
自らの社会的な意義を表明する企業が増え、日本でも「パーパス」という表現が定着しつつある。とはいえ、パーパスがいくら立派でも行動が伴わなければ、単なるお題目に過ぎない。そうした事態を未然に防ぐ役割を担っているのが取締役会だ。
パーパス経営を推進するカナダ・パーパス・エコノミー・プロジェクトが同国内の主要60社を対象に行った調査では、パーパスをガバナンスに組み込む企業がいまだ少ないことが明らかになった。本記事では、企業によるパーパス推進の現状と課題を同プロジェクト会長のCoro Strandbergが説明する。(翻訳・編集=遠藤康子)
近年、社会的パーパス(social purpose)を表明する企業が増えている。社会にプラスの影響を与えようとすることが自社の存在意義だと明確に打ち出しているのだ。しかし、パーパスを単に掲げるだけでは十分とは言えない。企業の戦略や文化、長期的な業績に実質的な影響をもたらすパーパスであるためには、最高意思決定機関である取締役会が積極的に監視する必要がある。
カナダ・パーパス・エコノミー・プロジェクトはトロント証券取引所に上場する主要60社「TSX 60」を対象に、パーパスをガバナンスの実践にどう組み込んでいるのかを調査し報告書を発表した。調査では、企業が公表している年次報告書やESG報告書、公式ウェブサイトなどに掲載されている情報を分析し、パーパスを表明している企業を特定すると共に、取締役会がパーパスの監視にどう正式に関与しているのかを明らかにした。
ガバナンス体制はいまだ発展途上
社会的パーパスをすでに表明している企業は60社中24社だった。そして、そのうち取締役会にパーパス監視の役割を明確に付与している企業は8社にとどまった。取締役会がガバナンス権限として何らかのパーパス監視体制を有している企業は、社会的パーパスを公表している全ての銀行と、ホームセンターのカナディアン・タイヤ、スーパーマーケットチェーンのメトロ、エネルギー輸送会社ペンビナ・パイプライン、通信事業会社テラス、コンサルティング会社WSPである。
この調査では、取締役会による監視体制にはさまざまな形があることが浮き彫りになった。パーパスを巡るガバナンス体制はいまだ発展途上の取り組みであり、カナダ企業の取締役会で一律に定着している段階には至っていないという。実際、取締役会による正式なパーパス監視体制が全く存在しない企業もあれば、ガバナンス構造への組み込みを進めている企業もある。
パーパスに対する企業の姿勢に温度差
カナダの主要企業60社のパーパスに対する姿勢や取り組みには、次のような差が見られる。
【パーパスに重きを置いているケース】
- 戦略や文化の中心的な役割:パーパスを戦略的計画や組織文化の中核に位置付け、その実現と強化を取締役会の務めとしている(WSP、テラスなど)。
- 優先すべき監視事項:パーパス監視を取締役会の最重要責務に据えた上で、詳細なモニタリングと報告業務は委員会を設置して委任している(モントリオール銀行、スコシアバンク)。
【パーパスを限定的な要素とみなすケース】
- 単なる検討事項扱い:パーパスを中核的な指針ではなく、意思決定時の検討事柄としてしかみなしていない。この場合、パーパスの影響力は限定的にとどまる可能性がある。
- ESGやブランド戦略の一環:パーパスをESGの取り組みやブランド戦略に連結している。ESGやマーケティング戦略の一環に過ぎず、企業を支える存在意義だとは考えていない。
社会的パーパスを取締役会の正式な監視事項に組み込んでいる度合いを見てみると、とりわけ群を抜いているのは、上記【パーパスに重きを置いているケース】として分類しているWSP、テラス、モントリオール銀行、スコシアバンクだ。これら4社の場合、社会的パーパスは単なる主張の表明ではなくガバナンス上の責務であり、戦略的な監視事項であることが明示されている。
全体として、アプローチにはばらつきがある。しかし、パーパスを正式に監視するべく取締役会がガバナンス体制を見直す動きが見られ、これは企業リーダーという自らの役割の捉え方が変化しつつあることを反映している形だ。
パーパスの監視体制不在に伴うリスク
社会的パーパスを表明している企業が24社あるとはいえ、そのほとんどはパーパスガバナンスに着手したばかりだ。取締役会がパーパスを積極的に監視しない場合には、次のようなリスクが生じる恐れがある。
- 「パーパスウォッシング」と見なされ、信頼を損なう可能性がある。
- 掲げている社会的パーパスと実際の企業行動にずれがあれば、組織文化が弱体化したり利害関係者からの信頼が低下したりする恐れがある。
- パーパスを原動力にした長期的な価値創出やイノベーションの機会が失われる。
また、社会的パーパスを表明していない企業については、企業としての存在意義を明示せずに事業を行っていると言っていいだろう。社会的パーパスが不在であれば、意思決定と長期的な価値創出を調和させるという取締役会の機能が妨げられないとも限らない。そしてその機能こそ、カナダのコーポレートガバナンス規範に従えば、受託者責任の根幹をなす要素である。
コーポレートガバナンス専門で企業の取締役を歴任してきたカナダの著名弁護士エド・ワイツァー氏は調査報告書の序文でこう述べている。
「この報告書は、希望を持てる内容となっています。カナダの相当数の一流企業が、株主至上主義という考え方に内在する課題やジレンマについて先を見越して向き合っていること、そして、カナダの最高裁判所と同じように株主至上主義の限界を認識していることが明らかになったからです。『社会的パーパス』に取り組む流れはまだ始まったばかりですが、より細やかで実効性の高いコーポレートガバナンスの在り方へと至る建設的な道筋となる可能性が高いでしょう」
(編注:カナダ最高裁判所は2004年のPeoples判決と2008年のBCE判決で、取締役は会社の最善の利益を株主の最善の利益と単純に読み替えるべきではなく、株主の利益といった1つの利益が他の利益に優越すべきという原則はないとし、株主至上主義に疑問を呈する重要な判断を下した)
取締役会が果たすべき役割とは
カナダの主要企業におけるパーパスガバナンス体制はいまだ発展途上だ。多くの企業は、パーパスを二次的な検討事項とみなし、戦略と文化を導く主要な指針と捉えていない。
パーパスを表明したとしても、取締役会が責任を持って明確かつ効果的にパーパスを監視する仕組みが存在しなければ、単なるうわべの飾りと化す恐れがある。パーパスに沿って事業が行われているかどうかを積極的に監視する取締役会の存在――。それは、パーパスをガバナンスに組み込めば、戦略と文化を一致させ、利害関係者の信頼を強化し、長期的な価値創出を促進することが可能になるという意味なのである。
パーパスを中身の伴った行動へとつなげるよう企業に求める声が高まる今、取締役会にはきわめて重要な役割がある。取締役会による正式なパーパス監視体制があれば、パーパスを単なる声明に終わらせず、社会的な影響力と事業成果を両立させる本物の推進力に変えることができる。
カナダ・パーパス・エコノミー・プロジェクトはパーパスガバナンスに関する指針「Purpose Governance Guidelines」を公表し、取締役会とその顧問がパーパスを具体的なガバナンスの取り組みへと落とし込めるよう後押ししている。また、取締役会の監督体制や意思決定にパーパスを反映させているカナダ企業を詳しく紹介した録画ウェビナー「Purpose in the Boardroom: Lessons from Canada’s Top Companies and Governance Leaders」もある。













