• 公開日:2025.11.25
ドイツ点描──持続可能な都市の底流を読み解く
【ドイツ点描コラム】第6回ドイツ地元企業の「気の長い投資」とは何か?
  • 高松 平藏


地域社会の持続的発展に必要なことの一つに、企業や金融機関が拠点地の地方とどのように関わるかがある。ドイツを見ると、企業や金融機関は拠点地域の文化やスポーツ、福祉、教育などへ何らかの支援をしている。いわゆる地域貢献や社会的責任だ。これは日本でも理解されやすいが、企業にとっては「超長期の投資」として考えてみると、地方の持続可能性へのヒントが見える。

◾️寄付は「拠点地へのお返し」

地方の「村レベル」にあるサッカーグラウンドに行くと、ブンデスリーガのスタジアムと同じ形態の広告が並んでいるのがよく分かる。広告主は地元のヘアサロンや肉屋さんから地元中小企業や地方紙までさまざまで、地元資本が地域内に循環している証拠だ。

人口1万8000人のヴァイセンブルク市内のサッカー場には地元の医療機関の広告が並ぶ(筆者撮影)

地方分権型のドイツは、単に各地方が自律的に「地方経営」しているだけではない。地方の自律のための法制度や原理が整備されている。そして行政を中心に、市民や企業、非営利組織など多様なアクターが地域に存在し、相互に関係しながら地方の持続可能性を高めている。これは世界中の地方でも見られるが、分権型ではより濃密だ。

企業や金融関係の経済セクターは、この中で文化やスポーツ、福祉、教育といった多様な分野に寄付を行ったり、スポンサーになったりしている。財団を設立して、企業資金を分配する例も多い。

この課題は日本の「三方よし」モデルの議論にも通じ、1990年代から盛んに議論されてきた。ドイツでは中世の「名誉ある商人の行為」が原点であり、現代の企業の社会的責任へとつながっている。一方、調査では、多くの企業がこれをブランディングの一環と見なすことも多い。また地方では、社会を豊かにすることを目的とした寄付が散見される。

例えばグローバル企業シーメンスも、多くの寄付を行い、スポンサーになっているが、基本的にそれは拠点地に対するもので、「お返し」と表現される。ここに分権型経済セクターの理論が垣間見える。

◾️地元社会へどんな寄付を行っているか

地元企業の文化やスポーツ、福祉への寄付は、地域社会の質に直結する。筆者が住むエアランゲン市(人口約12万人)の場合、シーメンスの医療・エネルギー分野の開発拠点地であることから、同社による文化プログラムやスポーツ、教育支援が充実している。例えば「トルコ映画」フェスティバルへの支援は、拠点地における異文化理解の促進を念頭に置いたものだ。

金融機関も文化やスポーツ、教育に柔軟な資金提供をしている。40年以上続く市主催の無料コンサートは銀行が長年メインスポンサーを務めている。誰もが文化を享受できる場で、生活の質を高めている。コンサートを聞いて育った人も少なくない。

地元の塗装会社ショルテンはオーナー企業らしく、経営者の意向でスポーツ振興に力を入れている。またプラスチック成形業の企業創業者は財団を設立。この創業者はすでに故人だが、財団運営は手堅く引き継がれ、毎年文化や教育に資金を分配し続けている。2000年代初めに出版された800ページの「都市の事典」の出版費用はこの財団の寄付によるものだ。

この事典の価値は日本社会で理解しにくいので説明を加える。ドイツは歴史を重要視し、史実を多面的に再解釈して「私たちの町はどんな町か?」を自覚し、そこから次の発展につなげる「永久思考」がある。そのため自治体には一次資料を集め、整理し活用するアーカイブがある。事典は市の千年記念年プロジェクトの一つで、発行当時は書店に山積みされ、半年で7500部売れた。

