• 公開日:2025.06.24
  • 最終更新日: 2025.06.23
ベッティーナ・メレンデスのサステナビリティ戦略
【欧州の今を届けるコラム】第5回 再エネ優遇策は“行き過ぎ”になることも?――オランダの事例に学ぶ
  • ベッティーナ・メレンデス


サステナビリティを追求することは、「良いこと」ですよね?――でも、環境に配慮した政策が時間の経過とともに、ある意味、“行き過ぎ”たことによって、本来、その政策が支えようとしていた仕組み自体に負担がかかり始めたとしたらどうでしょうか。

まさに今、オランダで、太陽光パネル向けの「ネットメータリング制度」を巡り、そのような事態が起きています。再生可能エネルギーの普及を促すために導入された同制度は、太陽光パネルを設置する家庭の電気代の節約にもつながる面から人気を集め、むしろ成功し過ぎたがゆえに自らの首を絞める結果となっているのです。

そこでオランダ政府は、2027年1月までにこの制度を段階的に廃止することを決定しました。一見すると、「うまくいっていた政策をなぜやめるのか?」と疑問に思うかもしれません。しかし、現実はもっと複雑で、この問題はオランダにとどまらず、他国にも通じるものがあります。

オランダのネットメータリング制度における“光と陰”とは

Photo by Mischa Frank on Unsplash

使用電力を相殺、家計に優しく急速に普及

2004年以降、オランダには太陽光パネルを設置した家庭に対し、発電して余った電気を送電網に戻すことで、その分を自家使用分と相殺できる仕組みがあります。これがネットメータリング制度です。すなわち、使った分と同じだけの電力を差し引けることで、太陽光パネルは家計にも優しい設備として人気を集めました。

そして実際に、この仕組みは効果を発揮しました。現在、オランダは1人当たりの太陽光発電容量でヨーロッパのトップクラスに位置しています。かつてはニッチな解決策に過ぎなかった太陽光発電が、今では主流となりました。オランダ政府によれば、この急速な普及にはネットメータリング制度が重要な役割を果たしたとされています。

“成功”の反面、送電網が逼迫、公平性の問題も浮上

しかし一方で、このような急速な“成功”は、新たな課題も浮き彫りにしました。どういうことかというと、オランダの電力網は中央集約型の発電を前提に設計されているため、分散型太陽光発電の急速な普及に、電力網が対応できずにいるのです。

オランダの電力・ガス網運用事業者協会(Netbeheer Nederland)は、送電網の逼迫(コンジェスション)問題が深刻化していると報告しています。一部の地域では、余剰電力を電力網に戻すことが技術的に不可能になっていたり、高額な設備投資が必要になったりしている状況です。

さらに、公平性の問題も指摘されています。太陽光パネルを設置していない世帯、賃貸住宅や集合住宅の居住者、古い建物の所有者などは、実質的に、太陽光発電を行っている世帯のために電力網のコストを負担していることになります。

2027年に完全廃止、太陽光パネル設置の意欲はそがれるのか?

上記のような事情を背景に、2027年から、ネットメータリング制度は完全に廃止されます。代わりに、家庭が電力網に戻す電気に対して「フィードインタリフ (Feed-in Tariff) 」、つまり再エネの「固定価格買取制度」が適用されます。 2027〜2029年は補償額が小売電力価格の最低50%に設定され、2030年以降は、電力会社が自由に補償率を設定できるようになります。

平均的なオランダの家庭にとって、この変更は家計に少なからず影響を及ぼすことになるでしょう。オランダのエネルギー会社(Energy.nl)によると、太陽光パネルによる各家庭の年間の節約額は約400ユーロ減少し、600ユーロから200ユーロに落ち込む見込みです。これは日本円で約6万5千円ほどの減少に相当します。
 

Photo by Dmitrii E.on Unsplash

ではこのような制度の変更を受け、オランダの家庭における、太陽光パネルの設置は減少に転じるでしょうか?

