• 公開日:2025.12.11
「おいしさ」と「笑顔」の先にある未来へ――日本マクドナルドが挑む、サステナビリティと成長の融合
  • 眞崎 裕史
interviewee
ジョナサン・クシュナー

日本マクドナルド 執行役員 チーフ・コミュニケーション・オフィサー

interviewer
田中 信康

SB Japan 総責任者/サステナブル・ブランド国際会議 ESGプロデューサー
Sinc 代表取締役社長兼CEO

日本マクドナルドは、全国約3000店舗、約21万人のクルーを擁(よう)する、日本最大規模のレストランチェーンだ。その巨大なスケールゆえに、同社のサステナビリティ戦略は環境や社会に対して計り知れないインパクトを持つ。「おいしさと笑顔を地域の皆さまに」というパーパスの実現に向け、経営の中核に据えられたサステナビリティは、ビジネスの成長といかに統合され、実践されているのか。

執行役員チーフ・コミュニケーション・オフィサー(CCO)のジョナサン・クシュナー氏に、マクドナルド創業以来のビジネスの考え方「3本脚の椅子(いす)」に基づいた戦略、環境と人への重点投資、そして次の100年を見据えたビジョンについて、サステナブル・ブランド ジャパン総責任者の田中信康が聞いた。

経営戦略としてのサステナビリティ

田中信康・サステナブル・ブランド ジャパン総責任者(以下、田中):本日は、日本マクドナルドのサステナビリティ戦略について、経営との連動性や具体的な取り組み、そしてその背後にあるフィロソフィーについて深くお伺いしたいと思います。まず、御社はグローバル企業として長年CSR活動に取り組んでこられましたが、現在の経営戦略においてサステナビリティをどのように位置付けていますか。特に重点を置いている領域について教えてください。

ジョナサン・クシュナー・日本マクドナルド執行役員チーフ・コミュニケーション・オフィサー(以下、クシュナー):マクドナルドのビジネスは、お客さま、従業員、そして地域社会との信頼関係の上に成り立っています。日本での創業から来年で55年を迎えますが、次の55年、さらには100年先も愛されるブランドであり続けるためには、サステナビリティへの取り組みは「やったほうがいいこと」ではなく、「やらなければならない経営の必須事項」であると認識しています。

現在、私たちが重点的に取り組んでいる領域は、「安心でおいしいお食事を」「地球環境のために」「地域の仲間にサポートを」「働きがいをすべての人に」の4つです。

これら全てが事業の根幹に関わる重要なテーマですが、経営資源を投下し、今まさに変革を加速させなければならない領域として特に注力しているのが、「Planet(環境)」と「People(人)」の2つです。気候変動への対応は待ったなしの状況ですし、ピープルビジネスである私たちにとって、多様な人材が輝ける環境を作ることは競争力の源泉そのものだからです。

田中:一方、ファイナンス視点から決算発表を拝見しても、御社は経営戦略が非常にシンプルかつ強力で、投資家にも理解を得やすい。何よりそれが業績にも直結している印象を持っています。サステナビリティ戦略と事業戦略の統合という点では、どのようなバランス感覚をお持ちなのでしょうか。

クシュナー:正直に申し上げれば、日本のお客さまは「その企業がグリーン(環境配慮型)だから」という理由だけで、来店頻度を増やしてくださるわけではありません。お客さまがマクドナルドに求めているのは、日々のQSC(品質、サービス、清潔さ)であり、お得感のあるバリュー、そして楽しい店舗体験です。

しかし、だからといってサステナビリティをおろそかにして良いわけではありません。ビジネスを成長させ、お客さまに最高の店舗体験を提供し続けることと、環境負荷を減らし、人を大切にする投資を行うこと。この両方を「トレードオフ」ではなく「両立」させていくことこそが、私たちの経営判断です。

「マクドナルド・スケール」で挑む環境課題

田中:Planet(環境)への取り組みについて具体的にお聞きします。特に、グローバルで掲げている「2050年ネット・ゼロ・エミッション」に向けた進捗はいかがでしょうか。

クシュナー:2050年のネット・ゼロ達成に向けた中間目標として、グローバル全体で「2030年までに店舗・オフィスからの温室効果ガス排出量を2018年比で50.4%削減する」という数値を掲げています。2030年はもう目の前です。計画を立てる段階は終わり、現在は具体的な投資と実行のフェーズに入っています。

具体的には、店舗運営における脱炭素化です。2024年12月に関東エリア73店舗、2025年2月に関西エリア133店舗、全国210店舗でコーポレートPPAを導入しました。 これが目標達成への最も確実でスピーディーな手段の一つだと考えています。また、店舗改装や新店オープンのタイミングで、高効率な空調や厨房(ちゅうぼう)機器への入れ替えも進めており、省エネと再エネの両輪で削減を加速させています。

