍初期の2020年に観測史上最速のペースで上昇した。その上昇幅は年間16.2ppb(10億分の1)に達したが、まもなくその増加ペースは低下に転じ、2023年にはほぼ平年並みの8.6ppbまで戻っていた。

下のグラフにあるように、人工衛星による温室効果ガス観測(GOSAT)と、アメリカ海洋大気庁(NOAA)による地上大気観測は共に、メタン濃度の増加ペースが2019年から2023年にかけて大きく上昇してから低下したことを示している。

2019年から2023年にかけてのメタン濃度の推移
出典:米「Science」誌掲載論文「2020年代初頭に大気中のメタンが急増した理由」(2026年2月5日付)

こうした現象が起きた謎を解明するため国際研究チームが研究調査を実施し、2026年2月5日に米サイエンス誌で論文を発表した。筆頭著者で、仏国立科学研究センターの調査機関、気候環境科学研究所(LSCE)に所属するフィリップ・シエス氏は研究手法について、「衛星データ、地上観測データ、大気化学データ、高度コンピューターモデルを組み合わせ、2019年から2023年までの世界メタン収支を再構築しました」と説明している。欧州宇宙機関(ESA)による気候変動イニシアチブの一環で実施されている第2期地域炭素収支評価「RECCAP-2」で開発された手法だ。

メタンが大気中に蓄積されたわけ

研究の結果、コロナ禍に入ってから大気によるメタン除去の効率性が一時的に低下していたことが分かった。それと同時に、異常気象の影響で湿地帯から自然放出されるメタンガスの量が急上昇していたことも明らかになった。こうした状況の背景には、顕著ではあるが短期間にとどまった一過性の大気化学的な変化が起きていたことがうかがえるという。

この大気化学的な変化で鍵を握るのが、「ヒドロキシルラジカル(hydroxyl radicals)」という、極めて高い反応性を持つ活性酸素だ。メタンなど有害となり得る物質を大気から取り除く力が強いため、「大気の洗剤」とも呼ばれている。最大のメタン吸収源で、メタンが大気中に残留する期間が比較的短いのはこのヒドロキシルラジカルの働きがあるからだ。

このヒドロキシルラジカルの濃度が2020年から2021年にかけて世界的に低下していた。ヒドロキシルラジカルは、太陽光やオゾン、水蒸気のほか、窒素酸化物、一酸化炭素、揮発性有機化合物といったガスによる化学反応で生成される。ところが、ロックダウンで人間の活動が制限されると、これらのガスの排出量が減少。その結果、ヒドロキシルラジカルの生成量も減って、大気のメタンが分解されにくくなり、通常より早いペースで蓄積していったのである。

研究によれば、この時期にメタン濃度が増減した理由の約80%は、ヒドロキシルラジカルが一時的に減少して大気のメタン除去力が弱まったことで説明がつくという。

メタン濃度をさらに押し上げた気象現象

こうした大気化学的な要因でメタン濃度が上がりつつある時、地球では大きな気象現象が発生していた。2020年に始まったラニーニャ現象が2023年まで長引き、熱帯地域の広い範囲で降水量が例年を上回ったのだ。

image credit: Unsplash

大雨で冠水した土壌や拡大した湿地帯は、メタンを生成する微生物にとっては格好の環境で、そこから自然放出されるメタン量が増加した。中でも顕著だったのが東南アジアと熱帯アフリカだ。南スーダン共和国にあるアフリカ最大級の湿原スッドは2019年以降、周辺の農地や牧草地がたびたび洪水に見舞われ、メタン濃度が年を追うごとに増えているのが下の画像でも分かる。これに加え、北極圏では気温上昇に伴い凍土が溶けて湿地や湖沼ができ、メタンがさらに放出された。


Changes in methane concentration 2019–2022
南スーダン共和国のスッド湿地におけるメタン濃度の変化(2019年から2022年)
出典:欧州宇宙機関(ESA)

特筆すべきは、メタン濃度の急上昇に化石燃料由来の排出と森林火災が与えた影響は限定的だと研究チームが結論付けていることだ。メタン濃度の変動を裏付ける残り20%の要因については、大気中メタンの排出源を特定できる同位体フィンガープリントを分析した結果、湿地帯や内陸水域、農業などに由来する微生物が主因だったことが強く示されたという。

複合的視点に立ったメタン排出モデルが必要

こうした知見から、メタンの排出量を算定する現行モデルには大きな欠陥があることが見えてくる。多くのモデルは、同期間に湿地帯から放出されるメタン量について過小評価していた。研究論文は、冠水した生態系の監視強化、土壌と水の相互作用モデルの向上、大気化学と気候変動要因の統合深化が必要だと強調している。

実用的な気候情報を提供するESAのActionable Climate Information Sectionを統括するクレモン・アルベルゲル氏は、「気候を巡る予想外の現象は、必ずしも人為的な排出だけでなく、それに対する大気の反応にも起因することが今回の研究で示されました」と述べた。今後は、メタン排出をいかに抑制するかだけではなく、大気汚染対策や気候がメタンの自然循環に大きな影響を与え得るということを念頭に置いて、メタンの発生・排出対策を講じていく必要がある。

参照サイト:
欧州宇宙機関(ESA)
https://www.esa.int/Applications/Observing_the_Earth/FutureEO/Space_for_our_climate/The_curious_case_of_why_methane_spiked_around_Covid
written by

遠藤 康子(えんどう・やすこ)

フリーランス英日翻訳者。英語講師、日本語講師を経て、現在はウェブニュース、雑誌記事、書籍の翻訳を手掛ける。訳書に『子どものためのセルフ・コンパッション』(創元社)など、共訳書に『これからの「社会の変え方」を、探しに行こう。』(SSIR Japan)などがある。

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