• 公開日:2021.10.22
先住民の知恵を生かしたメキシコの新駅 気候変動に適応した未来のための建築デザインとは
  • Scarlett Buckley

Image credit: AIDIASTUDIO

メキシコ・トゥルムで建設が予定されている新駅のデザインは、古代マヤ文明の知恵を生かし、これまでの建築物に対する既成概念に独自のアイディアを折り込みながら進化させ、異常気象が頻発する時代の中で、メキシコの都市の交通網を存続させるために必要なものとなっている。デザインを手掛けたアイディア・スタジオの創設者で建築家のローランド・ロドリゲス-レアル氏に話を聞いた。(翻訳=井上美羽)

トゥルムの異常気象は、世界中で起きている気候の変化と無縁ではない。世界の他の地域と同様に、ユカタン半島に位置する人気の観光地でも、気候変動の影響で台風やハリケーンが発生する回数が増えており、街の交通機関はすべてストップしてしまう。

カリブ海に面して建つマヤ文明の都市遺跡「トゥルム遺跡 」(SL_Photography)

しかし、長期的に考えると、異常気象時にすべての交通機関の運行を停止することは持続可能ではない。メキシコシティを拠点とする建築事務所アイディア・スタジオ(Aidia Studio)は、トゥルムの鉄道駅を未来に向けてアップグレードすることを発表した。気候の変化に耐えられるように設計された構造は、持続可能性とユーザーエクスペリエンス(ユーザー体験)を優先し、スペインが征服する以前の古代マヤ文明の要素を取り入れている。

スタジオの創設者であるローランド・ロドリゲス-レアル氏は、次のように語る。

「ハリケーンが発生すると、すべての交通機関が停止します。強いハリケーンの時には人々が避難できる物理的に安全なインフラを確保する必要があります。そのため私たちは、強風に耐えられるように駅を設計し、同時に環境への影響を最小限に抑えるような設計と運用を行う必要がありました」

気候変動に適応しうるレジリエントな建築デザインに関しては、より先進的なデザイナーの知恵が必要だ。一方で、メキシコの交通網を存続させるためには、アイディア・スタジオの土着的なデザイン要素もより重要で、現在の建築に進化的なひねりを加える必要がある。

「この駅は風通しの良い開放的な設計で、雨を避けるためのガラス張り構造は一部分に限られています」とロドリゲス-レアル氏は言う。「ホールやプラットフォームを通過する風や空気の流れをできるだけ多くすることを心掛けました」。

AIDIASTUDIO
AIDIASTUDIO

マヤ文明の伝統的な幾何学模様を彷彿とさせる空気力学的な形状は、機械的な換気を使用せず、自然の力で駅内の涼しさを保つ効果的な方法だ。屋根が風を吸い込み、メインホールに風を通すことで、自然な空気の通り道ができる。

空気力学的なデザインは、ハリケーンに対しても高い耐性を発揮する。「私たちのデザインは、ハリケーンの強風に対する抵抗が少ないため、駅へのダメージを最小限に抑えることができます」とロドリゲス-レアル氏は話す。

アイディア・スタジオは駅を改装することによって、トゥルムの伝統的な風景や環境にできるだけメスを入れたくないと考えた。駅の全長は200mだが、レストランやショップなどの施設がフロア間の中二階中央に集中しているため、上から見ると楕円形の特徴的な形をしている。

AIDIASTUDIO

ロドリゲス-レアル氏は、ユーザーエクスペリエンスもデザインを考える上で重要な要素の一つだったと言う。「私たちは利用者に焦点を当て、周囲の環境や自然の美しさを生かした直感的な体験を提供したいと考えました」。

天国のような魅力を持つトゥルムにちなんで、この駅は、古代マヤ文明の都市の要素を模倣し、利用者に感覚的な体験をもたらすことを目指している。

「ユカタン半島のメリダやバジャドリッドなど、スペイン人が征服する以前の都市や植民地時代の都市では、石灰岩を使ったり、親密さや陰影を出すために覆いや格子模様を使って光を操作したりと、何世紀にもわたり引き継がれてきた素晴らしい伝統技法があります」とロドリゲス-レアル氏は説明する。

AIDIASTUDIO

マヤ文明から受けたインスピレーションは、駅の美観や、光や影の操作、マヤの彫刻を模した屋根などの模様に表現されている。「光、影、素材、植生、テクスチャーを使って詩的な体験ができるように、駅の中でさまざまな旅を楽しめるような要素を散りばめました」。

「壁、床、天井の下塗りには、接着のつなぎとしてチュクムの木の樹脂を使用し、この樹脂を石灰岩の細かい砂と混ぜ合わせることで、防水性のある専用混合剤を作ります。また、再生可能な供給源から調達した熱帯材を使用することで、空間に暖かさと質感を加えています」

世界が気候変動に備えるためには、現在の建築や建物のデザインを適応させていくことが重要だ。ロドリゲス-レアル氏は、2022年1月に着工し、2023年末までに完成予定のトゥルム駅が、今後のインフラプロジェクトにおいて、持続可能な技術やパッシブデザイン戦略を採用する刺激剤となり、促進されることを期待していると語った。

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