田中:環境における具体施策として、11月19日から全国展開されている「ストローレスリッド」が大きな話題となっています。私も実際に手に取ってみましたが、非常にしっかりとした作りですね。この形状や品質などにおいて開発には相当なご苦労があったのではないでしょうか。

ストローなしで飲めるふた(ストローレスリッド)に変更した紙カップ。年間約6600トンのバージンプラスチック削減を見込む

クシュナー:ありがとうございます。実は、この開発には約3年の歳月を費やしました。単に「プラスチックのストローをなくせばいい」という単純な話ではないからです。私たちが直面したのは、「環境負荷の低減」「お客様の体験(飲みやすさ)」「店舗オペレーションの効率」「コスト」という、時に相反する要素をいかにして全て満たすかという難題でした。

2022年に紙ストローを導入した際、一部のお客さまから「味が変わる」「使いにくい」といったお声をいただいたことも事実です。そこで今回は、「ストローなしでもおいしく、ごくごく飲める」形状を徹底的に追求しました。

特に苦労したのが、テイクアウトやデリバリーでの提供時における品質保持です。簡単に飲み口が開く一方で、テイクアウトやデリバリー時など不用意に開いて漏れを生じさせないようにし、さらに炭酸飲料などは振動でガスが発生し、密閉しすぎると吹きこぼれや破裂の恐れがあります。そこで、リッド(ふた)の中央部分に微細な切り込みを設ける工夫を施しました。これにより、中身が漏れることなく、かつ安全にガスを逃がすことが可能になりました。この微細な調整のために、改良を何度も繰り返したのです。

田中:すごいですね。コスト面でのバランスはどうされたのでしょうか。バージンプラスチックの使用量は減るものの、リッド自体の構造は複雑になります。

クシュナー:おっしゃる通りです。しかし、ストローそのものをなくすことで得られるコスト削減効果があります。その分を新しいリッドのコストに充当することで、全体のバランスを取りました。環境に良いことでも、ビジネスとして持続可能でなければ意味がありません。このストローレスリッドの導入を含めた容器包装の改善により、年間で約6600トンのバージンプラスチック削減を見込んでいます。これはマクドナルドのスケールがあるからこそ実現できる、社会への大きなインパクトだと自負しています。

「3本脚の椅子」が支えるサプライチェーンと人権

田中:店舗改革だけでなく、何よりその取り組む範囲も規模も大きいからこそ、サプライチェーンにおける責任も重大です。原材料の調達や人権への配慮については、どのような方針で臨んでいますか。

クシュナー:マクドナルドには、創業者レイ・クロックが提唱した「3本脚の椅子(Three-Legged stool)」という考え方があります。これは、「フランチャイジー」、「サプライヤー」、「マクドナルド(企業)」の三者が、互いに信頼し合い、それぞれが強固になることで、力強いビジネスを展開できるという考え方です。日本の「三方良し」にも通じる思想ですね。

気候変動や人権問題は、サプライチェーン全体のリスクです。例えば、気候変動でポテトが不作になれば、サプライヤーも私たちも困ります。人権問題があればブランド全体が毀損(きそん)します。だからこそ、サプライヤーとは年1回の「サプライヤー・サミット」などを通じて、ビジネスの課題だけでなく、環境や人権といったサステナビリティの課題についても深く議論し、同じ方向を向いて取り組んでいます。FSC認証紙の使用や、持続可能な漁業認証(MSC)の取得なども、こうしたサプライヤーとのパートナーシップの成果です。

ピープル・ビジネスの真髄――多様性とエンゲージメント

田中:次にPeople(人)について伺います。御社の店舗に行くと、高校生からシニアの方まで、本当に多様なクルーが生き生きと働いているのが印象的です。

クシュナー:マクドナルドはハンバーガービジネスである以前に、「ピープルビジネス」です。現在、日本全国で約21万人のクルーが働いていますが、下は15歳の高校生から、上は最高齢で92歳の方までいらっしゃいます。

特に日本においては、女性の活躍推進(エンパワーメント)に力を入れています。また、外国人クルーや障がいのある方の雇用も積極的に進めています。多様なバックグラウンドを持つ方々が、互いに尊重し合い、チームワークを発揮する。このインクルージョンの文化こそが、マクドナルドの強みです。

「マクドナルドサステナビリティレポート2024」より

田中:従業員エンゲージメント調査の結果も非常に高いとお聞きしています。多様な人材への自社戦略の浸透はもちろん、高いモチベーションを維持することはマニュアルだけでは説明がつかない中において、その秘訣は何であるとお考えでしょうか。

