• 公開日:2025.05.26
  • 最終更新日: 2025.05.25
デジタル製品パスポートの進展と、欧州型の「皆で作る」規制思想とは
  • 高松 平藏
DPPの技術標準や運用ルールは、パブリックコメントを通じて多様な関係者の意見を集めながら策定が進んでいる(画像は筆者がAIで作成)

欧州連合(EU)は、持続可能な経済とサプライチェーンの透明性を推進するため、デジタル製品パスポート(Digital Product Passport / DPP)の本格導入に向けて着実に歩みを進めている。2024年7月にエコデザイン規則が施行され、2025年4月にはDPPの運用ルール等に関するパブリックコメント(公開協議)が始まった。今後、2027年から段階的に義務化が進む見通しだ。EU にとって、DPPは単なる技術や制度ではなく、欧州の価値観や社会契約思想に根ざした取り組みである。日本企業が欧州市場で持続的に成長するためには、こうした背景理解が不可欠だ。

パブリックコメント開始、多様な関係者の意見募る

DPPは、製品のサステナビリティや循環型経済への適合性、法令遵守状況などの情報をデジタルで一元管理・可視化する仕組みだ。メーカーや輸入業者が製品ごとに情報を登録し、消費者、リサイクル事業者、修理業者など多様な関係者がアクセスできるようになる。内容としては、製造者情報、素材・部品構成、エネルギー効率、修理やリサイクルの可否、処分方法などが記載される予定だ。

しかし現状では、例えばドイツの中小企業などは、DPPの言葉を知らないところも少なくない。あるいは知っていても、どのような構想のものかを理解していないという状態だ。セミナーの類は数多く開催されているが、ビジネスの世界ではまだ新しく、計画と開発の段階だ。

そのような状況下、DPPの詳細設計を巡り、欧州委員会は2025年4月9日からパブリックコメントを開始した。企業や業界団体、市民など幅広い関係者が、データ管理やサービス提供者の認証制度の必要性などについて意見を提出できる。コメントの受け付けは2025年7月1日までで、集まった意見は今後の実施細則やガイドライン策定に反映される。

義務化へのプロセスが包括的で時間がかかる理由

欧州の規制策定は、「上から降りてくる」というような官僚主導のタイプでは決まらない。企業、消費者団体、NGO、業界団体など多様な利害関係者が参画する「協議型」のスタイルが特徴である。パブリックコメントはその象徴であり、制度設計の初期段階から幅広い意見を吸い上げ、最終案に反映させる。DPPの場合も、データ標準やアクセス権限、消費者向け情報開示、サプライチェーン全体でのデータ連携など、実務的な詳細に至るまで広く意見を募っている。

このプロセスは短期間では終わらない。2024年7月のエコデザイン規則施行後も、2025年春から夏にかけて追加のパブリックコメントが行われた。2025年末までに主要な実施細則や技術標準が確定する見通しで、その後、業界ごとのパイロット導入やシステムテストを経て、2027年から本格的な義務化が始まる。

このような「時間がかかる」プロセスは、規制の実効性と社会的受容性を高めるための、欧州では必須の条件だ。日本のパブリックコメント制度と比べても、欧州では提出意見の反映状況が公開され、意思決定の透明性が高い。加えて、域外の企業や市民も意見表明できる点で、開かれた参加型ガバナンスを原則としている。

なぜ欧州は「社会契約」に基づく規制を重視するのか

なぜ参加型ガバナンスを重視するのか? 欧州の規制文化の根底には、社会契約思想がある。すなわち「皆でルールを作り、皆で守ることで、全体の利益と持続可能性を確保する」という発想だ。我々に馴染みやすい言い方をすれば「共倒れを防ぎ、自他共栄のために、皆で守るべきルール」といえるだろうか。DPPも例外ではなく、持続可能性や透明性を社会全体の責任として位置付けている。これは、単に企業価値向上や株主還元のための手段と捉える米国型のESG(環境・社会・ガバナンス)発想とは異なる。

欧州では、「理性で自己決定する私」と言うメンタリティ(啓もう思想)の確立と、産業革命以来、「個人の自由と公共善の両立」「批判的思考と合意形成」「社会全体のレジリエンス強化」といった価値観が歴史的に形成されていった。DPPのような新制度導入においても、関係者全員が議論に参加し、合意形成を経て社会契約をアップデートしていく。これにより、規制への正当性と実効性が高まるだけでなく、企業や市民の自発的な協力も得やすくなる。

DPPの導入は、循環型経済への転換を加速させると同時に、サプライチェーン全体の透明性や責任ある資源利用を促進する。今後、製品の設計段階からリサイクルや再利用を前提とした「デザイン・フォー・サーキュラリティ」が標準となり、企業にはライフサイクル全体を見据えた情報開示と管理が求められる。

日本企業に求められる視点と実践とは

この半年で日本のメディアでもDPPの情報がかなり増えている印象がある。今後、より実践的な内容のものが増え続けるだろう。またDPPのコンサルタントも増加するだろう。業務で必要になってくる日本企業の需要に応える形だ。

日本企業は、単なる制度対応のみならず、欧州の規制が持つ価値観や社会契約思想を理解することが重要だ。パブリックコメントなどの協議プロセスには、国籍や所在を問わず企業・団体が参加できるため、日本企業も自社の立場や課題を直接欧州委員会に伝えることができる。こうしたプロセスに積極的に関与することで、規制内容の具体化に影響を与えるだけでなく、早期から自社のITシステムやサプライチェーン管理体制の見直しにつなげ、リスクを最小限に抑え、ビジネスチャンスを見出すことが可能となる。

また、欧州で重視される「皆でルールを作る」文化やパートナーシップ志向を理解することも不可欠だ。すでに欧州でビジネス展開しているビジネスパーソンには気づいている人も多いだろうが、欧州での企業取引に「下請け」「元請け」という感覚はない。発注・受注の関係があっても、あくまで「パートナー」という考え方がベースだ。こうした関係性はDPPの設計方法とも合致する。DPPの実践的な情報収集やノウハウの確立も重要だが、その根底にある欧州の基本的な考え方や価値観にも目を向けたい。

written by

高松 平藏 (たかまつ・へいぞう)

ドイツ在住ジャーナリスト

ドイツの地方都市エアランゲン市(バイエルン州)および周辺地域で定点観測的な取材を行い、日独の生活習慣や社会システムの比較をベースに地域社会のビジョンを探るような視点で執筆している。日本の大学や自治体などでの講義・講演活動も多い。またエアランゲン市内での研修プログラムを主宰している。 著書に『ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか―質を高めるメカニズム』(学芸出版)をはじめ、スポーツで都市社会がどのように作られていくかに着目した「ドイツの学校には なぜ 『部活』 がないのか―非体育会系スポーツが生み出す文化、コミュニティ、そして豊かな時間」(晃洋書房)など多数。 高松平藏のウェブサイト「インターローカルジャーナル」

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