• 公開日:2025.05.14
生物多様性と水の未来を守る「ネクサス・アプローチ」
  • 井上 美羽

 

気候変動や環境問題の深刻化が進む中、生物多様性の保全と水資源の持続可能な活用は、社会全体にとって喫緊の課題だ。企業においても、これらを統合的に捉える「ネクサス・アプローチ」への関心が高まっている。「サステナブル・ブランド国際会議2025東京・丸の内」では、サントリーホールディングスと竹中工務店の担当者らが登壇し、両社の先進的な取り組み事例について議論が交わされた。両社はそれぞれの事業特性を生かしながら、環境・社会・経済の統合的な視点に基づいた活動を展開しており、持続可能な社会の実現に向けた熱意が示された。

Day2 ランチセッション

ファシリテーター 
柴田学氏・booost technologies CSuO 

パネリスト 
瀬田玄通・サントリーホールディングス サステナビリティ 経営推進本部 部長 
向山雅之・竹中工務店 設計本部 アドバンストデザイン部 ランドスケープグループ グループ長

 

「水と生きる」企業理念の実践──天然水の森と再生農業 

瀬田玄通氏

サントリーグループは「水と生きる」という理念の下、自然との共生を前提にしたサステナブル経営を推進している。  

注目すべきは、気候変動・生物多様性・水資源などの課題を一体的に捉える「ネクサスアプローチ」だ。例えば、2003年に始まった「天然水の森」活動では、使用する地下水の2倍以上を涵養(かんよう)し、森林整備を通じて生態系の保全にも貢献。また、容器包装に関しては、石油由来プラスチックからサステナブル素材への転換を長年かけて進め、現在では2本に1本が100%リサイクルボトルとなっている。さらに、再生農業の導入によって土壌の炭素貯留や水質改善にも取り組むなど、単一課題の解決にとどまらず、複数の効果を見込める戦略を採用している。 

サステナビリティ経営推進本部長の瀬田玄通氏はこの連関性を「風が吹けば桶屋が儲かる」と例え、部門横断的な連携や経済性との両立の重要性を説いた。 

建築と自然の共生──都市の中で水と緑を育む仕組み 

向山雅之氏

竹中工務店は、建設事業を通じた環境への影響を最小限に抑えながら、ネイチャーポジティブな取り組みを推進している。 

同社設計本部アドバンストデザイン部ランドスケープグループ長の向山雅之氏は、環境配慮の取り組みとして「雨水活用や生物多様性の保全に注力している」と説明。都市部、郊外、地方それぞれの地域特性に応じた環境ソリューションを提供しており、具体的な事例として、雨水浸透を目的としたポケットパークの整備や、オフィスビルでの雨水を利用した都市型農業の試みなどを紹介した。 

また、多分野への取り組みを包括する「グリーンインフラストラクチャー」の考え方を導入し、「環境、経済、社会のSDGsの側面に加え、防災減災、健康といった多方面への効果を目指している」と述べた。 

加えて、地域住民と連携した植栽活動などを通じて、人と自然をつなぐ視点の重要性を訴えた。 

サプライチェーン全体で見るネクサス・アプローチの可能性 

各社の取り組みについての紹介を終えた後、ファシリテーターの柴田学氏は、サントリーが日常生活に密接に関わる消費財から、竹中工務店がその基盤を支えるインフラの側面から、生物多様性へとアプローチしている点に注目。両社のネクサス・アプローチが異なる立ち位置から同じ課題に向き合っていることを示し、それぞれの取り組みの奥行きを引き出した。 

 

瀬田氏は、サントリーホールディングスの「天然水の森」プロジェクトが、地下水の涵養のみならず、生態系の修復にも大きく寄与していることを改めて紹介。さらに、再生農業を通じて、炭素貯留や生物多様性の向上、さらには人々の健康への波及効果までも見込めると語った。一方で、洋上風力や太陽光発電設備といった再生可能エネルギー事業が、場合によっては環境に悪影響を及ぼす可能性があると指摘し、環境施策には多面的な視点が不可欠であると強調した。 

向山氏は、竹中工務店が掲げる環境戦略の中核として「正しい土地利用」を挙げ、これが脱炭素化や資源循環と密接に結びついていると説明。自然の恵みの再生、創造性豊かな都市づくり、そして人と自然をつなぐ取り組みが三位一体となって機能していると述べた。 

取り組みが生みだすトレードオフを巡る議論では、瀬田氏が「日本では森林保全が水資源の涵養に有効だが、乾燥地帯では過度な植林が逆効果を生むこともある」と述べ、地域の特性を踏まえた施策設計の重要性を提示。向山氏もまた、環境対策と経済性のバランスの難しさや、社内での調整に伴う課題に触れながら、部門横断的な連携体制の構築が鍵になると再確認した。 

さらに瀬田氏は、サントリーのビジネスに「水や原料といった経営資源は欠かすことができない」と重要性をあらためて認識し、自社ビジネスにとって重要なマテリアリティを特定しながら環境対策について社内で建設的に議論を進めていく姿勢の大切さを訴えた。向山氏は、同社が環境省の「ネイチャー開示実践事業」に採択されたことを紹介。同社のビジネスを取り巻くリスクと機会、対応策をシナリオとして整理した一方で、向山氏は「まだスタート地点だ」として、今後はビジネスへの落とし込みをより実践的に進めていく決意を示した。 

最後に柴田氏は「企業人としての視点に加え、生活者としての視点も持ち、両面から行動することがサステナビリティには重要だ」と参加者に呼びかけ、セッションは幕を閉じた。 

written by

井上 美羽(いのうえ・みう)

愛媛県松野町在住フリーライター。地方で農を実践しながら、地方での食の魅力化に取り組む。 食、環境、地方を専門として、主に取材・インタビュー記事の執筆を手掛ける。 日本サステイナブル・レストラン協会や日本スローフード協会の事務局として、食にまつわるイベントプロデュース、コーディネーターなどを担当している。

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