「プレインランゲージ(平易な言語)」が世界で注目されている。情報の受け手を明確にし、読者が理解しやすいように書く方法だ。2023年にISO規格が制定され、それを日本語に落とし込んだ手引きも公開されている。
一方、企業によるサステナビリティの情報発信は、読者に十分伝わっていないことも多い。一般的にあまり知られていない専門用語やカタカナ語が使われているためだ。幅広い人に共感してもらうためには、プレインランゲージの考え方を取り入れることが有効だ。

今年3月、東京で開かれたサステナブル・ブランド国際会議に登壇した米SBの創設者コーアン・スカジニア氏は「誰もが理解できる言葉で語ること」の重要性を強調した。この背景には、2025年1月に第2次トランプ政権が発足したこと、それに伴って気候変動対策やDEIに取り組む人々が苦境に立たされた経緯があった。社会の変化に取り残されることへの不安をあおるコミュニケーションが支持を得た結果だと、スカジニア氏は見る。
トランプ氏の言葉遣いはとても平易だ。米カーネギー・メロン大学付属言語科学研究所の調査によれば、2016年の大統領選挙中にトランプ氏が各遊説先での演説で使った語彙(ごい)は、現地の中学1年生レベルだったという。さらに文法は小学6年生をわずかに下回るレベルだった。これは他の候補者と比べても低いレベルだ。学位を持たない人を含め、幅広い支持を集めている一因と言えるだろう。
一方、サステナビリティに関する企業の発信は、独特な言葉遣いや専門用語が多くなりがちだ。実際、2024年に英国の調査会社トラジェクトリーなどが実施した調査で、企業と消費者の間に「言葉の壁」があることが分かった。同じような状況は日本にもある。今年ボストン コンサルティング グループが日本の消費者を対象に実施した調査によれば、企業の情報発信でよく目にする「ネットゼロ」という用語について、回答者の約7割が「聞いたことがない」と答えている。
企業の情報発信は、消費者や投資家といった対象読者に情報を伝えることを目的としている。にもかかわらず、対象読者が理解できない言葉を使っているせいで、伝わっていないことがあるのだ。
プレインランゲージとは?
こうした中、注目を集めているのが「プレインランゲージ」だ。一般社団法人日本プレインランゲージ協会は、編著書『プレインジャパニーズの教科書』で、プレインランゲージの大原則を次のように定義している。
文書を作成する際には、対象読者をきちんと設定し、対象読者に訴求し理解が促進されるように内容や表現を工夫しよう。 |
一見、当たり前の心がけのように見えるかもしれないが、2023年には、国際標準化機構ISOが、プレインランゲージの基本原則を定めた国際標準を出版した。現在は、文書の種類ごとにガイドラインの検討が進められている。日本では、日本プレインランゲージ協会が、ISO規格を日本語に落とし込んだ指針を示している。
プレインジャパニーズ 9のガイドライン 1. 対象読者を明確にする 2. 結論を文頭に置く 3. 読みやすいデザインにする 4. 文は短くする 5. 日常的な単語や表現を使う 6. 簡潔な表現を使う 7. 能動態を使う 8. 肯定表現を使う 9. 主語、述語を近づける (日本プレインランゲージ協会ウェブサイトより) |
プレインジャパニーズと混同しやすい考え方に「やさしい日本語」がある。やさしい日本語は、文法と語彙のレベルや文章の長さに配慮して、日本に住む外国人にも分かりやすくした日本語だ。つまり、対象読者が定まっているプレインジャパニーズの一種だと言える。一方、プレインジャパニーズでは、文書の作成者自身が対象読者を明確に意識する必要がある。
サステナビリティ情報発信の対象読者は?
