
人間にも動物にも欠かせない栄養素であるオメガ3系脂肪酸。現在、その大部分が天然の魚から供給されている。需要が高まる中、過剰漁獲による生態系や食料システムへの影響は深刻だ。この課題を解決するため、スコットランドのバイオテクノロジー新興企業マイアルギーは、ウイスキーの廃水と最新の設備を使い、オメガ3を豊富に含む藻類を栽培している。ウイスキー蒸留所や水産会社など、さまざまな企業と連携し、世界各地で循環型の食料生産を目指す。(翻訳・編集=茂木澄花)
オメガ3の需要が海の生態系を脅かす
必須脂肪酸であるオメガ3は、水産養殖や家畜のエサ、ペットフード、健康食品などに広く使われている。この需要の高まりが、水面下で大きな問題を引き起こしている。
オメガ3の供給源は、ほとんどが天然の魚だ。だが実は、魚自体がオメガ3を作り出しているわけではない。魚は、オメガ3を含む微細な藻類を食べ、体内に蓄積しているのだ。つまり、オメガ3を得る目的で魚を取る場合、実際にはその体内にある藻類が目当てだと言える。
本当なら藻類から直接得られるはずの栄養を得るために、「魚に食べさせるための魚」を取っているという現状がある。養殖物の魚介類に対する需要の高まりに対応するため、イワシやカタクチイワシなどの小さな飼料魚が大量に漁獲され、魚粉や魚油の原料となっている。世界の魚粉と魚油の70%以上は飼料魚から作られており、実に年間約1700万トンの天然魚が、養殖用の飼料になっているという。
しかし、養殖魚にエサとして天然物の魚を与えることは、オメガ3を食物連鎖の上位に移動しているにすぎない。これは、自然資源に依存した非効率的な仕組みだ。
飼料魚は、単なる「養殖魚のエサ」ではなく、生態系で重要な役割を果たす存在だ。海の食物連鎖網の基盤であり、海鳥や大型の魚、海生哺乳類、そして沿岸の経済までをも支えている。ばく大な量の飼料魚を水揚げしている影響は、すでに広範囲に見られる。飼料魚の個体数が急速に減少し、栄養のシステムが乱れ、海の生物多様性に悪影響を及ぼしているのだ。2037年には、魚粉と魚油の需要が天然の飼料魚の供給を上回ってしまうという心配な予測もある。
実際に、モーリタニアなどの国ですでに深刻な影響が現れている。ニシンの仲間であるサッパという魚は、かつて地元住民の食事に欠かせない主要な食材だったが、現在は恐ろしい勢いで減少している。大量に漁獲され、魚粉や魚油に加工されたサッパは、経済的に裕福な国々で養殖魚やペットのエサとして消費されているのだ。その結果、地元漁業は崩壊に向かい、生計を立てる手段は消滅しかけている。これまで海を頼りに暮らしてきた地域で、食料不足が広がっている。
ウイスキー製造の廃水は栄養の宝庫
こうした問題を解決する技術が、ウイスキー製造が盛んなスコットランドで生まれている。地元企業のマイアルギーは、ウイスキーを蒸留する際に出る栄養豊富な副産物を、微細藻類のエサとして活用する取り組みを進める。微細藻類とは、顕微鏡でなければ見えないほど小さい光合成生物で、オメガ3を豊富に含む。
マイアルギーは、現在CEOを務めるダグラス・マーティン氏が2016年に設立した企業だ。マーティン氏らは、廃水を使って藻類を育てる特許技術を開発した。その際に使う容量3万リットルのバイオリアクター(生物反応装置)に必要な電力には、再生可能エネルギーを利用する。これにより、海から資源を採取することなく、オメガ3に富んだ藻類を大量に生産し、乾燥させて養殖魚やペットのエサとして活用できる。生物多様性を守り、世界の漁業にかかっている負担をやわらげ、公正な循環型の食料システムを構築することが期待される。
同社は、生産拠点をウイスキー蒸留所の近くに設置する計画だ。廃水の輸送距離を最小限に抑え、無駄なエネルギーを使わない。環境面で妥協することなく大規模に展開できる、地域密着型の循環モデルだ。
マイアルギーは、2024年にアースショット賞の「海をよみがえらせる(Revive Our Oceans)」部門で最終候補に残った。英ウィリアム王子が創設したアースショット賞は、環境問題に対する最も有望な解決策を表彰するものだ。
CEOのマーティン氏に話を聞いた。「ウィリアム王子は『おいしいウイスキーを飲んでいるときにアイデアが浮かんだのか?』とおっしゃいましたが、実際には、明確な目的を持った研究の成果です。当社の創業メンバーで、オメガ3を含む藻類のエサになる廃棄物を探していました。何千回もの実験を行い、何十種類という廃棄物を試した結果、ウイスキーの副産物が最も適していることが分かったのです」
ウイスキーを製造する際には、養分を多く含む大量の廃水が出る。この処理にはかなりの費用がかかっており、従来から問題になっていた。デュワーズ、グレンフィディック、タリバーディンといった一部の蒸留所では使用済みの穀物をクリーン燃料に変える取り組みがあるものの、大半はいまだに廃棄されている。マイアルギーは、生物学的な観点から、この問題に解決策を提示する。
「完成品のウイスキー1リットル当たり、約15リットルの廃水が出ます。都合の良いことに、この副産物には藻類が好んで食べる栄養素が豊富に含まれています。うまくできすぎているくらいですよ」(マーティン氏)
