• 公開日:2025.10.21
高齢社会に向き合う和菓子。おかゆ大福がつなぐマーケット
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加齢や病気によって食べ物が飲み込みにくくなる「嚥下(えんげ)障害」は、高齢化が進む現代社会でウェルビーイングを考える際の、大きな課題のひとつだ。実際、毎年1月には高齢者が餅を喉につまらせる事故が発生している。「危険があるから食べてはいけない」と言われれば、多くの人は納得するだろう。だが同時に、人が幸せに暮らしていく上で「食べたいものを食べる」ことは、欠かせない要素でもある。

そんな矛盾を前にした高齢者や介護者の間で、今、注目されているのが、三重県伊賀市にある桔梗屋織居(ききょうやおりい)の「おかゆ大福」だ。嚥下が困難な人でも食べやすく、老舗和菓子店ならではの上品な甘さを持つ逸品は、どのようにして開発されたのか。18代目店主の中村伊英(よしひで)氏に話を聞いた。

柔らかい大福というニーズへの気づき
うるち米でつくる新しい口どけ

「そもそも大福というものは、もっちりとして粘りが強い食感が持ち味です。柔らかい大福にニーズがあるとは、以前は思いつきもしませんでした」と中村氏は語る。

最初にそのニーズに気づいたのは、食通だった大叔父が雑煮の餅を喉に詰まらせ亡くなった時だった。同様の事故が多いことは毎年のニュース報道で知っていたとはいえ、近親者の身を通して目の当たりにすることで、改めて和菓子を商うものとして考えなければならないという想いを抱く。

そして、さまざまな食材を試しながら新商品開発を行っていく中で、大福の食感や風味を変えてみようと、取引先から新しく提供された米を手にした時に「これは、高齢者でも喉に詰まらない大福に使えるのでは」と結びつき、誕生したのがおかゆ大福だった。

一つひとつ手づくりされるおかゆ大福。米の風味をしっかり感じられるので、大福を食べたという満足感が得られる

おかゆ大福の生地には、もち米ではなくうるち米を使用する。これにより伸びを抑え、さらに加熱せず練ることで口の中ですっと溶けるなめらかな食感を実現した。

「飲み込みやすいとは、どういうことか。細かく分解していくと、柔らかさ以外にもさまざまな要素があります。明確な基準はないので福祉・介護の現場の方々に協力していただき試食を重ねて、一つひとつ改良を続けました」と、中村氏。

さらに、飲み込みやすさと同時に強くこだわったのが、大福としてのおいしさだった。新たに開発する以上は、以前の大福よりもおいしく、今まで以上に喜ぶ人がいなければ意味がない。江戸初期から続く老舗和菓子店らしいこだわりだ。実際、「おかゆ大福」はそのおいしさで嚥下困難な方だけでなく、その家族や介護施設職員からも好評を得ている。

皆で一緒においしいものを食べ喜び合う楽しさも、「おかゆ大福」で得られるウェルビーイングのひとつなのだ。

甘いもの・菓子が持つ社会的機能

おかゆ大福の販売を開始し、少しずつ社会で知られていく中で、中村氏は印象的なお客さまに出会った。毎月1回、三重県の離島から78個のおかゆ大福の注文があったのだ。

「これはいったい何なのかなと気になって、そのお客さまに会ってみようと島まで行きました。訪ねてみると老夫婦だけのお住まいで、旦那さんは寝たきりで介護食を食べるのも難しいとのことでした。ですが、おかゆ大福は喜んで食べると。1日2個のおかゆ大福だけを食べる生活が続いていると言うんです。注文数が78個なのは、冷凍庫をおかゆ大福でいっぱいにするとその数だからで」

この訪問を通じて、改めておかゆ大福には強いニーズがあり、人の生き方にまで関わるポテンシャルがあること、そして甘い菓子が人の暮らしにもたらすものの大きさに気づいたと言う。

中村氏は数々の災害ボランティアに参加し被災地で和菓子を振る舞っているが、その際にも甘いもの・菓子の力を実感している。

「被災した直後、人は命をつなぐために食べますが、その時期を過ぎると、今度は生きる力を得るために甘いものやお菓子を食べるんです。それらには豊かだった生活を取り戻そうという気持ちを呼び起こす力がある。そんな場面をたびたび見てきた経験が、おかゆ大福につながりました」

体だけでなく心を支え豊かにする、食べた人を笑顔にして幸福感を高める。それは確かに、甘いもの・菓子が社会の中で担う機能であり、人々の暮らしに寄り添いながら提供し続けるのは、和菓子店が果たしてきた重要な役割といえる。

おかゆ大福でアプローチできる新たなマーケット

大和、信楽、伊勢の山に囲まれた伊賀上野で、400年以上前の江戸時代に藤堂藩御用商人として創業した和菓子店、桔梗屋織居

おかゆ大福は現在、桔梗屋織居の店舗とオンラインショップのほか、介護施設や介護系イベント、管理栄養士や介護士が参加する試食会などで販売されている。介護の現場への積極的なアプローチには、和菓子店が失いつつあるマーケットにアクセスするという目的もある。

「和菓子店の主な顧客は50代以上、80代くらいまでの高齢者が多いのですが、『介護施設に入った』『入院した』なんてお話を聞くことも、珍しくありません。そうして、和菓子店とつながっていたお客さまがどんどん少なくなっていく、そういう現状があるんです。ですが、これは和菓子を食べたいというニーズが消えたということではありません。実際、私が介護施設を回って販売会をすると、たくさんの入居者の方が喜んで買ってくださいます」と、中村氏は言う。

今までのマーケットから切り離されたところに、実は大きなマーケットができている。そこにアプローチしていくことが、和菓子店が社会の中でこれまで通りの役割を果たしていくためには必要となる。

「これから社会の高齢化はさらに進みます。その時、和菓子店は高齢社会にどう向き合うべきなのか、もっと考えていかなければならないと思っています。全国の和菓子店がそう考えた時に、ひとつの選択肢としておかゆ大福を考えられると良い。例えば、おかゆ大福のライセンス生産ができるようにすれば、たくさんの和菓子店が離れてしまったお客さまと再びつながることができる。今はまだそこまでは取り組めていないのですが、おかゆ大福をもっとレギュラーでスタンダードなものにしていきたいんです」

高齢者と和菓子店、それぞれの未来を見据えた挑戦は、これからも続いていく。

【店舗情報】
桔梗屋織居 http://kikyouya.shop-pro.jp/
三重県伊賀市上野東町2949

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