
ホテル業界は「旅行ではぜいたくをしたい」という顧客期待に応えてきた結果、大量の食品廃棄という課題を抱える。この状況を変えるため、世界中のホテルが取り組みを始めている。世界的なホテルチェーン各社はデータ活用ツールを導入して食材の無駄を省いており、期限の近くなった食品をアプリで販売する事例もある。系列の農園を持ち、食材の生産から手掛けるホテルもあり、環境に配慮した旅行という新たな価値を提供している。(翻訳・編集=茂木澄花)
くつろいで自分自身を甘やかし、遠慮なくデザートを1つ余計に味見する――旅行というのはそういうものだという考え方が何十年も支持されてきた。これにより、旅行業やサービス業を営む企業は、旅行客のわがままをかなえ続けることを余儀なくされていた。
現在、この行き過ぎたわがままの悪影響が数多く現れてきており、企業は、これまで望ましいとされてきた過剰なサービスを抑制する方向に転換しつつある。英国の慈善団体WRAP(廃棄と資源に関する行動プログラム)が2018年に発表した調査結果によると、商業活動による食品廃棄の10%近くはホテルから出ているという。これは金銭的なコストをもたらしているだけではない。世界の温室効果ガス排出の8~10%は食品廃棄によるものであり、大きな環境問題にもなっているのだ。
この問題に対し、個々の宿泊施設でも世界的なホテルチェーンでも、幅広い対策が取られてきた。食品の製造前や製造中、食事中、そして残り物として埋立地行きになるまでのあらゆる段階で廃棄を減らすため、テクノロジーへの投資やさまざまな取り組みが行われている。
無駄使いをしなくても「ぜいたく」はできる
ホテルに関連する食品廃棄の約21%は、損傷や腐敗によるものだ。かなりの量の食品が一度も皿に乗ることなく、出荷と輸送の段階で廃棄される。加えて、ぜいたくなビュッフェからの廃棄も問題だ。
ホテルでは、世界中の食べ物が並ぶ豪勢なビュッフェ形式のディナーがまだ一般的かもしれない。しかし、コスタリカのモンテベルデにあるホテル・ベルマーの食事は違う。
マネージング・ディレクターのペドロ・ベルマー氏は、米サステナブル・ブランズ(SB)にこう語る。「食品廃棄の削減は、私たちが取り組む『リジェネラティブなおもてなし』の自然な現れと言えます。ですが、私たちがなぜ食品廃棄の削減に取り組むのかという理屈よりも、どのように達成するのかが重要です」
ホテル・ベルマーの系列には、同ホテルの創業者が運営する、コスタリカ初のカーボンニュートラル認証農園フィンカ・マドレ・ティエラがある。この提携農園と、ホテルに併設された畑があるおかげで、ホテル・ベルマーは季節の農作物や日陰栽培のコーヒー、放し飼いの鶏が生んだ卵、放牧で育ったヤギのミルクで作った乳製品などを提供できている。これらは、調理前に廃棄される食材を最小限にすることにもつながっている。
ホテル・ベルマーは残り物も再利用している。例えば、熟しすぎたり余ったりした果物はジュース・バーに回され、自家製のシャーベットになる。「何も無駄にせず、おいしく頂きます」とベルマー氏は言う。
ホテル・ベルマーの循環型システムでは、食べられない状態になってしまった食品も廃棄しない。毎年、同ホテルは約14トンの有機廃棄物を堆肥にしている。さらに、約5トン分は動物の餌としてフィンカ・マドレ・ティエラに送られる。
テクノロジーを活用し、連携する
サステナビリティの議論では、よく「測れないものを減らすことはできない」と言われる。それはホテルの食品廃棄にも当てはまる。ホテルでは、確実に需要を満たせるよう、過剰発注が当たり前になっている。そうした中、スイス企業のキトロや、アイルランド企業のポジティブ・カーボンなどは、データを活用して企業が食品廃棄の状況を把握できるツールを開発した。在庫、調達、メニューの計画において、情報に基づいた決定ができるようにする。こうしたツールは、フォーシーズンズ、ヒルトン、マリオット、ラディソンブルなど世界的なホテルチェーンで活用され、まだ食べられる食品の廃棄量や、食品関連費用、炭素排出量が劇的に減ったという。
大々的に食品を転用する方法は他にもある。その1つが、企業で余った商品を消費者に売ることができるプラットフォーム「Too Good to Go(捨てるにはもったいない)」だ。ホテルは、モバイルアプリを通じて、期限の近い食品を消費者に割引価格で譲ることができる。提携先にはヒルトン、マリオット、ラディソン、アコー、Hワールド、メリア、NHグループなどがある。
Too Good to Goで、北米事業のバイスプレジデントを務めるクリス・マコーレー氏はこう話す。「(消費者への販売など)廃棄品の転用を重視しているホテルは、毎年、食品廃棄物を重量で平均21%削減することに成功しています。そうしたホテルの多くはToo Good to Goのパートナーです」
必要は発明の母
調達から廃棄品の転用まで、食品のサプライチェーンには、廃棄を防ぐチャンスが多くある。しかし、ホテル業界はそのサプライチェーンの複雑さから、さまざまな課題にも直面している。全てのホテルが自社の畑を持てるわけではないし、厨房内の廃棄削減テクノロジーを導入できるほどの余裕がないホテルもある。法令で残り物の流通が禁止されている地域もあるし、取り組みに協力してくれる現地の提携先があるとも限らない。例えばカリブ海にあるオランダの自治領アルーバ島には、本土にあるような規模の廃棄物処理インフラが存在しない。こうした制約に適応し、イノベーションを起こしている事例がある。
アルーバ島のブカティ&タラ・ビーチリゾートでは日常的に、シェフが余った食材を付け合わせや味付けなど、クリエイティブな料理に再利用している。パンの切れ端はカリっとしたクルトンやパンプディングに、残った果物はマーマレードにする。炭酸の抜けたシャンパンは泡状にして料理のトッピングにし、バナナの皮は宿泊客にもスタッフにも好評の自家製バナナシロップに生まれ変わらせる。
「ホテルでは、ノンアルコールカクテルの作り方を無料で教えるレッスンも行っており、参加者はバナナシロップの作り方を学び、レシピを持ち帰ることができます」。ブカティ&タラで食事と飲料の責任者を務めるニコラス・ネマルセフ氏はSBにこう話す。
また、ブカティ&タラで廃棄になった食品は、地元の養豚業者に送られる。時には、オーナー兼CEOが持ち帰って保護飼育場の動物のエサにすることもある。
健康的で十分に食べられる食品が、最も必要とする人の手に渡るよう、フードバンクやシェルターといった流通拠点との関係を築いているホテルもある。
環境に配慮した旅行習慣を広める
欲しいものをいつでも、世界のどこからでも手に入れたいという旅行客の期待に、あえて応えないことも必要だ。ホテルにおける食事の提供方法やサービス内容を変えることには、不安も伴うだろう。しかし、この変化は、配慮ある消費行動について、説得力を持って旅行者とコミュニケーションを取るチャンスでもあるのだ。
「私たちの行動指針の1つに『変化を起こすこと』があります。営業活動の中だけにとどまらない変化です」とベルマー氏は言う。「メニュー、畑やコンポスト施設のガイドツアー、スタッフとお客様の一対一のやりとりなど、複数のタッチポイント(接点)を通じて、お客様に情報をお伝えします。スタッフは誇りを持って我々の価値観を体現する存在です。あらゆる細部にまで、私たちの考える『配慮の循環』が垣間見えるようにし、お客様には有意義な取り組みにご参加いただきたいと思っています」