• 公開日:2025.11.26
パーム油に代わる「微生物油」が実用化へ、森林破壊を阻止して業界の未来を書き換える
  • Scarlett Buckley

チョコレート、カップラーメン、歯磨き粉、保湿クリームと、食品から日用品まで暮らしの至る所で使われているのがパーム油だ。アブラヤシを大規模栽培し、果実を絞って採るパーム油は森林破壊の元凶の一つとされているが、需要は今も増え続けている。発酵の力を借りれば、森林破壊に歯止めをかけられるのではないか――。そう考えたオランダのスタートアップが、パーム油に代わる油脂の製品化に乗り出した。油脂の需要増に対応しながら、食品業界の悩みまで解決するという新技術を解き明かしてみよう。(翻訳・編集=遠藤康子)

Image credit: Didier from Pixabay

パーム油ははるか昔から使われており、古くは紀元前3000年前に作られた古代エジプトの墓の中でその痕跡が見つかっている。産業革命が起こると、ろうそくやせっけんの主成分として普及し、欧州での需要が急増。今では、チョコレートバーやマーガリンなどの食品、せっけんやシャンプーなどの日用品と、その用途は多岐に渡り、包装された製品全体の60%に含まれている。世界需要はおよそ年4%で増加しており、消費量を満たすためには2030年までに2200万トンがさらに必要になる見込みだ。

とはいえ、需要の増加には代償が伴う。今後必要となるパーム油を確保するためには、アイルランドの1.5倍の面積に相当する熱帯雨林を伐採しなければならない。そうすれば、森林破壊がいっそう進み、生物多様性がますます失われ、温室効果ガスの排出も増えることになるだろう。とりわけ大きな影響を被るのは、パーム油の原料であるアブラヤシのプランテーションが集中している東南アジアだ。

発酵作用で油脂を生成

こうした事態は改善できると考えたのがラース・ラングアウト氏だ。元コンサルタントの同氏は2021年、「Microorganism Makes Mayonnaise(微生物から作るマヨネーズ)」と題された研究論文を偶然目にした。酵母を発酵させるとできる「微生物油(microbial oils)」をサステナブルな代替油脂として食品や化粧品に活用する可能性を探った論文だ。

「実に革新的なアイデアで、広く共有できるビジョンが芽生えました」とラングアウト氏は振り返る。「発酵作用なら、より持続可能な方法で用途の広いパーム油のような材料を生産できるのではないか、と考えたのです」

ラングアウト氏が、論文著者であるアムステルダム大学のイエロン・フーゲンホルツ教授に連絡を取ったところ、2人はたった2度のやりとりで意気投合し、ノーパーム・イングレディエンツ(NoPalm Ingredients。以降ノーパーム)という会社を立ち上げることにした。アブラヤシから絞り取ったパーム油に代わる環境に優しい代替油脂を開発して新たな産業を築くという、明確な使命を掲げたスタートアップの誕生だ。

醸造して作る代替パーム油

ノーパームは、作物を栽培して油脂を絞り出すことはしない。油脂を醸造するのだ。発酵に必要な糖分は、ジャガイモの皮やホエイパーミエート(チーズなどの製造時に発生する乳清[ホエイ]からたんぱく質を取り除いた物)といった農業や食品業界から出る副産物を利用する。この糖分を、独自開発した遺伝子組み換えしていない酵母に与えると、その細胞内に油分が蓄積される。

「発酵後、酵母の細胞に蓄積された純粋な油脂を抽出します」とラングアウト氏は説明する。「この油脂は、生産時の設定を変えればさまざまな機能を持たせることができるので、食品やパーソナルケア製品(化粧品およびスキンケア、ヘアケア、衛生用品)など幅広い用途に応用することが可能です。また、抽出後に残った使用済みのバイオマスはバリューチェーンに再投入し、資源を最大限に活用しています」

驚くべき環境効果

この微生物油が環境に与えるプラスの効果はまさに驚きだ。独立した第三者機関のライフサイクルアセスメント(LCA)によると、ノーパーム製の微生物油はパーム油より、カーボンフットプリントが90%少なく、必要な土地も99%減るという。

「商業規模で生産した場合には、1工場あたりのCO2年間削減量が6000万キログラムから9000万キログラムに上る可能性があります」とラングアウト氏は言う。「欧州で暮らす最大4万人分の年間カーボンフットプリントに相当する量です。また、最大2630ヘクタール(約26平方キロメートル)の熱帯雨林を保護することも可能です」

この効果を拡大するためには、他企業と緊密に連携して、原材料を安定して調達することが不可欠だ。そこで、同社は2025年9月、ベルギーの大手乳業組合ミルコベルと提携。2026年にオランダのエーデで操業を開始する初の実証工場にホエイパーミエートを供給してもらう予定だ。