クシュナー:おっしゃる通り、マニュアルだけで「楽しさ」や「情熱」は生まれません。秘訣があるとすれば、われわれの「レコグニション(承認と称賛)の文化」でしょうか。店舗では、日々の業務の中で「ありがとう」「よくやったね」という声掛けが飛び交っています。また、「オール・ジャパン・クルー・コンテスト(AJCC)」のように、クルーがスキルを競い合い、日本一を目指す大会もあります。自分の仕事が認められ、成長を実感できる機会が豊富にあるのです。

さらに、社内向けコミュニケーションや「ハンバーガー大学」での教育を通じて、サステナビリティの取り組みやブランドのストーリーを共有し、「自分が働いているマクドナルドは、社会に良いことをしているんだ」という誇りを醸成することにも力を入れています。クルーが誇りを持って働けば、それが自然とお客さまへの「スマイル」や「おもてなし」につながり、結果としてビジネスも成長する。この好循環が回っていることが、高いエンゲージメントの理由だと思います。

田中:アメリカでは「8人に1人がマクドナルドでの勤務経験がある」というデータがあるそうですね。これにも驚かされました。

クシュナー:そうなのです。マクドナルドでの就業体験が、チームワークやリーダーシップ、責任感を学ぶ「社会の学校」のような役割を果たしているかもしれません。日本でも、マクドナルドを卒業した多くの方々がさまざまな分野で活躍しています。彼ら・彼女らがマクドナルドでの経験をポジティブに語り、時には親となって自分のお子さんに「マクドナルドで働いてみたら?」と勧めてくれる。そうやって世代を超えてブランドとの絆が紡がれていくことは、私たちにとってかけがえのない資産(インタンジブル・アセット)です。

もっと愛されるブランドへ

田中:昨今、米国を中心に「反ESG」や「反DEI(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)」といった動きも見られます。こうした潮流をどうお考えでしょう。

クシュナー:あくまで個人的な意見ですが、経営者たちは皆、サステナビリティの本質的な重要性を理解しているはずです。今の揺り戻しのような動きは、これまでの取り組みが単なるパフォーマンスになっていなかったか、本当にビジネスと社会の実質的な利益につながっているかを見つめ直す良い機会だと捉えています。

日本においては、少子高齢化による労働力不足という構造的な課題があります。性別、年齢、国籍に関わらず、多様な人材が活躍できる環境を作ることが、社会の維持やビジネスの成長につながると思います。

田中:最後に、これからの日本マクドナルドが目指す姿、ビジョンをお聞かせください。

クシュナー:私たちはこれからも、地域社会の一員として、お客さまに「おいしさと笑顔」を提供し続ける存在でありたいと願っています。そのためには、変化を恐れず、お客さまのニーズ、社会のニーズの両方に合わせて進化し続けなければなりません。

環境への配慮を深め、働く全ての方に成長の機会を提供し、食の安全・安心を守り抜くこと。これらを愚直に実行し続けることで、お客さまからも、働く方々からも、もっと愛されるブランドを目指します。それが、次の55年、100年へと続く道だと信じています。

統合レポート・ライブラリー:日本マクドナルド株式会社
https://www.sustainablebrands.jp/report-library/1306576/
interviewee
ジョナサン・クシュナー

日本マクドナルド 執行役員 チーフ・コミュニケーション・オフィサー

日本およびアジア地域において25年以上、複数の業界で広報・マーケティング・政府渉外・サステナビリティに従事したのち、2017年5月に日本マクドナルド入社。CCO兼経営委員として、食品の品質と調達に関するサステナビリティ活動、地球環境、人材育成、地域社会におけるブランドの信頼性、ESG活動の横断的取り組みを統括し、顧客やステークホルダーのエンゲージメント向上を推進。

interviewer
田中 信康

SB Japan 総責任者/サステナブル・ブランド国際会議 ESGプロデューサー
株式会社Sinc 代表取締役社長兼CEO

大手証券会社にて株式、デリバティブ取引、リサーチマーケティング、人事、財務・IR、広報部門など管理部門を幅広く経験し、資本市場に長く精通。大手企業の財務・IRコンサルタント、M&Aアドバイザー、コーポレートコミュニケーション支援業務の責任者として従事。財務・非財務コンサルティングのキャリアを活かし、統合思考、情報開示の支援業務を中心に、幅広くコンサルティング業務に携わる。

written by

眞崎 裕史 (まっさき・ひろし)

サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者

地方紙記者として12年間、地域の話題などを取材。フリーランスのライター・編集者を経て、2025年春からサステナブル・ブランド ジャパン編集局に所属。「誰もが生きやすい社会へ」のテーマを胸に、幅広く取材活動を行う。

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