
「サステナブル・ブランド国際会議2025 東京・丸の内」の2日目最後のセッションとして開催された「第7回未来まちづくりフォーラム」。日本財団が進める「WORK! DIVERSITY」を軸に、働きづらさを抱える人たちを社会全体でインクルージョン(包摂)する必要性や方法について議論を深めた。
第7回未来まちづくりフォーラム ファシリテーター 田中信康・サステナブル・ブランド国際会議 ESGプロデューサー / Sinc 代表取締役社長兼CEO / サンメッセ 取締役専務執行役員 経営企画室長SX担当 パネリスト 後藤千絵・一般社団法人サステイナブル・サポート 代表理事 七野一輝・オカムラ サステナビリティ推進部 DE&I推進室 竹村利道・公益財団法人日本財団 公益事業部 シニアオフィサー |
ファシリテーターの田中信康氏は、「働きづらさを抱えた就労困難者は少なくないし、誰しもが当事者となり得る。誰一人取り残さないというSDGsの概念や、持続可能な社会の実現に向けて、働きづらい人を社会全体でインクルージョンする必然性について問いたい」とパネルディスカッションをスタートした。
支援スキームの有効性を実感したサステイナブル・サポート
岐阜市のサステイナブル・サポートは2015年、障がい者の就労支援事業を開始。活動を続けるうちに障がいの診断が無い人や、若者や学生など「既存の就労支援の狭間にある人」に対するサポートも必要だと感じ、多様な就労困難者に対する日本財団のWORK! DIVERSITYプロジェクトに参加したという。

WORK! DIVERSITYは2018年から日本財団が構想を始めた事業。全国600万人に上るという引きこもりや難病者、がんサバイバー、刑余者、LGBTQなど、様々な事情での就労困難者を対象に、全国にある既存の障がい者向け就労施設を活用してニーズに合った訓練や支援を行い、就職を目指すプロジェクトだ。2022年以降、サステイナブル・サポートを含め、全国6都市でモデル事業を行っている。
「支援事例のうち約半数が就職でき、支援スキームの有効性を実感している」とサステイナブル・サポートの後藤千絵氏は語り、具体的な支援事例を紹介しながら「仕事は収入だけではなく、人に居場所や役割、さらには生きる希望を与えるものだと感じる」と手応えを明かした。ただ、「誰一人取り残さないという目標は、企業側の受け入れがなければ進まない。人材不足を抱えている中小企業だけに、個別の配慮などが必要な就労困難者の雇用を任せてよいのか。社会の理解促進や、法制度の整備が必要ではないか」と疑問を投げ掛けた。
パラアスリートが携わるオカムラのDE&I
オフィス環境事業などを手掛けるオカムラ(横浜市)からは、DE&I推進担当かつ、パラ卓球アスリートである七野一輝氏が登壇した。高校3年からパラ卓球の日本代表として活躍し、昨年のパリ・パラリンピックで入賞を果たした七野氏。「就職活動の際に、パラリンピックを目指したいことに加え、会社員としてもきちんと仕事を覚えて働きたいことを伝え、2021年にアスリート雇用で入社した」と振り返る。現在は、在宅勤務などを取り入れながら、練習や試合に応じて業務の内容や量を調整しているという。

「人が活きる」という価値観を大切にしているオカムラ。七野氏は、「全ての人々が笑顔で生き生きと働ける社会の実現に貢献するためにサステナビリティを設定し、特にDE&Iを推進して従業員の働きがいを追求している」と同社の取り組みを説明。実際に、育児と仕事の両立支援を評価する指標「プラチナくるみん」の認定やダイバーシティ&インクルージョンに取り組む企業を表彰する「ベストワークプレイス」など、外部からも確かな評価を得ている。
障がい者の生活や視点を健常者が知り、自分ごと化してもらう狙いで、七野氏は、聴覚障がいのある従業員と手話講座を立ち上げたほか、車椅子でオフィスを移動する体験イベントなども開催。イベント後には社内の幅広い部門から問い合わせが増加したといい、「障がいについて聞かれたくない人もいるが、私は聞いてくれることがすごくうれしい。今後も、障がい者の立場から意見や思いを伝えることで、幅広い人にとって働きやすい環境をつくっていきたい」と働きづらさを抱える立場としての意見を語った。
就労困難者を支援する根拠をつくる日本財団

