
循環型経済の実現に向け、従来は廃棄されていたものを有効活用する研究が世界各地で進んでいる。米国では、人間の尿から窒素を取り出し、肥料として活用する仕組みについての論文が発表された。その過程で必要な電力は太陽光発電で賄い、発電で発生する廃熱も有効に活用するという。下水処理設備が不十分な途上国の水質改善にもつながることが期待される。一方、アラブ首長国連邦(UAE)の研究者たちは、水産業界で大量に廃棄されているエビの殻を使って活性炭を製造する方法を開発した。活性炭は、CO2の回収など多用途に活用できる。(翻訳・編集=茂木澄花)
人間の尿が資源として循環する
人間や動物の排泄物を有効活用し、廃棄物を削減する取り組みは、長い間さまざまな形で進められてきた。これまでには、人間の便や動物のふんを、バイオガスや繊維製品、ビールの原料として利用した事例もある。このほどスタンフォード大学の研究者たちが開発したのは、人間の尿を再利用して農業に生かす仕組みだ。外部電源を必要としないこの仕組みは、資源が限られた地域でも利益を生む、持続可能で強力な手段となり得る。
この試作モデル(プロトタイプ)について詳述した論文が、2025年8月にオンライン学術誌『ネイチャー・ウォーター(Nature Water)』に掲載された。尿に含まれる有用な化学物質を回収し、有機肥料に使えるようにする技術だ。使用する電力は、他用途への電力供給も可能な太陽光発電で賄う。基本的な衛生処理機能を備えているため、下水を海や川に安全に放出したり、灌漑(かんがい)に再利用したりできるようになる。
「このプロジェクトの意義は、廃棄物の問題を資源獲得の機会に転換できることです」。同論文の上席著者であり、スタンフォード大学工学部で化学工学の助教授を務めるウィリアム・ターペ氏はこう語る。「この仕組みは、放っておけば流されて環境に悪影響を及ぼす物質を、栄養素として回収し、肥料という有益なものに変えます。しかも外部からの電力供給を必要としません」
販売されている肥料の主成分である窒素を製造する工程では、炭素が多く排出される。また、肥料の多くは裕福な国の工業的な設備で生産されて世界中に流通するため、低所得国や中所得国では高価になる。そんな中、人間の尿に含まれる窒素を活用できれば、世界全体で1年間に必要な肥料の約14%を賄える可能性があるというのだ。
プロトタイプでは、膜で仕切られた複数の空間がある装置に尿を通して、窒素と水素の化合物であるアンモニアを分離する。太陽光発電で得た電力を使ってイオンを移動させ、最終的に、一般的な肥料である硫酸アンモニウムを回収できる。
また、太陽光パネルの背面から銅管入りの熱回収プレートで廃熱を回収し、その熱でシステムを温める。これにより、分離の最終工程であるアンモニアガスの発生を促進し、所要時間を短縮できる。太陽光パネルは温度が低いほうが多く発電できるため、廃熱を回収することは太陽光パネルの温度を低く保ち、発電効率を維持することにもつながる。同論文によれば、今回のプロトタイプでは、以前のものに比べて発電量は60%近く増え、アンモニア回収効率も20%以上高まったという。
「1人の人間の尿には、庭1つ分の肥料を賄える窒素が含まれているにもかかわらず、世界の大半はそれを使わずに高価な輸入肥料に頼っています」。同論文の筆頭著者で、機械工学の博士課程に在籍するオリサ・クームズ氏はこう話す。「化学工場も、壁のコンセントさえも不要です。十分な太陽光があれば必要な場所で肥料を作ることができ、余分な電気を蓄えて販売できる可能性さえあります」
研究チームは、日照量、気温、電気系統の構成の変化が、システムの性能と経済性にどのように影響するかを予測する緻密なモデルも開発した。これにより、エネルギーインフラが限られていて肥料が高価なウガンダなどの地域で、このシステムが1キロの窒素を回収するごとに4.13ドルを生み出す可能性があると分かった。これは米国で生み出せる可能性のある収益の2倍以上に当たる。
クームズ氏は現在、新たなプロトタイプの製作に取り組んでいるという。反応装置の処理能力を3倍に高め、処理できる尿の量も大幅に増やし、日照量が多いときには処理スピードが上がるようにすることを目指している。
