• 公開日:2025.12.26
国内最大級のイノベーション拠点「STATION Ai」開業1年――「共創」の現在地と展望
  • 眞崎 裕史
STATION Aiの受付。コミュニティマネジャーらが企業に伴走する

2024年10月末のグランドオープンから1年を迎えた、日本最大級のオープンイノベーション拠点「STATION Ai」(名古屋市)。かつて「スタートアップ不毛の地」とも呼ばれた愛知・名古屋エリアが今、アジアを代表するイノベーションの集積地へと変貌を遂げようとしている。開業1周年を機に、施設の運営を担うSTATION Ai経営企画部広報の大谷加玲(かれん)氏へインタビューを行い、この1年で地域にもたらされた変革と成果、そして持続可能なエコシステム構築に向けた次なる展望に迫った。

「ミニ東海」経済圏の誕生

写真提供:STATION Ai

STATION Aiは同市昭和区の鶴舞公園に隣接し、延床面積約2万3000平方メートル、地上7階建てを誇る。フランス・パリにある世界最大級のスタートアップキャンパス「STATION F」をモデルに設計され、ソフトバンクの100%子会社が運営する。

特筆すべきは、その規模と多様性だ。2025年10月末時点で、会員企業数は約1000社(スタートアップ約600社、パートナー企業約400社)に到達。スタートアップ会員の約半数が東京に本社を置く一方で、パートナー企業の約7割は東海エリアが本社の地場企業が占めている。

トヨタ自動車や地元金融機関、インフラ企業など、この地を支える有力企業がこぞって参画しており、施設内はさながら「ミニ東海」の経済圏を形成していると言える。

施設構造も「共創」を誘発する仕掛けに満ちている。1階から6階は各階層が半階ずつずれるフロア構造となっており、それらがスロープで緩やかにつながっている。3階から6階の会員専用エリアでは、特にこの物理的な「回遊性」が、入居者同士の偶発的な出会いを生み出す土壌となっている。

各フロアをつなぐスロープ。入居者同士の偶然の出会いを生み出す土壌となっている

また、1階と2階、そして最上階の7階は一般開放されており、カフェやレストラン、ホテルまで備える。海外からの観光客や地域住民も利用するこの空間は、単なるビジネス拠点ではなく、地域に開かれた交流の場としても機能している。

300件超の協業と33社の新規起業

「ものづくり産業の強固な基盤がある愛知だからこそ、スタートアップが急成長できる土壌がある」。大谷氏は地域のポテンシャルをそう分析する。

その言葉を裏付けるように、この1年間で生まれた成果は数字にも表れている。施設に常駐する4人のコミュニティマネジャーの仲介により、協業件数は検討中を含め300件以上に上る。さらに、STATION Aiを拠点として新たに33社が起業するなど、名実ともに地域のエコシステムビルダーとしての役割を果たし始めている。

伝統的な地元企業とスタートアップの協業も次々と生まれている。例えば、生成AI活用の内製化支援などを手掛けるスタートアップ企業TENHO(テンホウ)と、地場スーパーのアオキスーパーによる取り組みもその一つだ。

開放的な空間に企業が席を構えることで、思わぬ協業が生まれているという

両社の協業は、STATION Aiならではの偶然から始まった。TENHOの鶴田宙也氏によると、隣り合う席で鶴田氏らがオンライン商談を行っている様子をアオキスーパーの社長が耳にし、鶴田氏に直接声をかけたことがきっかけだったという。

「特別な紹介や事前の調整があったわけではなく、日々同じ空間で仕事をする中で、お互いの取り組みや考え方が自然と伝わり、その延長線上で具体的な仕事へとつながった」と鶴田氏。この出会いから、アオキスーパーの社員を対象とした生成AI活用の内製化ワークショップが実現した。鶴田氏は「意図的に『出会いの場』を設けなくても、人が集まり、会話が生まれ、関係性が育っていく設計に大きな価値がある」と実感を込めて話す。

STATION Aiはこうした自然発生的なネットワークの形成を後押ししている。毎週開催される「カフェ会」では、100人規模の会員が集まり、立ち話から協業が生まれることもある。さらに、製造業、AI、まちづくり、ヘルスケアなどテーマ別に設置された「ギルド」や、入居者自身が主催するイベント(月延べ100回超)を通じて、入居企業間の有機的な連携が活性化。運営側は「多岐にわたる支援メニューの中で、自社に合うものを使い倒してくれる企業ほど短期間で成長している」(大谷氏)として、個別ニーズに寄り添ったマッチング支援や、起業家向けプログラムの充実も図っている。

AI×製造業でアジアNo.1の拠点へ

このような取り組みの背景には、自動車産業に代表される愛知県の重厚な産業基盤と、行政や経済界の「変わらなければ」という強い意思がある。スタートアップに頼らずとも成長できたからこそ「スタートアップ不毛の地」と指摘された地域が、今や国内屈指のスタートアップ集積地に生まれ変わった。

開業1年を経て見えてきた課題もある。大谷氏は「1000社規模の会員全てのニーズを運営側だけでくみ取るには限界がある」とし、今後は会員企業側からの能動的な発信とアクションをより一層促していきたい考えだ。大谷氏は力を込める。

大谷加玲氏(写真提供:STATION Ai)

「イノベーションにおいて、AI×製造業がさらに重要なテーマになってくる。製造業が強い東海地方にあるわれわれが、そこを先導しなくて誰がやるんだ、という感覚があります。目指すは、アジアナンバーワンのイノベーション拠点です」

国内外の企業や研究機関との共創を通じて、イノベーションのハブとして成長するSTATION Ai。2年目以降の進化にも注目が集まる。

written by

眞崎 裕史 (まっさき・ひろし)

サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者

地方紙記者として12年間、地域の話題などを取材。フリーランスのライター・編集者を経て、2025年春からサステナブル・ブランド ジャパン編集局に所属。「誰もが生きやすい社会へ」のテーマを胸に、幅広く取材活動を行う。

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