• 公開日:2026.01.20
「カイゼン」から「カケザン」へ、ウーブン・シティが目指す「幸せの量産」
  • 眞崎 裕史

2025年9月25日、静岡県裾野市。富士山の麓に広がる広大な敷地で、トヨタ自動車などが手掛ける実証都市「Toyota Woven City(トヨタ・ウーブン・シティ)」が、ついにオフィシャルローンチを迎えた。この壮大な社会実験は何を目指し、どこに向かうのか。同年12月18日、現地で行われたメディア向け見学会に参加し、「未完成の街」の一端を体験した。

トヨタが考える「モビリティ」

「ウーブン・シティは未来都市やスマートシティではありません。われわれはここを『モビリティのテストコース』と呼んでいます。モビリティは、単なる移動手段ではなく、人の心を動かすもの全て、と考えています」。案内役を務めた、トヨタの子会社ウーブン・バイ・トヨタの比留間陽介氏は、開口一番にそう強調した。

この街の成り立ちには、深い歴史がある。かつてここには、1967年に創業を開始し、「センチュリー」や「ジャパンタクシー」を世に送り出してきた東富士工場があった。2020年の閉鎖後、その跡地を「実証実験の場」へと転換したのは、東日本大震災を契機とした東北支援の文脈と、同工場の理念を絶やさないというトヨタの決断があったからだ。

街づくりの根底に流れるのは、トヨタグループの創始者・豊田佐吉が抱いた「自分以外の誰かのために」という精神である。夜通し機を織る母親を楽にさせたいという思いから始まった、自動織機の発明。その「誰かを楽にする」という願いは、現代において「モビリティ」へつながり、街全体の指針となっている。

「カイゼン」を加速させる「カケザン」

ウーブン・シティの最大の特徴は、開発者である「インベンターズ」(企業や個人)と、そこに住み、訪れる人々「ウィーバーズ」が織りなす共創の仕組みにある。

インベンターが作ったプロトタイプを、ウィーバーが日常生活の中で使い、フィードバックを返す。トヨタが培ってきた「カイゼン」の文化に、異業種やユーザーの知見を掛け合わせることで、新たな価値を生み出す。ウーブンシティ側はこのプロセスを「カケザン」と呼び、街の核心的なコンセプトに据えている。

ダイドードリンコが開発した自動販売機「HAKU」

その具体的な事例の一つが、インベンターとして参加する、ダイドードリンコの実証実験だ。一見、壁に溶け込んで自動販売機とは気付かないデザインの「HAKU(ハク)」は、商品ディスプレイなどを排した真っ白い筐(きょう)体。オフィスや会議室などの空間に溶け込み、調和できる点が特徴という。

見学会では、QRコード決済によるキャッシュレス購入の実演が行われた。専用アプリでの購買体験はスムーズだが、真の実証はその先にある。比留間氏によると、通常の社会では困難な「自販機前での滞留時間」などをデータ化。インベンターにフィードバックすることで、「自動販売機の新たな価値の創造」に挑む。

安全を三位一体で導く「多機能ポール」

ウーブン・シティが目指すのは、人と乗り物(モビリティ)、そしてインフラが「三位一体」となって安全を確保する社会だ 。今回の取材では、その中核を担うトヨタのEV「e-Palette(イーパレット)」への試乗と、それを支える高度なインフラを体験することができた。

トヨタのEV「e-Palette」。信号機が付いた多機能ポールが運行を支える

現段階ではe-Paletteは手動運転だが、域内では並行して自動運転の実証実験も進められている。実際に乗車してみると、車内は意外と広く、単なる移動手段というよりは、人々の交流を生む「動く空間」としての可能性を感じさせた。

このe-Paletteの走行を支えているのが、交差点に設置された「多機能ポール」だ。通常の信号機は機能が固定されているが、このポールは、車両用・歩行者用の信号機やカメラ、センサーなどを必要に応じて後から自由に取り付けることが可能。e-Paletteから発信される情報と信号が連動しており、車両が接近するタイミングで優先的に青信号を維持することができる。人がいないのに赤信号で車が止まるといったロスをなくし、渋滞を未然に防ぐ仕組みだ。トヨタの私有地だからこそ可能な、モビリティとインフラの高度な連携実証である。

水素を「日常」に変える、エネルギーの社会実装

サステナブルな社会の基盤となるエネルギー面では、水素の利活用が挙げられる。ウーブン・シティ隣接地にENEOSが水素ステーションを開設。そこからパイプラインを通じてグリーン水素を街へ引き込み、定置型燃料電池(FC)発電機によって電力の一部として供給する仕組みが稼働している。

さらに注目すべきは、トヨタが開発した「ポータブル水素カートリッジ」の実証だ。これは水素をカートリッジ化して持ち運べるようにするもので、調理や発電など、日常生活のあらゆる場面でクリーンなエネルギーを「身近な存在」に変える可能性を秘めている。単にインフラを整えるだけでなく、電力消費量をリアルタイムで表示するなど、住民のエネルギー意識を可視化する取り組みも進められている。

あえて「未完成」な街が描く、2026年の景色

ウーブン・シティは2026年度以降、住民や来訪者が増える見込みだ

ウーブン・シティは決して「完成された街」ではない。ローンチから約3カ月が経過した時点で、居住を開始しているのはトヨタ関係者の「数世帯」にとどまっており、当初掲げていた300人、将来的には2000人という居住計画に対しては、まだ第一歩を踏み出した段階だ。比留間氏も、顔認証が機能しないといった初期トラブルが少なくないことを認め、「手探りでトラブルシューティングを続けている」と率直に語る。一方、この「課題」こそが、テストコースとしての価値でもあると言えるだろう。

2026年度以降は住民や来訪者が増え、一般の来訪者を受け入れる本格的な実証フェーズへと移行する。見学の際、館内のWi-Fiパスワードの一部が「well-being-for-all(全ての人の幸福)という文字列に設定されていたのが印象的だった。トヨタがミッションに掲げる「幸せの量産」が示す通り、この街が目指すのは一部の層のためのハイテク都市ではない。技術と共創(カケザン)によって、文字通りあらゆる人々の幸せを量産していくことだ。その野心的な挑戦は、富士の裾野で、まだ始まったばかりである。

written by

眞崎 裕史 (まっさき・ひろし)

サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者

地方紙記者として12年間、地域の話題などを取材。フリーランスのライター・編集者を経て、2025年春からサステナブル・ブランド ジャパン編集局に所属。「誰もが生きやすい社会へ」のテーマを胸に、幅広く取材活動を行う。

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