サステナビリティの取り組みについて企業が発信する場合、対象読者は、投資家や一般消費者、取引先などだろう。投資家向けには、統合報告書や有価証券報告書のサステナビリティ情報、消費者向けには、ウェブサイトや広告、商品パッケージなどがある。
日本企業が投資家向けに開示する文書は、一文が長く、専門用語を多用しているものが多い。しかし世界的には、投資家はプレインランゲージを求めているのが実情だ。米国では、1998年に証券取引委員会(SEC)が、上場企業に対し開示資料をプレインランゲージで作成することを求め、ハンドブックを発行した。その序文には、世界を代表する投資家ウォーレン・バフェット氏が次のような言葉を寄せている。
「私は上場会社の提出する文書を研究してきたが、何が書かれているのか解読できないことがあまりに多く、さらにひどい場合は、何も書かれていないと結論付けるしかなかった。(中略)堅苦しい専門用語や複雑な構文が原因であることが多い。(中略)特定の読者を想定して書こう。バークシャー・ハサウェイの年次報告書を書くとき、私は自分の姉と妹に語りかけるように書いている」
実際に、米国の上場企業が開示する文書は、今では非常に簡潔で読みやすいものになっている。欧州でも同様だ。一方、日本企業では、海外からの投資を呼び込むため、開示文書を英語に翻訳する企業が増えている(プライム上場企業は今年から日英同時開示が義務化)。しかし、日本語の原文が難解であることなどが影響し、海外投資家からの評判は芳しくない。
日本国内でも、一部で平易な情報開示を求める声は上がっている。2025年5月15日の日本経済新聞には次のように書かれていた。
「プロ投資家なら総会前の1、2週間で、1社200ページ近い有報を何十社も読みこなせるかもしれない。しかし、増加している個人投資家はどうか。大半の個人には難しい。分量のみならずかなりの財務、会計の知見を要するし文章も専門的で読みにくい。ウェブ上の分析作業は専門家にも楽ではない」
プレインランゲージで書かれた文書は、AIツールや機械翻訳とも相性が良い。これらのことから、海外投資家にも、国内投資家にも、プレインランゲージでの情報開示が適していると言える。
さらに、一般消費者や取引先を対象とする文章ではなおさらだ。前述したとおり、サステナビリティに関する用語の一般的な認知度は、企業の担当者が考えているよりも低いと言える。たくさんの情報があふれている今日、伝えたい情報を受け取ってもらうためには、すんなりと理解できる形で伝えなければならない。
見栄えの良さより分かりやすさを
サステナビリティの情報発信でプレインランゲージを取り入れる場合、上記9つのポイントのうち、まず重要なのは「5. 日常的な単語や表現を使う」だ。サステナビリティの話題では、どうしても専門用語や横文字、カタカナ語が多くなりやすい。プロフェッショナルな印象になって見栄えが良いことに加え、世界全体の課題には英語由来の用語が多いことも一因だろう。(「プレインランゲージ」も世界規模の取り組みなので、カタカナだ。)
しかし、その分野に詳しくない読者からすれば、専門用語やカタカナ用語の羅列は、とっつきにくく読みにくい。曖昧に解釈されたり、企業や業界によって違う意味に解釈されたりする恐れもある。さらに「実際には大した取り組みをしていないのに、それらしい言葉を使ってごまかしているのでは?」という不信感を生みかねない。
例として、2つの文章を見てみよう。それぞれどのような印象を受けるだろうか。
① 当社は「Well-being for all」をパーパスとして掲げ、ウェルビーイングを促進するプロダクトやサービスのグローバル展開に注力しています。このたび、この取り組みを一層加速するべく、高い社会貢献意識と行動力、顧客視点を持った人財の開発・育成をグローバルに推進することをマテリアリティの1つとして設定いたしました。これは、国際社会が目指すインクルーシブな社会の実現、SDGsの達成に貢献することにもつながると考えております。 |
② 私たちの使命は、世界中の人たちが幸せになるモノやサービスを提供すること、「幸せを量産すること」だと思っております。そのために必要なことは、世界中で、自分以外の誰かの幸せを願い、行動することができるトヨタパーソン、「YOUの視点」を持った人財を育てるということです。これは、「誰ひとり取り残さない」という姿勢で国際社会が目指しているSDGsに本気で取り組むことでもあると考えております。 |
①は筆者が作成した文章だ。②はトヨタ自動車のウェブサイトからの引用で、サステナビリティページの冒頭に掲載されている豊田章男会長のメッセージだ。内容はほぼ同じだが、②のほうが平易な言葉で表現されている。企業ホームページにおけるサステナビリティのページは、投資家から企業のサステナビリティに関心のある一般市民まで、さまざまな人が読むことが想定される。そうした幅広い読者の心に響く文章がどちらかと言えば、②が優勢なのは明らかだ。
①のような文章がまん延し、サステナビリティの取り組みが「よく分からない」「難しい」ものと認識されてしまうことは、取り組みの拡大を妨げる。幅広い人たちの共感を得るため、情報発信にプレインランゲージの考え方を取り入れてみてはどうだろうか。詳しい指針や事例は、日本プレインランゲージ協会のウェブサイトや『プレインジャパニーズの教科書』で確認できる。
【参考書籍】 『プレインジャパニーズの教科書 』一般社団法人 日本プレインランゲージ協会 編著 【参考URL】 一般社団法人 日本プレインランゲージ協会 https://japl9.org カーネギー・メロン大学「Most Presidential Candidates Speak at Grade 6-8 Level」 https://www.cmu.edu/news/stories/archives/2016/march/speechifying.html ボストン コンサルティング グループ「第8回サステナブルな社会の実現に関する消費者意識調査結果」 https://www.bcg.com/ja-jp/publications/2023/understanding-a-sustainable-society 米国証券取引所「A Plain English Handbook」 https://www.sec.gov/pdf/handbook.pdf トヨタ自動車株式会社 サステナビリティ https://global.toyota/jp/sustainability |
茂木 澄花 (もぎ・すみか)
フリーランス翻訳者(英⇔日)、ライター。 ビジネスとサステナビリティ分野が専門で、ビジネス文書やウェブ記事、出版物などの翻訳やその周辺業務を手掛ける。