消費者団体のオランダ住宅所有者協会(Vereniging Eigen Huis)などは、ネットメータリング制度の廃止が家庭の太陽光パネル設置の意欲をそぐのではないかとする懸念を示しており、そうした傾向がないとは言い切れません。

一方で、オランダ政府は、過去10年間で太陽光パネルの設置コストが大幅に下がっていることを指摘しています。さらに、家庭用蓄電池やスマートエネルギー管理システムといった技術的な解決策が普及しつつあり、「自家消費はより簡単で効率的になっている」という側面もあります。

そのような観点から、制度の変更はあっても、太陽光パネルは依然として経済的に魅力的だということが言えます。特に、余剰電力を売るよりも、自家消費に重点を置く家庭にとってはメリットが大きく、ネットメータリング制度がなくなっても各家庭の太陽光パネルの設置意欲がそがれることはないのではないか、と私は考えます。

再エネの普及へ 日本も対岸の火事ではない送電網問題

Photo by Mark Merner on Unsplash

このネットメータリング制度を巡るオランダの状況を、「どこかで聞いたことがある」と感じた読者もいるかもしれません。

日本でも、特に2011年の福島第一原子力発電所事故以降、再エネの推進が全国的に加速し、太陽光発電の導入が急増しました。

当初は、手厚い固定価格買取制度がそれを後押ししましたが、時間の経過とともに補助金は減少し、オランダにおけるネットメータリング制度の段階的廃止と似た流れとなっています。日本の電力会社もまた、北海道や九州など、再エネの発電量が需要を上回る地域で、送電網の逼迫問題に直面しています。

こうした事情を背景に、日本エネルギー経済研究所は、日本のエネルギーインフラに再エネをより賢く統合していく必要性を指摘し、経済産業省は、送電網の柔軟性を高める政策に取り組んでいます。

また日本における再エネの普及が送電網の制約によって次第に制限されつつあることは、IEA(国際エネルギー機関)をはじめとする国際的な観測機関によっても問題視されています。ネットメータリング制度を巡るオランダの状況は、日本にとっても対岸の火事ではないのです。

サステナビリティの追求が“行き過ぎ”になることはない

ここまで見てきたように、ネットメータリング制度の廃止は、オランダにとって後退ではありません。エネルギー転換を公平で持続可能、かつ技術的に実現可能なものにするための必要な調整です。今後、焦点は、地域でのエネルギー利用や蓄電、そして発電のピークに合わせた消費のタイミング調整へと移り、柔軟な送電網、需要調整、地域での蓄電ソリューションの重要性が高まっていくでしょう。

冒頭で提示した、サステナビリティの追求が“行き過ぎ”になることがあるのか?という問いに対する答えは「NO」です。問題は、太陽光パネルが普及し過ぎたことではなく、インフラの遅れや古いルールが追いついていないことにあります。太陽光発電を一般化する役割を果たしたネットメータリング制度は今後、誰もがその恩恵を享受できる形へと変わっていきます。そこから得られる教訓は、たとえどんなに良い政策であっても、時代に合わせて進化させる必要があるということです。

太陽はこれからも輝き続けます。その力をどれだけ賢く使えるかに、私たちの未来がかかっています。

written by

ベッティーナ・メレンデス

戦略立案、マーケティング、ビジネスデザインを専門に国際的に活躍。オランダ領キュラソー島政府観光局やベルリンのスタートアップで経験を積み、10代の頃からNGO活動に携わるなど、社会貢献にも積極的に取り組み、サステナビリティに関する幅広い知見を持つ。2021年に顧客体験を重視した幅広いデザインを提供するニューロマジックに参画。2024年からはニューロマジックアムステルダムのCEOおよび東京本社の取締役CSO(Chief Sustainability Officer)に就任し、持続可能な未来の実現に取り組む。 現在はオランダ・アムステルダムを拠点に活動中。社会・環境・経済のバランスを考慮したビジネスの推進に尽力している。

Related
この記事に関連するニュース

急成長する太陽光発電――企業が注目すべき意外な未来の新技術5選
2025.06.19
  • ニュース
  • ワールドニュース
  • #再生可能エネルギー
  • #気候変動/気候危機
  • #カーボンニュートラル/脱炭素

News
SB JAPAN 新着記事

【欧州の今を届けるコラム】第5回 再エネ優遇策は“行き過ぎ”になることも?――オランダの事例に学ぶ
2025.06.24
  • コラム
  • #再生可能エネルギー
  • #気候変動/気候危機
インパクト投資の鍵はステークホルダーとの「エンゲージメント」 
2025.06.23
  • ニュース
  • #情報開示
  • #ステークホルダー
【ドイツ点描コラム】第1回 カフェでPCを広げる人がいない理由
2025.06.23
  • コラム
    nest第3期活動報告に見る、若者目線のサステナビリティ
    2025.06.20
    • ニュース
    • SBコミュニティニュース

      Ranking
      アクセスランキング

      • TOP
      • ニュース
      • 【欧州の今を届けるコラム】第5回 再エネ優遇策は“行き過ぎ”になることも?――オランダの事例に学ぶ