
「サステナブル・ブランド国際会議2025 東京・丸の内」の2日目、3月19日に開催された「第7回未来まちづくりフォーラム」。オープニング・トーク、キーノート・トークに続いたパネルディスカッションの部では、「ポストSDGs時代におけるウェルビーイングと地方活性化」と題し、国・企業・自治体の関係者が集い、持続可能な未来社会のための課題や連携について議論を展開した。
ファシリテーター 笹谷秀光・未来まちづくりフォーラム 実行委員長 / 千葉商科大学客員教授 パネリスト 杉島理一郎・入間市 市長 長谷川知子・一般社団法人日本経済団体連合会・常務理事 青山佳世・フリーアナウンサー |
ファシリテーターの笹谷秀光・未来まちづくりフォーラム実行委員長は冒頭、「2027年に始まるポストSDGsの検討に際し、日本は何を提案できるのか。改めて各自の取り組みをターゲットレベルで捉え、整理していこう」とメッセージ。「今回のパネルディスカッションでは『ウェルビーイング』をポイントに、各企業や自治体が実践している具体例を引き出したい」とキックオフした。
埼玉県入間市の交通革命と地域新電力
埼玉県入間市長の杉島理一郎氏は、地域内のステークホルダーと共創した2つの先進事例を紹介。「交通×ヘルスケア」分野では、デマンド型乗り合いバス*を活用した「ASOVO(Automobile SOciety with Veteran’s Organization)」事業により高齢者の外出機会を増やし、生活の中での「ながらリハビリ」を通じて健康増進を図るという取り組みが披露された。成果として、市内の健康寿命が2020年の84.7歳から、2022年には85.3歳にアップ。事業パートナー機関も4から13団体へと大幅に増加し、地域公共交通再編への後押しも担ったという。杉島氏は「SDGsとして実証し成果が上がったため、動きが活発になり、今では健康増進事業として根付くようになった」と成功のポイントを振り返った。
※デマンド型とは、予約を入れて指定された 時間に指定された場所へ送迎する交通サービスのこと

2つ目の事例は「電力事業」だ。同市ではエネルギーの地産地消を図る地域新電力会社「いるまe-MIRAI」を設立、再生可能エネルギー活用を推進している。杉島市長は「ゼロカーボン協議会を組織し、市内のあらゆる人たちに参画してもらい、気運の醸成に注力した。地球温暖化対策実行計画の策定を経て、2024年3月にようやく地域新電力会社が立ち上がった」と振り返る。
この「地域新電力会社」の特徴は、地元企業の社長らが出資者・役員であること、また入間市に支店のある金融機関6行すべてが出資し、監査役を担っていることだ。地域で作った電力のみを供給し、得た利益は株主らに分配せず地域に還元するとして、ゼロカーボン協議会が里山保全や狭山茶振興など利益の使い道を決定するという。杉島氏は、「エネルギーを地域内で循環させる『サーキュラーエコノミー』を達成しようというSDGsの目標に向かって動く中で、域内での官民連携を引き出せた」と強調した。
経団連が描く未来と課題認識
「Society 5.0 for SDGs※」を柱としてきた日本経団連は、2030年というターゲットイヤーに向け、目標達成の進捗率が低迷している現状を指摘。常務理事の長谷川知子氏は、特に3つの課題に注目しているという。
※経団連が掲げる、「SDGsの達成に向けて、革新技術を最大限活用することにより経済発展と社会的課題の解決の両立するコンセプト」のこと
1つ目の課題は、「サステナブル・ファイナンス」。SDGs達成には世界規模で資金が不足していることに加え、米国のトランプ政権はSDGs関連資金を削減する傾向にある。これに対し長谷川氏は、官民の資金を組み合わせて投資規模を拡大する「ブレンデッド・ファイナンス」を紹介した。

2つ目は、「データ / AIガバナンスの強化」だ。SDGs達成に不可欠なテクノロジーについて、ITインフラの整備や国際的な産業データスペースの構築、AI倫理ガイドラインの策定などの必要性を訴えた。
さらに3つ目は、「サステナビリティに関する情報開示とインパクト評価」。企業の情報開示基準が乱立する一方で、「日本の自治体によるSDGsの画期的な取り組みが、国連の17目標などに反映しきれていない状況を改善するために、社会や環境に対する評価の可視化を進めたい」と長谷川氏は語った。
一市民としてSDGsに触れた10年間