寄付や協賛、広告による「地域マネー」は、社会の毛細血管のような部分にまで届き、社会を豊かにする。この背景には、社会が痩せ細りギスギスした地域に経済発展は望めないという考えがある。

この考え方と付合するのが地域スポーツだ。日本でも地域単位でJリーグが展開されて久しいが、元々ドイツをモデルに作られた。だが「移植」しきれなかったものも多い。それは一言でいえば「社会の一部であり、社会を作るエンジンでもある」というドイツスポーツの意味だ。

地域ベースの「スポーツ」は細やかで、競技の種類や、健康・余暇など、試合以外を目的とするものも多く、対象年齢の幅も広い。したがってスポーツ支援は地域社会の質に大きく関わる。

冒頭の小さなサッカー場でも地元事業者の広告が並ぶのはそのためだ。試合偏重の傾向がある日本のスポーツと社会では腹落ちしにくいだろう。DNAという見方をするとJ リーグはどうしても「地域スポーツ」というより「企業スポーツ」だからだ。

◾️「短期の成果追及」から一度離れて考える

ドイツ企業の社会貢献部署の現場では、「協賛依頼が多すぎて大変だ」という声を聞くことがある。これは寄付やスポンサーになることが、すでに社会制度の中に制度的に組み込まれ、企業経営の一部として機能していることを示している。だから、企業や金融機関の側から見れば、これらの支援は一種の「超長期投資(気の長い投資)」であり、地域の生活環境や社会的安定性とダイナミズムを成り立たせる経営リスクを減らす社会的インフラづくりといえる。

これは、どういうことか?

まずドイツは職住近接の傾向が強い。働く人は拠点地の市民でもある。採用担当や経営者の視点で考えてほしい。犯罪や差別の多い地域を拠点にしたいと思うだろうか。荒れた地域を選ぶ人は少数派だ。

この観点から、先述した企業支援を見てみると次のような説明ができる。まず、異文化理解や音楽プログラムの充実は差別・偏見を抑制し、生活の質の向上から社会の雰囲気を良くする可能性が増える。またドイツではスポーツが単なる競技ではなく、健康やコミュニティ、ボランティアの手段として重視され、政策やプログラムも充実している。だからスポーツ振興はWHOの健康定義「肉体的・精神的・社会的に良好な状態」につながる。「生き生きした市民(=社員)」が増える。「都市の辞典」は都市発展の知識資本である歴史をきちんと活用することになる。

企業や金融機関にとって、地域社会の安定とダイナミズムをもたらす寄付は事業拠点の信頼性を高め、長期の事業継続基盤となる。これは単年度で成果が出るようなものではない。じっくりと行う畑の土壌作りに似ている。だから企業目線では「超長期投資」だ。これが分権型地方の持続可能性につながっている。こうしてみると、シーメンスの「拠点地へのお返し」という言葉も腑に落ちる。

日本で地方創生が掲げられている。しかし地方自律性のための制度設計があるドイツから見ると、「中央集権ベースの地方の自律」はかなりハードルの高い課題に思える。だが「気の長い投資」の視点で地域と企業の関係を検証することには意味があるだろう。

【シリーズ終わり】

written by

高松 平藏 (たかまつ・へいぞう)

ドイツ在住ジャーナリスト

ドイツの地方都市エアランゲン市(バイエルン州)および周辺地域で定点観測的な取材を行い、日独の生活習慣や社会システムの比較をベースに地域社会のビジョンを探るような視点で執筆している。日本の大学や自治体などでの講義・講演活動も多い。またエアランゲン市内での研修プログラムを主宰している。 著書に『ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか―質を高めるメカニズム』(学芸出版)をはじめ、スポーツで都市社会がどのように作られていくかに着目した「ドイツの学校には なぜ 『部活』 がないのか―非体育会系スポーツが生み出す文化、コミュニティ、そして豊かな時間」(晃洋書房)など多数。 高松平藏のウェブサイト「インターローカルジャーナル」

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