海に頼らず、地域密着型でオメガ3を大規模生産
藻類からオメガ3を生産している企業は他にもあるが、マイアルギーは廃水を主原料として活用している点で際立っている。さらに、自社開発したバイオリアクターも差別化の鍵だ。
「当社が開発したバイオリアクターは、生産量は多いまま、かなり少ない設備投資で設置できるため、大規模に展開することが可能です。また当社は、地域での生産にこだわることで、輸送に伴う炭素排出量を最少化します」(マーティン氏)
マイアルギーの次なるステップは、規模と影響力の拡大だ。同社は何年にもわたって技術の改良に取り組んできたが、間もなく試験導入の段階から大規模展開の段階に移ろうとしている。その転換点として、新しい生産施設を設置する計画を進める。
この新しい生産拠点は、ウイスキー蒸留所の近くに置かれ、再生可能エネルギーから電力を得る。フル稼働すれば、同社は年間5万3000トンのオメガ3を製造できるだけの藻類を栽培、収穫できる。これは、世界の魚油需要の10%程度を担える量で、魚油生産のために水揚げされている天然魚160万トン分以上の代わりになる。この量を生産するために必要なウイスキーの副産物は推定6億3900万リットルで、これを再利用することで約210万トン分のCO2排出を防げる。
今回の施設を皮切りに、今後多くの生産拠点を設置する計画だとマーティン氏は語る。「目標は、海への依存を終わらせること。最初の生産拠点は、この目標に向けた大きな一歩です。この施設が、効率良く順調に稼働でき次第、当社は野心的な成長計画を実行に移します」
この施設で生産されたオメガ3は、まず需給が特にひっ迫している水産養殖とペットフード業界に供給される見込みだ。さらに、代替肉、機能性食品、家畜のエサといった世界的に需要の高い分野も開拓していくとマーティン氏は言う。「これらの業界は共通の課題に直面しています。地球からの資源採取を増やすことなく、いかに成長するか。当社の独自技術は、この課題の解決に役立ちます」。天然魚に依存しないオメガ3の生産は、気候変動に伴う異常気象や地政学リスクの影響が比較的少ないため、安定的な供給にもつながる。
他社との協働で未来をひらく
マイアルギーのビジネスモデルには、他社との協働が欠かせない。同社は2024年に、持続可能性を高める取り組みに熱心なスコットランドの蒸留所エデン・ミルとの提携を発表した。エデン・ミルの蒸留工程から出る廃水を、マイアルギーが微細藻類の栽培に利用する。
エデン・ミルのCEO、レニー・ドナルドソン氏にも話を聞いた。「マイアルギーと協働できることをうれしく思います。当社の蒸留所が4月に操業を開始して以来、マイアルギーが定期的に廃水を回収しています。この提携関係は、広範にわたるメリットをもたらすでしょう。オメガ3を倫理的に、確実に生産できることに加え、副産物を再利用し、きれいな水を河川に戻せるのですから」
マイアルギーにとってこの提携関係は、同社のモデルが現実社会で実現し得るという証明になり、より大きな企業の信用を得ることにもつながった。
「当社の製品を市場で展開するにあたり、戦略的な提携が助けになっています。すでに水産養殖業界やペット業界の大手企業とも提携関係を結びました。それらの企業は持続可能なオメガ3を切望していたのです。現時点で詳細はお伝えできませんが、こうした提携関係が技術革新を促し、順調に商業化への道筋ができつつあります」(マーティン氏)
循環型の食料システムを世界へ
マイアルギーは、世界展開も視野に入れている。新たな地域に進出するにあたっては、画一化した技術を広めるのではなく、その地域の原料や廃棄物に合わせてモデルを調整する考えだ。
「ウイスキーの副産物は、豊富で確実な資源を提供してくれます。その量は、年間で何十億リットルにも上ります。そのため、欧州ではかなり規模を拡大できるでしょう。国際的に展開するにあたっては、各地域で調達できる副産物を用いる方法を検討しています。これにより、各地域に分散した生産が可能になり、長距離輸送を減らすことができ、当社のビジネスプロセスはさらに持続可能なものになります」(マーティン氏)
持続可能なオメガ3の需要が世界各地のあらゆる業界で高まる中、マイアルギーは自社のプラットフォームを、食料生産、廃棄物処理、海の生態系保護のやり方を変革するきっかけと捉えている。同社は現在、自社が生産するオメガ3について、魚やペット、人間など、さまざまな動物が摂取したときに十分に栄養面の機能を得られるかどうか調べる試験を進めている。
「現在は水産養殖とペットフードに注力していますが、海への依存を減らすことを目指すため、今後、直接人間が摂取する方法を検討していきます」(マーティン氏)
5年先を見据えたとき、目標は単なる規模拡大や魚油の代替にとどまらない。目指すのは食料生産に循環の論理を組み込むことだ。廃棄物をチャンスと捉え、地球から資源を採取しなくても栄養を摂れるようにし、海の生態系と海をよりどころとする地域社会の再生につなげる。マイアルギーは、さまざまな企業との協働を通じてこれを実現しようとしている。