尿を肥料に変える研究は、2022年にスタンフォード大学のサステナビリティ推進部門(Sustainability Accelerator)による第1次助成金を受けたものだ。その際、研究チームは電気で最大40日間稼働する実験室規模の反応器を作った。これに着想を得て、今回の電気化学的な水処理と太陽光パネルを組み合わせる研究が実現した。その結果、これまで無駄になっていた貴重な2つの資源(尿中の窒素と太陽光パネルの廃熱)を回収するだけでなく、発展途上地域の下水処理改善にもつながるシステムが生まれたのだ。
途上国の下水処理問題も解決する
国連によれば、80%以上の下水は適切に処理されておらず、そのほとんどが低所得国や中所得国で発生しているという。下水中の窒素は、地下水や飲料水の水源を汚染し、藻類の大量発生を引き起こして水中の酸素を枯渇させ、水生植物・動物を死滅させる恐れがある。今回のプロトタイプは、尿から窒素を取り除くことで、安全に海や川に放出したり、灌漑に再利用したりできるようにするものだ。これを自家動力システムで行えるとなれば、集約型の下水処理システムが人口の大半をカバーできていない多くの国で、革新的な技術となり得る。
研究チームは、このアプローチが世界中の農家や地域社会に広がり、必要不可欠で高価な資源を回収するとともに、水質汚染の防止にも役立つと考えている。
「水と食料とエネルギーは、完全に別のシステムとして考えられることが多いです。そんな中で、この仕組みは、工学的なイノベーションが一度に複数の問題の解決につながる貴重な事例と言えます」とクームズ氏は言う。「環境に優しく、大規模に展開可能で、まさに太陽の力を借りる仕組みなのです」
エビの殻からCO2を吸着する活性炭を作る

一方、UAEのシャルジャ大学の研究者たちは、水産業界で大量に廃棄されているエビの廃棄物から、炭素を隔離するのに使える、価値ある製品を作る方法を開発した。
エビ、ロブスター、カニの加工で出た殻は、年間800万トンもの有機廃棄物となり、埋め立てられて分解されると、気候変動の要因となるメタンを発生させる。この廃棄物を、プラスチックや発泡梱包材から太陽電池に至るまで、さまざまなものに再利用する取り組みが世界各地で進められてきた。このほど、ハイフ・アル=ジョマード博士率いるシャルジャ大学の研究チームが、エビの殻、頭部、腸管を使って活性炭を作る工程を開発した。
活性炭はCO2を吸着する能力が非常に高いため、発電、セメント、製鉄、石油化学製品といった炭素排出の多い産業で、工業的な炭素回収に応用されることが期待されている。
アル=ジョマード博士は次のように語る。「私たちの研究は、エビのごみを高機能な炭素製品に変えるものです。海産物のごみによる環境問題を解決するだけでなく、温室効果ガス排出を減らす国際的な取り組みや、気候変動の緩和にも役立ちます」
この研究についての論文は、英国王立化学会が発行する学術誌『ナノスケール(Nanoscale)』に掲載された。エビのごみを熱分解してバイオ炭を作り、酸処理、化学的な活性化、粉砕などを行う工程を概説している。その結果できあがる活性炭は、強力なCO2回収能力を示し、吸収と脱離のサイクルを複数回繰り返しても長期的に安定している。
「私たちの研究成果は、エビのごみを有効活用するための、大規模に展開可能で持続可能な戦略を実証したものです」と研究チームは説明する。「エビのごみを、熱処理、化学的処理、機械的処理を組み合わせて加工することで、最終的にできあがる活性炭素材の構造的・化学的な特性を高めることができます。これにより、気候変動を緩和するための現実的な解決策となるのです」
同研究で使用したホワイトエビのごみは、UAEのシャルジャにある生鮮食品市場スーク・アル・ジュベールから提供された。エビは元々オマーンで水揚げされたものだという。
活性炭の用途は炭素回収にとどまらない
「このアプローチによって、コストを抑えながら活性炭を生産することが可能になります。問題となっている廃棄物を、高機能で効率的で環境に優しい製品に変え、さまざまな用途に活用できるのです」。同論文の共著者で、持続可能・再生可能エネルギーの専門家であるシャルジャ大学のチャオキ・ゲナイ教授はこう語った。
エビの廃棄物から作った活性炭の用途は、炭素回収にとどまらない。研究チームによれば、空気清浄や浄水、溶媒の回収、金の抽出、医療用途にも活用できる可能性があるという。
廃棄物を再利用する取り組みは以前からさまざまなものがあるが、最新の研究成果では、1つの技術で複数の課題を解決できる可能性が示されている。資源が限られている中で多くの課題を解決しなければならない現代において、重要な考え方と言えるだろう。