
SDGsの達成目標は2030年だが、ターゲット8.7に掲げられる「児童労働の撤廃」はそれより5年早い、2025年が目標達成年とされている。国際労働機関(ILO)と国連児童基金(ユニセフ)は2025年6月、世界の児童労働に関する最新のグローバル推計を発表した。報告書によると、世界の児童労働者数は、全ての子どもの約10人に1人となる約1億3800万人と推計され、4年前の約1億6000万人からは減少しているものの、依然として事態解決には遠い状況が続いていることが明らかになった。
4年で2000万人減も、特定地域で危険労働残る
報告書は4年に1度更新される。前回、2021年に公開された統計では、20年ぶりに増加に転じて約1億6000万人となっていたが、今回の報告で増加傾向には歯止めがかかった形だ。また、2000年時点と比べると、子どもの総数自体が約2億3000万人増えている中、児童労働に従事している子どもの数は1億人超減少するなど、各国の取り組みの成果が一定程度表れていると評価できる。
一方で、改善のペースは極めて緩やかであり、2025年までの撤廃という目標達成は事実上、困難な状況が改めて浮き彫りになった。

また、児童労働者全体の約半数にあたる約5400万人が、健康や安全、心身の発達に深刻な悪影響を及ぼす「危険有害労働」に従事していることも示された。さらに全体の半数以上がサハラ以南のアフリカに集中し、同地域の子どもの約5人に1人となる約8700万人が児童労働に従事するなど、地域ごとの偏りも続いている。産業分野としては農業が引き続き全体の6割を占め、グローバルサプライチェーンに根差す課題の根深さを物語る。
個社を超え官民連携で目指す「児童労働フリーゾーン」
この課題が、日本の消費者にとって決して人ごとではないことを示すのが、チョコレートの原料であるカカオだ。日本が輸入するカカオ豆の約7割を生産するガーナでも、児童労働が長年の課題となっている。
この構造的な課題に対し、JICAは2020年、日本の主要菓子メーカーや関連企業、NGOなどを巻き込み、「サステイナブル・カカオ・プラットフォーム」を立ち上げた。業界の垣根を越え、サプライチェーン全体で持続可能なカカオ調達を目指す、日本独自の官民連携の取り組みだ。
同プラットフォームはこのほど、6月12日の「児童労働反対世界デー」を前に共同宣言を行い、「カカオ生産における児童労働撤廃に向けた取り組みをこれからも推進する」と表明。参画する各社は最新の取り組み状況の報告も行った。JICAガバナンス・平和構築部で同プラットフォームを担当する琴浦容子氏は、「(児童労働の)数字は微減したものの、依然として看過できない数の子どもたちが教育の機会を奪われ、労働に従事している。特に我々の生活と関わりの深い農産物のサプライチェーンに課題が集中していることを重く受け止める必要がある」と指摘する。

児童労働問題は、貧困や教育機会の欠如といった要因が複雑に絡み合うため、1社の努力だけでは解決が難しい。そこでプラットフォームが推進するのが、ガーナ政府と連携した「児童労働フリーゾーン(Child Labour Free Zone: CLFZ)」構想だ。特定の地域単位で、行政、コミュニティ、企業が連携して児童労働の監視・防止システムを構築。要件を満たした地域を政府が「児童労働フリーゾーン」として公式に認定する制度で、今後のサプライチェーン整備への導入が期待される。
JICAとNPO法人ACEはこれまで、ガーナ政府とともにガイドライン策定やアセスメント体制構築を実践。現在は、2025年度中にCLFZのモデルケースをガーナ国内で実装することを目指してプロジェクトを進めている。
サプライチェーンの透明化と根本原因へのアプローチ
プラットフォームに参画する企業は、このCLFZ構想と連携しながら、サプライチェーンにおける具体的な対策を進めている。
明治ホールディングスは、児童労働のリスクを特定・改善する仕組み「CLMRS (Child Labor Monitoring and Remediation Systems)」の導入を推進。ガーナにおける同社のカカオ調達の98.8%がCLMRS導入済みのサプライヤーからとなっており、サプライチェーンの透明化を牽引する。
またロッテは、農家のマッピングや児童労働のモニタリング、通報体制整備によるトレーサビリティ確保に加え、水くみ労働を削減するための「井戸の寄付」や学校建設支援など、児童労働の背景にある生活インフラの改善にも取り組む。

森永製菓は、2008年から続く売上寄付キャンペーン「1チョコ for 1スマイル」を通じ、消費者を巻き込みながら生産国支援を継続。過去16年間で約3億4000万円を寄付したほか、従業員が現地を訪問し、生の声を吸い上げながら支援のあり方を模索している。
ACEは、長年の現地活動で培った知見を生かし、企業と現地コミュニティの橋渡し役を担うとともに、CLFZの制度設計にも深く関与。現場の実践を国の政策へとつなげている。
業界単位の対策が支援を効率化
今回報告された1億3800万人という数字は、2025年中の目標達成が極めて困難であるという現実を突きつけている。対策として求められるのは、これまで個社の活動にとどまりがちだった児童労働への取り組みが、プラットフォームを通じて業界全体の動きとなり、さらには生産国政府の制度構築にまでつながっていくことだ。特に、複数の企業が同一地域で連携し、支援の重複をなくし効率化を図る「協調アプローチ」は、今後の大きな鍵となる可能性がある。
児童労働という複雑で根深い課題に対し、サプライチェーンに関わる全てのステークホルダーが連携する日本の官民一体モデルが、解決への確かな一歩となるか。その成果が注視される。
横田 伸治(よこた・しんじ)
サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者
東京都練馬区出身。毎日新聞社記者、認定NPO法人カタリバ職員を経て、現職。 関心領域は子どもの権利、若者の居場所づくり・社会参画、まちづくりなど。