フリーアナウンサーの青山佳世氏は、SDGs発表初期から、NHKでの取材経験を活かして複数の地域や中央省庁で多様な事業に携わってきた。入間市の事例紹介を踏まえ、「デマンド交通など、金銭面や仕組みづくりなどがうまくいかず、失敗するケースも多いが、住民の理解を深める努力をしながら進められていることに、敬意を表したい」とコメント。「10年にわたり専門家ではなく市民として、国民一人ひとりがSDGsに興味関心を高めてもらえるよう取り組んできた。取り組みが進化してきたと感じる一方、まだまだ私たちができることがあるのではとも感じる」と語った。
地方創生のキーワードとしてのウェルビーイング
パネルディスカッション後半では、笹谷氏の問いかけを切り口に、3氏はウェルビーイングや共創についてのアイデアを出し合った。
目指す姿を共有しながら、足るを知る
まず杉島氏は、「地域においては、つながりや生きがい、誇りや愛着を持って生きられることがウェルビーイングにつながる。とはいえ人口減少や公共施設の老朽化などそれをかなえるのが困難な時代。これらの問題を乗り越えるのではなく受け入れながら、地域資源の良さを再確認していくことが、私たちのウェルビーイングだ」とし、「足るを知る」という言葉を挙げた。
長谷川氏は「目指す姿からバックキャストして今やるべきことを考える必要がある」として、経団連がポストSDGsに向けて日本の未来社会の在り方や取り組むべき施策をまとめた「FUTURE DESIGN 2040」を紹介。この実現にあたり「個性や好奇心を育むような教育改革が必要」と主張した。また社会保障改革や、広域地域経済圏の実現、GXへ大胆な投資の必要性を挙げ、「官民が加速的に取り組むべきだ」と語った。
青山氏は、「これまで800カ所以上の町や村を訪ねてきたが、足を踏み入れたら、『この地域では、何か取り組んでいるんだろうな』という空気を感じたり、温かい空気感が醸し出されていたりする場所がある。私はその空気感や、そこで暮らすことが、ウェルビーイングだと思う」と持論を述べた。
笹谷氏は、「『足るを知る』という充足感のような言葉も必要だ。SDGsのターゲットは世界の深刻な問題にスポットが当てられている。その重要性は加味しつつも、ポストSDGsにおいては、『ああ、満足だな』というような感情もインプットしたい」と話した。

思い、ビジョンを共有することが共創の第一歩
話題は、企業と自治体の連携によるまちづくりにも及んだ。杉島氏は、「連携には、パーパスが重要だ」と指摘。入間市は全国でも珍しく、自治体としてのパーパスを「心豊かでいられる、『未来の原風景』を創造し伝承する」ことと定めている。これを踏まえ、「100年先の未来に何を残すのか。私たちは今、未来の原風景を作っている。このパーパスが共有できるかどうかで、連携の可能性を見極めている」と述べた。
長谷川氏は、「関係者間で地域のありたい姿を共有した上で、地域資源を活かせる産業について、担い手の育成を図ることが重要」と主張。さらに、「行政区域にとらわれず、広域連携をしながら切磋琢磨することが重要で、その際にはデジタルを徹底的に活用するべきだ」と訴えた。
青山氏は、浜名湖での海藻再生プロジェクトを紹介。地元の漁師、ヤマハや天竜浜名湖鉄道、日本財団が連携していることに触れ、「企業や漁師さんたちの思いが一つになっているプロジェクト。それぞれの目的や不足点をうまくコーディネートしていく役割が行政に求められているのではないか」と話した。
奪い合うのではなく、みんなで未来をつくっていくために

最後に3氏は、それぞれが考えるウェルビーイングのキーワードを一語ずつ紹介した。青山氏は「ルミナス(光を放つ)」とし、「地域や人、行政それぞれが光を放つ社会を望んでいる。国民を置いていかずに(取り組みを進め)、未来は優しいものであってほしい」と願った。
長谷川氏は、「ローカルの取り組みをグローバルに」、「インパクトの可視化を」の2つを挙げ、「日本の先進的な取り組みが、SDGsの17目標には反映されておらず、世界との間で分断があるように感じている。国連目標の進捗に反映できるメカニズムを考えていきたい」と話した。
さらに杉島氏は、「未来共創」を挙げる。「誰かがつくるのではなく、みんなで未来をつくっていこう。ポストSDGs時代は、人・物・金を奪い合うのではなく、資源を補い合ったりシェアし合ったりする時代で、『一人勝ち』はない。エリアに絞られず、地球規模で未来を共創していこう」とメッセージを送った。
笹谷氏は会場に向け、「経験豊富なパネリストから多様なインプットがあった。ぜひキーワードを持ち帰り、自らの活動の参考にしていただきたい。これからポストSDGsが始まる。これからやるんだ、という認識を持っていただくことも、このフォーラムの重要なテーマだ」と呼びかけ、ディスカッションを締めくくった。
清家 直子(せいけ・なおこ)