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蚊による感染症から未来のいのちを守る「GUARD OUR FUTURE」――花王が描く事業と社会課題解決の両立モデルとは

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サステナブル・ブランド ジャパン編集局

世界では年間約100万人が蚊の媒介する感染症でいのちを落としている。特に東南アジアでは、ネッタイシマカなどが媒介するデング熱の被害拡大が社会課題となっている。この社会課題解決に向けて、花王は蚊を肌にとまらせない新発想の商品を軸に、蚊から未来のいのちを守るグローバルプロジェクト「GUARD OUR FUTURE」を展開している。本プロジェクトが目指すのは、事業活動と社会課題を解決する活動の両輪を回す新たなモデルを構築し、花王のパーパスである「豊かな共生世界の実現」を達成することだと、同社ヘルス&ビューティケア事業部門の神谷 光俊・アジア事業推進部長は語る。

花王は「豊かな共生世界の実現」をパーパスとし、2019年に策定したESG戦略「Kirei Lifestyle Plan」とともに、「未来のいのちを守る~Sustainability as the only path」をビジョンに掲げた中期経営計画を推進している。

2022年にサステナブル・ブランド国際会議2022横浜に登壇した長谷部 佳宏社長は、“発展しながら循環する社会”を実現するための考え方を「ギア(歯車)」という概念を用いて説明。一見別物に見える社会課題の因果関係を見出し、また、先端技術などを活用して、「多くのパートナーが参加したくなる事業モデルを構築する。花王はそれらをつなぐギアとなり、複数の社会課題と事業モデルをリンクさせることで、ビジネスの発展と社会課題解決が自走して実現する“発展しながら循環する社会”を目指す」と宣言した。

花王が目指す 発展しながら循環する社会

花王がギアとなりうる新しい事業モデルのひとつが、「GUARD OUR FUTURE」プロジェクトだ。このプロジェクト名には、「未来のいのちを守る」という思いが込められているという。

蚊を媒介して感染するデング熱、世界の半分の人口・エリアにリスク

神谷 光俊・ヘルス&ビューティケア事業部門アジア事業推進部長

蚊は地球上で最も人のいのちを奪う生き物であり、ドイツのオンライン プラットフォームStatistaの2022年データによると、年間100万人が蚊の媒介する感染症によって亡くなっている。その被害の大半はアフリカだが、タイやインドネシアなどの東南アジアでも人々は日常的に蚊に刺されており、蚊を媒介とするデング熱などの感染リスクにさらされている。感染者の多くは子どもたちだ。

デング熱のウイルスに感染している人を蚊が刺すと、まずその蚊が感染する。蚊自体はウイルスによって大きな影響は受けないが、ウイルスを持った蚊が他の人を刺すことで、人に感染させてしまうのだ。

デング熱を媒介する蚊は寒さに弱いが、温暖化の影響もあり生息域が広がりつつある。また道路に捨てられたごみに溜まるような少量の汚い水でも繁殖できるため、急速に経済が発展して都市化が進む地域で感染拡大が懸念されている。2018年の時点で、世界保健機関(WHO)とユニセフの調査結果では、将来的に128カ国39億人という、地球の人口の約半数のエリアでデング熱の感染リスクがあるとしている。

蚊よけ商品を発売したから感染症が減るわけではない

花王のスキンケアブランド「ビオレ」は、“肌は人と社会をつなぐインターフェイス”という考えから、肌を守ることでさまざまな環境ストレスに対応する商品をラインアップしている。「ビオレガード モスブロックセラム」は、肌表面を蚊が嫌がる状態に整えることで蚊が刺す前に飛び去るという、新発想の忌避技術を応用した蚊よけ商品だ。蚊を殺すのではなく、肌を守ることで蚊による感染症被害を削減することを目指す。「未来のいのちを守る」をビジョンに掲げる同社にとって、社会課題解決をパーパスに据えた象徴的な商品といえる。

Bioré GUARD Mos Block Serum(ビオレガード モスブロックセラム)

蚊から未来のいのちを守るプロジェクトは、2022年の2月に、約2000万円分の「ビオレガード モスブロックセラム」をタイの保健省に寄付することからスタート。その後、2022年6月にはタイで同商品の販売を開始した。だが神谷部長は、「ビオレガード モスブロックセラムを販売したからデング熱が減るわけではない。やはり生活者が自分で守る(蚊に刺されないようにする)という意識がないと感染は防げないので、生活者の意識を変える必要がある」と強調する。

現在広く使われている蚊よけ剤は、蚊が嫌がる匂いがついていたり、DEET(ディート)という揮発性の忌避成分が使われたりしている。そうした成分は匂いや感触など使い心地がよくない場合もあり、タイの生活者、特に子どもたちには日常的に蚊よけ剤を使う習慣がない。デング熱感染を防ぐには、蚊に刺されないように蚊から身を守る大切さを伝え続ける必要がある。そこで、ASEANからデング熱をなくすことを目指して制定された6月15日の「ASEANデングデー」に合わせて、花王はタイで、2021年からタイ保健省と、2022年からは現地の武田薬品工業(タイ武田)も加わって啓発イベントを開催している。

学校での特別授業(2022年9月 Phyathai School・バンコク)

プロジェクトで重点的に取り組んでいるのは、「コミュニティ活動」「次世代への啓発」「デング熱予報」の3つだ。コミュニティ活動では、花王の工場があるエリアの工業団地組合などと連携し、地域住民とともに、蚊が卵を産み付ける水たまりや、水たまりができそうな放置されたごみを撤去するなどの活動を進める。

