• 公開日:2025.12.10
サステナブル・ブランド国際会議2025 東海
TNFD開示後の「次の一歩」をどう踏み出すか 生物多様性と企業の行動を議論 
  • 眞崎 裕史

2025年11月20日に名古屋市のSTATION Aiで開かれた「サステナブル・ブランド国際会議2025 東海シンポジウム」で、パネルディスカッション「生物多様性〜企業は何が求められているのか、何ができるのか?」が行われた。TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)開示が本格化する中、生物多様性データの可視化を進めるバイオーム代表取締役の藤木庄五郎氏と、FSC認証林業のパイオニア、速水林業代表の速水亨氏がパネリストとして登壇。生物多様性を「見える化」する技術と、森の現場から見た自然資本のリアリティをもとに、企業に求められる「次の一歩」を議論した。 

企業と生物多様性の関係性 

サステナブル・ブランド国際会議サステナビリティ・プロデューサーの足立直樹氏がファシリテーターを務めた。足立氏は冒頭、「ほとんど全ての企業活動は、生物多様性や生態系に依存している。同時に、その反作用として影響も与えている。その依存と影響の関係性を調べて開示するのがTNFDだ」と説明した。 

一方で、日本企業のTNFD対応には課題もある。足立氏は、WWFジャパンが公表した日本企業のTNFDレポート分析に触れながら、「レポートは増えたが、多くは『この辺にホットスポットがありそうだ』と示したところで止まっており、サプライチェーンの現場までたどり着けていない」と指摘。「開示をした、その先の一歩をどう踏み出すのかに悩んでいる企業が多い」と問題提起した。 

データとAIで「見えない自然」を可視化 

技術面からその課題に応えたのが、生物多様性データ基盤を構築するバイオームの藤木氏だ。藤木氏はまず、生物多様性を可視化するプロセスを(1)現地データの収集 (2)推定データの作成 (3)データの解釈・活用――の3つに分けて説明した。 

藤木庄五郎氏

同社はスマートフォンアプリを通じた「市民科学」的アプローチで、生物の写真付き出現記録(オカレンスデータ)を収集している。国内ユーザーは122万人、蓄積されたデータは1000万件超に上り、「日本人100人に1人が使うアプリになった」と藤木氏。「その場所に暮らす人たちが生物の記録を残してくれることで、低コストでスケーラブル(拡大しやすい仕組み)な現地データ収集が可能になってきた」と手応えを示した。 

収集したデータは、衛星画像や環境条件と掛け合わせた「種分布モデル」によって空間的に補完され、最小100メートルの解像度で約5万種の生息適地を推定している。藤木氏は「天気予報と同じで、限られた観測点から全国の状態を推定するイメージ。この場所にはどんな種が潜在的に生息し得るか、リアルタイムに把握できるようになりつつある」と述べた。 

こうしたデータをどう企業の意思決定につなげるのか。藤木氏は絶滅危惧種の分布情報をもとに、メガソーラーを建設する際の立地の検討や、金融機関が投融資先拠点の自然リスクを可視化する取り組み、不動産・社有林の価値評価への活用などを紹介した。「生物多様性の状態を、TNFDの指標や金融リスク、不動産価値など多面的に解釈することで、開示や戦略立案に直結するデータ基盤が整いつつある」と強調した。 

森の現場が語る「時間」と「管理」 

一方、速水林業代表でFSCジャパン副代表の速水氏は、同社が実践する豊かな森の再生について語った。屋久杉やブリッスルコーンパイン、樹齢8万年とされるクローン樹「パンド」など長寿の木を紹介しながら、「私たちは樹齢100年、200年の木を扱っているが、そういう時間は木にとっては一瞬に過ぎない」と話し、「人の時間と木の時間をつなぐのが林業だ」と表現した。 

速水亨氏

日本の人工林を巡っては、「放置していては豊かな森は再生しない」と問題提起する。「急傾斜で多雨な日本では、森林が鬱閉(うっぺい)すると下層植生が消え、腐植が減り、土壌が痩せて水も濁る。人工林は放置すると“悪化する”のが現実」と指摘。森林管理の本質は光を管理することにあり、「地面まで光を届けることで下草が発生し、広葉樹が育つ。そして結果的に腐植土が堆積し、多様な植生と健全な水循環が生まれる」と語った。

速水林業は2000年に日本で最初にFSC認証を取得し、人工林でありながら243種の植物が確認されるなど、生物多様性に配慮した取り組みを続けている。「広葉樹林の保護林よりも、管理された人工林の方が植物種が多い」という結果も出ており、「タワーヤーダ」(タワー型の集材機械)による機械化と環境配慮を両立させながら、土壌かく乱を最小化しているという。 

しかし、木材価格の低迷は深刻だ。速水氏は、製品価格に対するスギの立木価格の比率が1980年の31%から、現在は4.1%まで落ち込んだグラフを示し、「所有者にお金が入らなくなり、皆伐後に植えないケースが増えている。皆伐された約8万7000ヘクタールのうち、65%ぐらいは放置されている」と説明。「国産材だからといって、必ずしもサステナブルとは言えない。木材にも国内でのトレーサビリティとデューデリジェンス(適正に管理する手続き)が必要だ」と訴えた。 

情報開示は「健康診断」に過ぎない 

後半の議論は、企業がネイチャーポジティブやTNFDに向けて、何から始めるべきかに及んだ。藤木氏は「まずは自社と自然の接点を特定することが出発点」と強調。「紙や木材、鉱物資源、工場周辺の河川など、自社の事業の中で自然とつながるポイントを洗い出し、優先順位をつけて戦略に落とし込むことが重要だ」と述べた。 

速水氏は、データや制度だけでなく、現場にアクセスする大切さを訴えた。「荒れた森林も、良く管理された森林も、自分の五感で味わってほしい。腐植土がしっかりある森では、足元や木の枝に数えきれない生き物がいる。その違いを体験して初めて、生物多様性が腹に落ちる」と語り、企業人に向けて「森林に入ってみること」を勧めた。 

足立直樹氏

都市部での取り組みについては、足立氏が「都市の生物多様性を高めることは、人間のウェルビーイングにつながる」と指摘。最後に「情報開示はゴールではなく“健康診断”に過ぎない」と強調し、「開示を通じて自社の状態を知り、その先に何をするのか。本日の議論をきっかけに、すでに取り組んでいる企業も、これからの企業も、それぞれの『次の一歩』を考えてほしい」とセッションを締めくくった。 

written by

眞崎 裕史 (まっさき・ひろし)

サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者

地方紙記者として12年間、地域の話題などを取材。フリーランスのライター・編集者を経て、2025年春からサステナブル・ブランド ジャパン編集局に所属。「誰もが生きやすい社会へ」のテーマを胸に、幅広く取材活動を行う。

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