一方、WORK! DIVERSITYに中心的に関わる日本財団の竹村利道氏は、「SDGsを謳(うた)いながらも、現状の就労支援対策は障がい者にだけ手厚くなっており、多様な就労困難者に対するアプローチはスローガンでしかない」と現状を憂いた。日本財団はこれをカバーできるようWORK! DIVERSIYを国策化するために奮闘しているとし、2018年から2024年までとしていた事業計画を2年程度延長することを明かした。さらに2025年3月には、これまでのプロジェクトの成果を踏まえ、与党のワークダイバーシティ議員勉強会に政策提言書を提出。「就労困難者を支援するための基本法がない」ことを提出の背景とし、「行政は根拠がなければ動けないため、基本法を制定した後に予算を確保したい。国の政治的な面も加味し、水面下でネゴシエーションしつつ立法を目指したい」と意気込む。
さらに竹村氏は、「政治家を交えた勉強会を開くなど予算化のための合意形成に尽力している。こども基本法も成立まで5年ほどかかっており、簡単ではないが継続したアプローチでなんとか立法を目指したい」と語った。
支援の対象も、活動の規模も広げる

パネルディスカッションでは、ファシリテーターの田中氏の言葉に呼応し、障がいの有無に関わらず「働きにくさは誰でも当事者になり得る」との視点の議論が盛り上がった。竹村氏は、時代とともに障がい者に対する視線や認識が変わってきたとして、「障がい者に寄り添う社会をつくってこられたのは、障害者基本法や身体障害者福祉法などの法律があったから。『WORK! DIVERSITY』は、こうした動きを拡大し、就労困難者も支援していこうとしている』と重ねて説明。続けて、「労働を強制することが目的ではなく、働くことでしか得られない幸せを感じてもらいたい」と力強く語った。
七野氏も、「私自身は障がいを抱えていて、合理的配慮を得ながら働く環境を整えてもらっている。(働きづらさがある人に対し)過剰な配慮とまでいかずとも、マイナスをゼロにする個別の調整をお願いしたい」と話し、DE&Iに取り組む立場として、2人の言葉に真剣に耳を傾けていた。
社会性と経済性を両立し、みんなが手を取り合える社会を
福祉活動と企業活動が抱える、社会性と経済性の両立の難しさについても意見が飛び交った。後藤氏は「福祉に関わる人は、『理解がない』と経済や企業を敵対視している部分がある。ただ一経営者としては、人を雇うことも、柔軟な働き方の実現も、簡単ではないとも感じる」と吐露。一方で、600万人もの人が社会保障の対象となる問題は、国民負担の面からも放置できるものではないとし、「試算では、労働力となり得る人が270万人いる。その人たちが働ける社会をつくろう。企業に押し付けるのではなく、企業側が受け入れやすくなる法律を、そしてムーブメントをつくろう」と改めて訴えた。
田中氏は後藤氏の前向きさに共感し、協力することを決意したと明かしつつも、「彼らの雇用については全社員の理解が不可欠。やるからには企業経営者として重い責任も感じている」と話す。竹村氏も「義務的な法定雇用率で縛るのではなく、企業側が前向きに多様な雇用を実現できるのが理想」とうなずいた。
セッションの終盤、後藤氏は会場に対して「大企業も多様な人材を雇用せざるを得ないときが来る。着手が早ければ早いほど、多様な人材を戦力化でき、いろいろな可能性が生まれるはずだ」と呼びかけ、福祉と企業が手を取り合っていくための協力を求めた。田中氏も「行動するしかないなというのが、僕の答え。今は小さな活動かもしれないが、大きな歯車にしながらインクルーシブで隔たりのない社会をつくるために、みんなで手を取り合っていきたい」と語り、セッションを締めくくった。
清家 直子(せいけ・なおこ)