
最先端技術と協働を通じて、人類が直面する重要課題の解決を目指す「Tech for Impact Summit 2025」では、DEI(多様性・公平性・包摂性)をテーマにしたセッションも注目を集めた。Clerio Vision共同創業者兼CEOのアレックス・ザペソチニー氏が司会を務め、元ゴールドマン・サックス証券副会長でMPower Partnersゼネラルパートナーのキャシー松井氏、NTTのチーフ・コマーシャル・イノベーション責任者の中澤里華氏が登壇。対談は日本初の女性首相誕生を目前に控えたタイミングで行われ、政治、経済、テクノロジーを横断しながらDEIの未来を語り合った。セッションの様子を詳述する。
「女性では無理」と言わせないために
アレックス・ザペソチニー氏(以下、ザペソチニー氏):この10年間で、DEIは世界中の企業や行政にとって重要な議題となりました。一方で、DEIを巡る政治的な議論や抵抗も高まっています。今日の目的は、DEIがどの領域で効果的に機能し、どこに課題があるのかを探ることです。まずは、この数日で話題となっている大きな政治的変化について伺いたいと思います。日本で初めて、女性の首相が誕生する見込みですね。

キャシー松井氏(以下、松井氏):日本の政治史において本当に歴史的な瞬間です。私は日系米国人ですが、10年前に「日本が米国より先に女性首相を持つ」と言われたら、誰も信じなかったでしょう。でも現実に起こりました。今回の出来事が示しているのは、「従来の型に収まらない人が国の最高位に上りつめる可能性がある」という事実です。これは本当に大きな出来事です。
しかも高市早苗さんは世襲政治家ではなく、努力で道を切り開いた人です。彼女は両親に大学進学を反対されながらも、アルバイトで学費を稼ぎ、政治の世界でも試練を乗り越えてきた。
確かに、メディアやDEI関係者の中には批判的な声も多く、彼女の主張には私自身も賛同できないものがあります。しかし率直に言って、彼女が失敗するのを見たくない。もし彼女が失敗すれば、「やっぱり女性では無理だった」と言われてしまうでしょう。そうならないように、安定したリーダーシップの実現に協力すべきだと思います。
「女性だから」では本質見失う
中澤里華氏(以下、中澤氏):数年前、非常に興味深い統計に出会いました。経営危機に陥った企業は、しばしば女性をリーダーに登用する傾向があるというものです。これを、一部の人は「女性を失敗させるためだ」と言いますが、私はもう少し前向きに捉えたい。つまり、「これまでとは違う発想を持つ人を起用しない限り、結果は変わらない」という判断が働くのだと思います。今回の女性首相誕生も、その意味では非常に興味深いです。

私も長年、取締役会への女性登用や女性起業家の支援に取り組んできました。そんな中、かつて日本で働いていた女性幹部の友人から、このようなメッセージが届きました。「日本で女性首相が誕生しそうね。政策には賛成できない部分もあるけど、女性がトップになるのは素晴らしいことよね」と。
一見前向きな言葉ですが、私は違和感を覚えました。これこそDEIの間違った側面だ、と。つまり、「とにかく女性を起用することが大事」という発想です。「女性だから登用する」ことが目的化されてしまうと、本質を見失ってしまいます。性別に関係なく、能力と成果で評価される社会を目指す。それが本来のDEIのあるべき姿です。もちろん、女性が活躍する姿を見せることには、社会的な意味があります。でも「女性であることそのもの」を価値として掲げるのは違う。重要なのは、成功できる環境をどう整えるか、です。
松井氏:日本のジェンダーギャップ・ランキングが低い主な要因は、政治分野での女性代表の少なさにあります。衆議院の女性議員比率は、長らく10%前後。これで、社会の実態を反映していると言えるでしょうか。女性首相の誕生という一点に過度な期待をかけるつもりはありません。でも、「見えることの意味」は非常に大きい。「人は、見えないものにはなれない」。この言葉の通り、政治の世界で女性リーダーが姿を見せることは、特に若い女性たちにとって強いシグナルになります。成功する女性リーダーの存在が、社会全体の意識を確実に変えていくのです。
「女性を生かすビジネスモデル」を支援
ザペソチニー氏:では、次のテーマに移りましょう。キャシーさんは、日本初の女性起業家支援ファンドを設立されていますね。そのきっかけを教えてください。

松井氏:まず私たちが立ち上げたのは、日本初の「ESG特化型」ベンチャーキャピタルです。2021年に設立し、これまでに22社へ投資してきました。その後、女性起業家から多くの相談を受けるようになり、2025年3月、日本初となる女性起業家に焦点を当てたファンド「WPower ファンド」を設立しました。
政府統計などによると、創業者全体のうち女性は20〜30%です。しかし、スタートアップ資金のうち、女性に渡るのはたった2%しかない。さらに分析すると、上場時の企業価値は、女性創業企業の方が男性創業企業より1.5倍高いんです。つまり投資家目線で見ても、女性起業家への投資は非常に魅力的だということです。この分野に誰も注目していなかったからこそ、「私たちがやらなければ」と思いました。
WPower ファンドは、東京都、三菱UFJ銀行、三菱地所、塩野義製薬など、多くのパートナーの支援を受けています。女性起業家だけでなく、「女性のエンパワーメントを推進する男性創業企業」にも投資します。性別に関係なく、「女性を生かすビジネスモデル」を支えるのです。
多様な人々をどう受け入れ、どう生かすか
ザペソチニー氏:中澤さん、過去5〜10年の間で、最も変革をもたらしたDEIの取り組みを教えてください。
中澤氏:「世代の多様化」と「データ」だと思います。女性の寿命は男性より長く、日本は世界で最も長寿の国です。そして今、「α世代」が台頭し始めています。彼ら・彼女らは16歳で会社を創り、AIと共に働くことを前提にしています。つまり、これからの社会は多世代が同じ職場で共存する時代になります。企業は、その現実を前提に組織設計を見直す必要があります。
AI時代はデータの偏りが社会の偏りを生む可能性があります。偏ったデータでAIを訓練すれば、偏見を再生産する。だからこそ、DEIは倫理的AIの基盤なのです。いま取り組むべきは、「誰のデータが使われているのか」「誰の声が反映されているのか」を問い直すことです。私はDEIをコンプライアンスとしてではなく、「パーパス」として考えています。目的を共有できれば、人は違いを超えて協力できる。アメリカ海軍に所属していた夫がよく言っていました。「任務があるとき、人種も性別も宗教も関係ない。隣にいる仲間を守るだけだ」と。共通の目的があれば、違いは対立ではなく力になります。
松井氏:1999年に「ウーマノミクス」という言葉を提唱した頃から、ずっと同じ課題があると感じています。DEIが形だけの取り組みになってしまうのは、「なぜそれをやるのか」という「Why」が欠けているからです。「チェックリストのための多様性」では誰も本気になれません。また、リーダーが自ら具体的に行動し、組織の文化や歴史に合わせて最適解を探ることが重要。日本企業にとって最大の課題は人材不足です。そのような状況だからこそ、多様な背景を持つ人々をどう迎え入れ、どう生かすかが問われています。イノベーションは「異質の交わり」からしか生まれません。
眞崎 裕史 (まっさき・ひろし)
サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者
地方紙記者として12年間、地域の話題などを取材。フリーランスのライター・編集者を経て、2025年春からサステナブル・ブランド ジャパン編集局に所属。「誰もが生きやすい社会へ」のテーマを胸に、幅広く取材活動を行う。














