気候変動対策や循環型経済の推進において、法制度と社会意識の両面から先行する欧州。中でも、「エコデザイン規則(ESPR)」や「デジタル製品パスポート(DPP)」といった「エコ規制」は、EU市場に参入する全ての製品に適用され、その対応に頭を悩ませる日本企業も少なくないだろう。だがその背後にある文化的・歴史的な意味合いをつかめば、それらは単なる「規制」ではなく、企業価値を高める成長戦略にもなり得る——。本セッションでは、そうした観点から、欧州発の“文化としてのエコ規制”との向き合い方が議論された。

Day2 ブレイクアウト

ファシリテーター
伊藤裕樹・ウィルズ 経営企画室 ディレクター

パネリスト
奥谷孝司・顧客時間 共同CEO 代表取締役
高松平蔵・ドイツ在住ジャーナリスト

規制ではなく、企業価値を高める起点

伊藤裕樹氏

冒頭、ファシリテーターを務めた伊藤裕樹氏は、セッションの議論の主軸となる、EUで2024年7月に発効した「持続可能な製品のためのエコデザイン規則(Ecodesign for Sustainable Products Regulation / ESPR)」や、2027年から段階的に義務化が進む見通しの「デジタル製品パスポート(Digital Product Passport / DPP)」の概要を説明した。

ESPR、DPPはともに、循環型経済への移行に向けてEU域内で流通する製品の「環境要件」を定めたものだ。ESPRは製品の耐久性や再利用性などの強化を、DPPは、製品の製造から廃棄に至るライフサイクルにおける環境負荷情報をデジタル上で一元管理することを義務付ける。企業にとっては、いずれも原材料や生産工程の見直し、情報開示体制の整備など「大掛かりなルール変更」が求められ、これらに対応できないことは、EU市場への「参入障壁」となる。

しかし、その一方で、「これを単なる規制ではなく、企業価値を拡大させていくための起点と考え、成長の糧にしていくことができるのではないか」と伊藤氏は語り、20年以上ドイツの地方都市に在住するジャーナリストの高松平蔵氏にバトンをつないだ。

なぜEUはルールメーカーになれて、日本はなれないのか

高松平蔵氏

「EUのエコ規制を見ていると、ドイツの“都市哲学”と同じ原理で動いているんじゃないかと感じた」

そう実感を込めて語り始めた高松氏は、日本の外資系企業の関係者には「EUはルールを作りたがる」と受け止める傾向があるとする推測を示した上で、そうではなく、「なぜEUはルールメーカーになれて、日本はなれないのか」という視点から発想することの重要性を提起した。

高松氏によると、EUのエコ規制は、市場経済を前提とする「経済・社会・エコロジーの三角形」を土台に存在する。さらにドイツで言えば、各都市の基礎自治体の上に州、その上に連邦政府、そしてEUがあるというように、各層が補完し合いながらも垂直関係にあることで、EU域内におけるローカルな課題への丁寧なアプローチが行われ、規範の形成につながっているという。

また欧州の国々は、今でこそ、地政学的な観点からナショナリズムが強まっている側面もあるものの、「基本的には各国が対話をしながら調整をとり、“攻めと守りとパートナーシップ”で競争力を強化してきた」と高松氏は説明。日本企業は、そうした欧州の歴史的、文化的な背景を理解した上で「エコ規制」をはじめとするルールと向き合うことが、「単なる規制への対応を超えた戦略的アプローチにつながる」と述べた。

DPPは「顧客とつながり続ける手段」

奥谷孝司氏

続いて登壇したのは、良品計画やオイシックスでマーケティングを手がけ、2018年に、大手企業のDX戦略などを手掛ける顧客時間を設立した奥谷孝司氏だ。「DPPのようなソリューションは、ただ単に規制に対応するためだけに作るのでは面白くない。顧客もトレーサビリティを求めている時代、商流と情報流をうまくつなげ、DPPもそこにしっかりと入れていくことでうまくいく」と話し、エコ規制を、マーケティング視点で見ていくことの必要性を強調する。

EUの「エコ規制」に関しては、大幅なルール変更や情報開示の義務化を前に、サステナビリティの担当部署が右往左往しているといったイメージがある。しかし奥谷氏に言わせれば、そこにもっと関与すべきなのはマーケターであり、DPPは、顧客とつながり続ける手段として大きな可能性を秘めている。

奥谷氏自身は、「Super Normal(スーパーノーマル)」という新たな認証プロジェクトを通じ、コロナ禍を境にデジタルシフトした商環境における「これからの普通」や「優れた普通」を、世界中の生産者や、クリエーター、流通業者らと一緒になって顕在化する活動に力を入れる。「これからの普通」とは「あるビジネスが、どうしたら、(社会のために)善い行いのために力を発揮できるか」という観点から考えられた事業を指す。また「優れた普通」の一つのあり方として注目されるのは「ローカル認証」だという。その一例として同氏は、米国・ポートランド発の、地域の水資源を巡る環境認証「Salmon-Safe(サーモン・セーフ)」を挙げた。奥谷氏自身が「こんなにかっこいい環境ロゴマークを初めて見た」と感じたのをきっかけにマーケターとして関わるようになった。

「やっぱりこれからの時代は、認証や規制への対応力とマーケティング力を掛け合わせていくことが重要。マーケティングで、サステナビリティがクールになる世界を作ることができたら、いいことが起きる」(奥谷氏)

日本企業は横並び意識からの脱却を

後半のクロストークは、「日本ではいわゆる民間から認証制度が生まれて広がったという話を聞かない」という問題意識から口火が切られた。奥谷氏がプレゼンで挙げた「Salmon-Safe」は、コロンビア川にダムができたことによってサケが獲れなくなったことで一人の漁師が立ち上げたNPOがもとになって生まれた認証だ。日本と欧米の違いはどこにあるのか。

これに高松氏も、「例えば太陽光発電も、ドイツでは市民によるイニシアティブが動かした」と応じ、その背景を、「ヨーロッパの社会は、個人で限界がある部分に対しては連帯して実装しようとする精神が根付いているからだ」と独自の都市哲学の理論に当てはめて解説。エコ規制や認証といったルールづくりを巡っては、「日本では小さな村の規範で終わっていることが多い。なんらかの規範を作ろうという思いはあっても、それを制度化まで持っていく運動があるかどうか。そこが欧州との大きな違いだ」と続けた。

ファシリテーターの伊藤氏は「日本の文化を理解することが、欧州のエコ規制を理解することよりも先かもしれない」と引き継ぎ、「横並び意識の強い日本企業は、そこから一歩抜け出し、自分の会社はこうするんだという意思決定を行う、そのプロセスこそが課題ではないか」と言及した。

EUの文化的文脈に根差したエコ規制への対応を、マーケティングや経営戦略と融合し、新たな価値創造へと能動的につなげる姿勢が、いま、日本企業に求められている。

written by

廣末 智子(ひろすえ・ともこ)

サステナブル・ブランド ジャパン編集局  デスク・記者

地方紙の記者として21年間、地域の生活に根差した取材活動を行う。2011年に退職し、フリーを経て、2022年より現職。サステナビリティを通して、さまざまな現場の思いを発信中。

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