次世代の啓発としては、タイ武田や現地流通業などと連携し、学校に出向いて、デング熱について教えたり、子どもたちと一緒に学校内の蚊がいそうな場所を探したりする授業を実施。さらに、情報によってデング熱からいのちを守る「デング熱予報」にもチャレンジしている。タイの科学技術庁の傘下であるNECTEC社が運営するアプリ「RooTan」に、デング熱情報を充実させるべく開発を進めている。どの地域にどのくらいデング熱の患者が出ているかが、リアルタイムで地図上に色分けして示され、今後はその地域でどのぐらい感染が増えるか、予測する機能も加えていく予定だ。

タイ花王の社員に「未来のいのちを守る」を浸透させる

「GUARD OUR FUTURE」プロジェクトが、こうした官民学の取り組みに広がっていったのは、タイ現地の社員の理解と行動があったからこそである。

神谷部長は、2021年からマーケティングの責任者としてタイに駐在しており、このプロジェクトを立ち上げ、推進した立役者だ。新しい発想の蚊よけ商品「ビオレガード モスブロックセラム」を世界で初めて発売するにあたり、単に広告して販売するという従来の方法は取らなかったという。当時も今も、タイの事業の中心は、洗剤、衛生用品とホームケア用品であり、現地の社員は「洗剤をどう売るか?」に意識が向いていた。

「日本ならば、サステナブルな価値のある事業に対して理解を得やすいが、日本国外の花王は企業としても、ブランドとしても規模が小さく、伝わらないこともあった」と神谷部長はいう。しかも取り組み当初はコロナ禍であり、リモート勤務でのコミュニケーションにも苦労があった。だが、花王グループとして「未来のいのちを守る」というビジョンを実現するための事業であることを伝え、取り組みを進めることの社会的意義や神谷部長自身の「GUARD OUR FUTURE」プロジェクトの思いも丁寧に伝えていった。

「未来のいのちを守る」という中期経営計画のビジョンは、長谷部社長が2020年12月の社長就任時に打ち出した言葉である。「本社の社長が『未来のいのちを守る』企業になると言っている。それを一番手に叶えられる可能性がある事業なので、それをやるだけ。自分としては、必ず生活者の役に立てるという気持ちをモチベーションに、心を決めて推進した」と神谷部長は当時を振り返った。

その熱意が伝わり、現地の社員がタイ保健省の医師たちにアプローチし、花王の蚊の忌避技術を説明。保健省のキーパーソンが花王の考え方や技術などに共感・評価してくれたことで、協働につながっていった。

タイでは、保健省やマヒドール大学と取り組みを進めていることが、さまざまな企業の信頼・共感につながっている。ある企業はタイ工場の従業員用と、周りの小学校に寄付するために商品を購入してくれたという。「タイの日本大使館も、日本の技術でASEANの社会課題を解決することに共感し、いろんなところでサポートしてくださった。多くの方に共感していただき活動の輪が広がっている」という。「GUARD OUR FUTURE」プロジェクトの活動はタイからスタートしているが、ASEANを中心に被害が深刻な他国にも活動を広げる計画がある。

取り組みの原資を生み出す、事業と社会課題解決の両立モデルに

神谷部長は、日常的に使いやすい蚊よけ剤「ビオレガード モスブロックセラム」を広く使っていただくことで、デング熱被害が深刻でありながら、有効な打ち手を持てないエリアを支援する原資にしていく、“サステナビリティの自走モデル”を構築したいと考えている。「サステナビリティへの取り組みは、本業が上手くいかないと規模が小さくなったり、途中でやめざるを得なくなったりすることも少なくない。途中で取り組みを止めないためにも、きちんと自走できる仕組みが必要だ」という。

活動に取り組み、2年。現在地は「1合目ぐらい」だという。まだ、タイでしか展開できておらず、デング熱に感染する人が減ることや生活者の行動意識が変わるレベルには至っていないからだ。神谷部長は、「自分たちが守れたはずの人は、もっといたのではないかという気持ちがある。もっと売り上げを伸ばして、早くサステナブル活動の原資を得たい」とまだまだ取り組みに満足はしていない。

また神谷部長個人の課題は、後進の育成だという。「小さな取り組みから始まったので、残念ながら、このプロジェクトについて語れる人が少ない。社内で後進を育てなければ」と話す。さらに、「ビオレガード モスブロックセラム」の売り上げばかりに気を取られてしまうと、本質から外れていってしまう。「経営がコミットしてくれている事業であり、常に生活者の役に立っているかの確認を怠らずに続けたい」と力を込める。

目下の目標は、アジアの国々にできるだけ早く展開していくことだ。「ともに取り組む武田薬品工業様とは、日本企業の技術で、さらに取り組みを進めていこうと話している。この縁を大切にしながら、展開を広めていきたい」と神谷部長は意気込みを語る。

同時に、日本で「GUARD OUR FUTURE」プロジェクトを知ってもらうことも重要だ。「現時点で、日本での商品発売の予定はないが、日本の生活者にもこの活動を知ってもらうことが、『蚊から未来のいのちを守る』という目標を達成するサポートになる」と神谷部長は考えている。「この活動を伝えると、自分も何かやれることないかと言ってくれる人が多い。この輪を世界中に広げていきたい」

こうしたプロジェクトの輪が広がっていく仕組み、それこそが長谷部社長が目指す「発展しながら循環する社会」の姿である。