地政学的リスクという企業の不安を助長させたのが米政権の関税だ。そんな先が読めない時代に、国際的なサプライチェーンを持つ企業が原材料の安定調達と財務的メリットという、一石二鳥を狙える解決策がある。ニューヨーク大学スターン・スクール・オブ・ビジネスのサステナブル・ビジネスセンター(CSB)のテンシー・ウィーラン教授が、いち早く資源の循環に取り組んで思いもよらぬ成果を手にした企業事例を紹介しながら、資源循環の潜在的な利点を強調する。(翻訳・編集=遠藤康子)

米国のトランプ政権が断続的に繰り出す関税措置で、世界市場は混迷している。そのあおりを特に受けているのが国際的なサプライチェーンを築いている企業で、コロナ禍と同様、先行きが不透明な上にコスト負担が大きくのしかかる。しかし、関税の発動前からすでに、地政学的な懸念や市場の変動によって部品などの調達面では過度なコストとリスクが生じていた。
だが、解決策はある。製品や部品を新たな製品へと再利用して材料の耐用年数を延ばす――。そう、資源をうまく循環させていけばいいのだ。
資源循環に取り組む企業が増加中
サプライチェーンの循環性を向上させるためには、製品を消費者から製造元へと戻すリバースロジスティクスが不可欠だ。しかし、何も関税だけがリバースロジスティクス(あるいはリバースロジスティクス企業との提携)に力を入れるべき理由ではない。筆者が実施した調査では、循環性向上の取り組みに伴うメリットがいくつも明らかになった。
例えば、原材料コストと廃棄物処理コストの削減で業務効率が改善するし、サプライチェーンのリスクも低減する。製品イノベーションが促され、販売とマーケティング面でも利点を得られるだろう。実際、資源を循環させるクローズドループ(水平リサイクル)型のサプライチェーンモデルを導入する業界が増えている。
仏自動車メーカーのルノーを例に挙げよう。同社の新車に使われる材料や部品の30%はいまや循環素材だ(中古車部品のリサイクル品や他業界から回収した原材料・端材スクラップなどを使用)。ルノーは材料や部品をすべて回収できる車体を設計しており、2030年をめどに新車のリサイクル素材利用率を重量比33%に引き上げたい考えだ。米の自動車メーカーが自動車部品の30%を再利用すれば、その分は関税25%の対象外となるだろう。
埋もれた価値を引き出す
欧州連合(EU)が自動車メーカーに対し、廃車になった自社製車両を責任ある形で廃棄することを義務付けているため、某自動車メーカーは廃車を回収して部品や材料を再利用する仕組みを構築した。そこで筆者ら研究チームは、この企業の投資収益率を検証した(関税発動前に実施)。同社は中古車から回収した部品の2.5%を再利用して新車に組み込み、10%をリサイクルし、残りを有料で廃棄していた。この取り組みによって、新品部品のコストや製造時のエネルギ―ならびに水の使用量が減少し、同社は年間1億ドルの純利益を得た。ところが、資源循環をコンプライアンスの一環と捉えてしまい、回避コストを把握していなかったため、財務的メリットを得ていたことを認識できなかった。
次は医療機器業界を例に取ろう。筆者らはある企業と提携し、医療機器のリファービッシュ(整備済み)プログラムの効果を検証した。そして、同プログラムに50万ドルを投資すれば、コスト削減と売り上げ増加の両面で年間350万ドルの財務利益を得られるという判断を下した。医療機器の大半が海外からの輸入品であるため、関税を回避すれば病院や患者は一層の利点を得られるだろう。
アパレル企業も、イーベイのPre-Loved Apparelやスレッドアップなどの古着プラットフォームと手を組み、顧客が一度購入した衣類を再販している。そうすれば、衣類1着から売り上げを複数回得られるようになり、新品売り上げへの依存度を低減できる可能性がある。新品の衣類は関税対象国で製造され、輸入されるケースが多い。筆者らは複数の企業について、顧客が持ち込んだ状態の良い衣類をクーポンと引き換えに回収して再販するプログラムの金銭的リターンを検証した。プログラムを自社運営したアパレル企業1社が得た純利益は年間180万ドルだった。また、スレッドアップと提携した企業は、売り上げの増加や獲得コストゼロの新規顧客、メディアを通じた告知などの効果などにより、年間190万ドルの純利益を得ていた。
より強じんなサプライチェーン
米政権が新たに関税を発動する前から、国際的なサプライチェーンは異常気象や政情不安、物価上昇などさまざまな問題に悩まされてきた。資源を循環すれば、新製品のイノベーションが進み、原材料コストと廃棄物処理コストが削減され、関税やその他のリスクによる影響を受けにくくなるなど、大きな期待が持てる。ひいては、サプライチェーンの強じん性が増すだろう。
リバースロジスティクスは一朝一夕では構築できない。しかし、さまざまな業界が有する十分な専門知識と、人工知能(AI)、モノのインターネット(IoT)、関連技術を活用すれば、環境保護と企業価値の向上を両立できる解決策を速やかに設計できるはずだ。