副産物を利用して新たな業界を構築

ノーパームのやり方がとりわけ革新的と言える理由は、原料の調達にある。純粋な糖分やバージン原料ではなく、これまで利用されてこなかった副次的資源を利用しているのだ。これにより、コストが削減できるだけではない。食品業界から生じる副産物問題の解決にも一役買うことになる。

「当社は、未活用だった副次的な資源をバリューチェーンで有効活用しています」とラングアウト氏は話す。「食品製造時に出る副産物が無駄になるという、社会が抱える別の問題をも解決しているわけです」

副産物を原材料にすることで、ノーパームは強じん性という強みも手にした。発酵は規模拡張が容易だし、副産物を提供してくれる提携企業がある所ならどこででもプロセスを再現できる。

「他企業と手を組んで、さまざまな地域に工場を共同設置できると考えています」とラングアウト氏。「目指しているのは、現在の油脂産業に匹敵する新しい業界を打ち立てることです」

ラングアウト氏の言う新しい業界はすでに形を成しつつあり、「REVÓLEO」というブランド名で「Soft」と「Silk」の2つの製品がすでに誕生している。

・REVÓLEO Soft(レボレオ・ソフト):砂糖菓子、乳製品、焼き菓子などに使われている従来の植物油脂に代わる微生物油脂。

・REVÓLEO Silk(レボレオ・シルク):化粧品やパーソナルケア製品向けの高機能エモリエント(軟化剤)。従来の油脂分では得にくい独特の感触とぜいたくな肌触りを実現。

サプライチェーンの混乱や価格変動に次々と見舞われる企業にとっては、事業安定の一助となる製品だ。

規模拡大に向けて

ノーパームの生産工程はこれまで、欧州各地の工場に委託する形で分散されてきた。仕方がなかったとはいえ、非効率的だ。しかし、この状況もまもなく終わる。同社はオランダの食品受託研究機関ニゾ・フード・リサーチと共同で新施設を建設し、工程全体を初めて1拠点に集約する予定だ。

「その工場では全工程が1カ所に集約されます。最初から最後までの工程を管理下に置き、原材料から最終製品まで全てを完全に把握すれば、一貫して高水準の品質と安定供給を約束できます。工程の拡張や原材料の調達増加なども今よりずっとスムーズになるでしょう」とラングアウト氏は言う。

2026年にスタートする実証工場では、年間1200トンを生産する見込みだ。また、2028年の操業開始に向けて計画中の量産工場もあり、軌道に乗れば年間生産量は6000トンを超え、持続可能な方法で生産されたパーム油と価格が同等になる可能性がある。

「全工程を集約すること、アップサイクルした副次的資源を原材料として利用すること、原材料の供給元と工場を共同設置すること――。これが全て実現すれば、安定して競争力のある価格を設定できます」

大手企業とも提携

大手企業も関心を寄せている。ユニリーバやコルゲート・パーモリーブといった生活用品大手との提携を通じ、REVÓLEOのテストと改良を行うと同時に、長期的な商業化に向けた基盤作りも進めている。

「大手企業との提携には大きな利点が3つあります」とラングアウト氏。「1つ目は、当社の技術が世界最大規模の食品・美容企業の基準を満たしていることを証明し、信頼性と裏付けを獲得できること。2つ目は、自社の能力と安定供給体制が整っていることを実証し、規模拡大のリスクを低減できること。3つ目は、提携企業それぞれが有する世界規模の展開力と購買力を利用すれば、規模拡大に向けた道が開けること」

煩雑な規制への対応は不要

EU市場では欧州森林破壊防止規則(EUDR)の施行が近づいている。今後はより多くの企業が、罰則を避けるために、サプライヤーが森林破壊に関与していないことを証明しなければならなくなる。微生物油は歓迎すべき解決策だと言えるだろう。

「熱帯資源を利用することなく、完全に透明なサプライチェーンを築くことができる。それが当社の強みです」とラングアウト氏は話す。「従来の油脂に代わってREVÓLEOを採用すれば、EUDR関連の手続きは一切不要となり、コストも時間も節約できます」

それどころか、ノーパームの微生物油は、油脂業界の未来そのものを書き換えるかもしれない。

「REVÓLEOのような酵母由来の油脂は、パーム油と同等の働きと汎用性を備えていながら、環境負荷はごくわずかで、供給も格段に安定します」。ラングアウト氏は最後にそう述べた。「微生物油は、パーム油需要の伸びに歯止めをかけつつ、気候、生態系、社会に悪影響を及ぼすことなく増え続ける油脂のニーズを満たす現実的な方法なのです」

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