「ビジネスと人権」リスク対応から持続的な企業成長の原動力へ
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昨今、著名人の性加害・個人への誹謗中傷に伴う企業CMの取りやめ、国連人権理事会の「ビジネスと人権部会」による声明 1、小売業・鉄道会社などのカスタマーハラスメント方針策定など、企業と人権との関わりが話題になることが多い。また、ビジネスと人権に関するマテリアリティ(重要課題)を掲げる企業も多い。海外拠点のある企業にとっては、2024年7月24日に発行された欧州連合のCSDDD(企業持続可能性デュー・ディリジェンス指令) 2も留意すべき動きである。
一方で、大半の従業員の意識は、「年1回のe-learning動画を倍速で見るだけ」「ハラスメントにならないように、部下や同僚への言動には一応気を付けている」という程度であるのが実態ではなかろうか。また、「同業他社に引けを取らない最低限の開示でお茶を濁したい」という認識の企業もまだまだ多く、サステナビリティ推進部、人事部、リスク・コンプライアンス部などでの管轄部門の押し付け合いも起こりやすい。
ビジネスと人権に対する取り組みを、単なるリスク対応ではなく、企業の成長に資する持続的かつ有効な取り組みにするためのポイントを3つ紹介する。(アビームコンサルティング・桑原ひとみ)
①ビジネスと人権に取り組む意義を整理する
②人権の侵害に関する正しい理解を現場に浸透させる
③サプライチェーンの人権対応を事業活動に組み込む
①ビジネスと人権に取り組む意義を整理する
ビジネスと人権に自社が取り組むうえでのゴールを設定することを推奨する。多くの企業がすでに作成されている「人権方針」に込めた意図を今一度整理することも有効である。
ビジネスと人権の取り組みが企業価値に与える影響を「価値関連図」(図1)で示した。人権対応を行うことは、人材の定着・採用力強化や安定的なサプライチェーンの構築といった、企業にとってポジティブなインパクトを生み出す取り組みであると言える。経営陣がこのことを意識したうえで意思決定を行い、経営資源を投入し、管轄部門にミッションを与えることが重要である。
なお、図1のような価値関連図や、取り組みとPBRとの関連性をDigital ESG Data Analytics 3などの手法を用いて定量評価して開示することは、取引先・株主などのステークホルダーへの訴求だけでなく、社内での取り組み意義の説明にも役立つ。
図 1:ビジネスと人権の取り組みが企業価値に与える影響
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②人権の侵害に関する正しい理解を現場に浸透させる
ビジネスと人権の定義は幅広く、法務省が「今企業に求められる『ビジネスと人権』への対応」4 では26の類型に分けられており、「テクノロジー・AIに関する人権問題」「消費者の安全と知る権利」「環境・気候変動による人権問題」なども企業による人権侵害と捉えられる。
ビジネスと人権における「人権侵害」とは、企業活動が原因での精神的・肉体的な苦痛である。加害者側がどう感じようと、侵害を受けた人が苦痛を感じたらそれは人権の「侵害」となることを、従業員に浸透させることが重要である。逆を言うと、人権侵害を許さないという企業としての強い意志は、従業員のエンゲージメントにも、ステークホルダーからの信頼度にも、良いインパクトをもたらす。
現場浸透の方法は先進企業の事例が参考となる。自らにとっての人権を考えるきっかけを作る研修を行う、各部門にチェンジエージェント(意識浸透の伝道師役)を設定する、既存の好事例を社内に横展開する、人権対応の事例集を配布する、といった地道な取り組みを複数実施できている企業が、結果として人権意識の醸成に成功している。
なお現場浸透には、社内アンケートを人権のみを対象に行うのではなく、リスク・コンプライアンスの意識調査などと組み合わせる、既存の労働安全衛生やハラスメント防止の資料を最大限活用するなど、一定の負担を減らす工夫も必要である。
③サプライチェーンの人権対応を事業活動に組み込む
「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」が2022年9月に政府から発行された5。人権に配慮されていない企業からの材料や製品を調達・流通・販売することも人権侵害への加担とみなされる。また、下請け・二次三次請けなどの協力会社が労働基準法違反をしていた場合、その責任は業務を発注している元受け会社にも降りかかってくる。
調達部門は、サプライヤー管理の高度化に向けた取り組みを企業の競争力強化につなげるため、従来のBCP・QCDだけでなく、ESG観点も含めた「BSQCD(BCP/Sustainability/QCD)」に基づき行動することが求められる6。例えば、調達先の企業が人権に配慮した行動を取っているかどうかは取引先アンケートでの重要な確認項目となる。また、取引先との契約条項に人権対応を盛り込むなども有効である。
サプライチェーンの人権対応が進むことは、自社のみならず、サプライチェーンで関わる企業のいずれにとっても企業価値に良い影響を与える。昨今は、サプライチェーンの人権リスクを検知し共有するサービスも数多く存在するため、上手に活用すると良い。
図 2:強靭なサプライチェーンのための情報戦略要素:BSQCD
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最後に:人権対応は誰のためのもの?
ビジネスと人権は、取り組みが不十分であること自体が企業の大きなリスクであり、企業価値の棄損(きそん)、ひいては企業の存続にも関わる。逆にサプライチェーンも含めてしっかり取り組むことが投資家からの評価や企業価値の向上に資する。ただ、ミクロの視点を忘れてはならない。
当社は、従業員の働きがい(ディーセント・ワーク7)を担保することこそが企業の「ビジネスと人権」における本質だと考えている。従業員には、特にカスタマーハラスメントを現場で受けやすいパートやアルバイト社員も含む。また、文化面・生活面での配慮が必要な外国人労働者に対する働きやすさや働きがいにもより注意深い配慮が必要である。人権対応を単なるリスク評価ではなく、適切に経営資源を投下し、一人でも多くの従業員が心身の被害を受けることなく「この会社で満足度高く働けている」状態を作るか。これが、遠回りに見えて最も有効で持続可能な人権対応であり、結果として企業価値の向上に資するものだと考える。
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1.日本:国連ビジネスと人権作業部会、訪日調査報告書にて独立した人権機関の設立や男女の格差是正などを含む勧告を公表 - Business & Human Rights Resource Centre (business-humanrights.org)
2.Corporate sustainability due diligence - European Commission (europa.eu)
3,統合型ESG経営を実現するDigital ESG Data Analytics | ソリューション | アビームコンサルティング (abeam.com)
4.法務省「今企業に求められる『ビジネスと人権』への対応」 (moj.go.jp)
5.日本政府は「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を策定しました (METI/経済産業省)
6.強靭でサステナブルな調達戦略策定支援サービス | ソリューション | アビームコンサルティング (abeam.com)
7. ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)について|厚生労働省 (mhlw.go.jp)
桑原ひとみ(くわばら・ひとみ)
アビームコンサルティング株式会社 企業価値向上戦略ユニット シニアマネージャー
20年以上にわたり、国内外企業のグループガバナンス・KPIマネジメント・業務効率化などのプロジェクトを推進。
サステナビリティ領域では、全社戦略とマテリアリティの融合、風土改革につながる人権デュー・ディリジェンスや、サプライチェーンも含めた人権課題解決の仕組み導入を中心に多数の企業を支援。