「リジェネレーション」に目覚めたリーダーシップ
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サステナブルブランド(SB)国際会議の新しいテーマは、「WE ARE REGENERATION」です。
6月に開催されたSB国際会議のバーチャルサミットでは、早速この「リジェネレーション:再生」というコンセプトを切り口に、持続可能性というステージから、どう私たちが「新たに再生、繁栄していく力」を創りあげていくか? アフターコロナの時代に向けて新たな発信が始まりました。
このグローバルの動きに合わせて、前回は、「サステナビリティからリジェネレーションへ」をテーマに、「リジェネレーション:再生」の定義や背景についてお話させていただきました。私たちのコミュニティや生態系に、なるべく害を与えない(Less Bad)という考え方だけでは、もはや限界にきていること。私たちは、サステナビリティ(持続可能性)を超えて、地球システムに対してよりポジティブで、より再生的な影響を与えていくこと(More Good) をもっと創り上げいく必要性についてお話をさせていただきました。
前回コラム⇒サステナビリティから「リジェネレーション」の時代へ
今回はさらにそこから内容を深め、私たちの意識の変化がどのように「地球システム全体のリジェネレーション:再生」につながっていくのか? 意識の変化から創り出す未来の可能性について、また皆さんと一緒に考えていきたいと思います。
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私たちに必要な2つの意識変化のチャレンジ
アメリカ先住民のナバホ族に伝えられていることわざで、「You can’t wake a person who’s pretending to be asleep. 〜寝たふりをしている人を目覚めさせることはできない〜」というものがあります。「リジェネレーション:再生」の文脈に当てはめてみると、どんなに持続可能性や再生可能性に向けた経済システムやビジネスモデルの変化が囁かれていても、なかなかその声に耳を貸すことができない人も多く、その人たちに対して無理やり変化を促すことはなかなか難しい、ということになるでしょう。では、なぜ多くの人は「寝たふり」をしてしまうのでしょうか? それは、誰にでもある信念や価値観が大きく関係してきます。
私たちは今、これまでの消費型の経済社会から、持続可能(サステナブル)な社会を超え、より再生的・繁栄的(リジェネレティブ)な社会の必要性に目覚め、選択して進んでいく岐路に立っています。COVID-19の影響も大きく、これまでのあたりまえの価値観から、新たな生き方や働き方の価値観に気がつき、昔の状態に戻るのではなく、ここから新しい社会を創っていきたいというこれまでにない機運の高まりも感じます。
しかしながら、変化・変革を生み出すには多くの障壁が待ち構えているものです。多くの人たちは、障壁は外的な要因から立ちはだかるものと捉えがちですが、実は多くの障壁は、私たち自身の意識の中にあるものです。「リジェネレーション:再生」に向けた社会システム全体の変化、まさに「システミックチェンジ」を生み出す上で重要なのは、自分たちの内面にある意識状態(信念、価値観、思い込みなど)に気がつき、意識の成長と変化から、振る舞いを変えていくことだと考えます。では、私たちの内面にある、どんな意識状態が変化を妨げ、超えるべきチャレンジ(挑戦)なのでしょうか?
一つ目の意識に向けた変化のチャレンジ(挑戦)は、「Perceptual Challenge: 認知へのチャレンジ」です。私たちの振る舞いや行動は、私たちが認知するものの見方で全てが決まるといっても過言ではありません。私たちの意識が創り出している景色が、「現実」だと認識し、そこに何の疑いも持たず、その世界観に従って行動していくものです。
だからこそ、自分が見ているレンズに「より自覚的になる」ことで行動を変えていくことが重要なのです。例えば自然環境に対する認知の違いについて考えてみましょう。
このチャートは、私がサステナビリティ・リーダーシップ学を大学院で学び始めたときに、最初の授業の中で扱われたものを、私なりに整理し直したものです。私たちが見ている世界観を大きく2つに分類しています。認知のパターンAは、旧来の消費型経済モデルの世界観です。経済社会が大きな中心であり、環境問題といった社会課題は、企業・組織活動の一部としてみなしている認知です。一方、認知のパターンBは、エコロジカル・エコノミクスに代表される自然環境や資源を一つの自然資本(Natural Capital)とみなし、企業・組織活動はその一部に過ぎないという世界観です。
パターンAの認知のままでは、自然資本は全体の一部として扱われます。環境問題に対する課題は、自組織の文脈における単なるエコ活動、社会貢献、経費削減レベルで終わってしまう可能性が高いです。「地球を守ろう」という意識も、ある意味少しやっかいな思い込みで、自然資本と経済社会が分断され対立構造を生み出してしまう可能性もあります。パターンBのように、自然資本は私たち全体であり、あらゆる経済活動、生きていく上で欠かせない資本であり、私たちが生かされている大いなる存在として認知することができるか――これこそが大きな認知のチャレンジ(挑戦)なのです。
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改めてここで大切にしたいのは、どちらかが正しくて、どちらかが間違っているという議論ではなく、「現実」というものは、所詮、私たちが見ている景色によって定義されてしまうということ。まず私たち自身がどんな認知のパターンを持っているかに自覚的になっていくことの重要性です。「リジェネレーション:再生」に向けて、私たちの経済活動と地球環境への影響を再設計するには、これまでの私たちの物事に対する認知の欠陥に気がつき、認知の幅を少しでも広げていくこと。私たち自身の意識の成長こそが、「リジェネレーション:再生」の原動力となるのです。
二つ目の意識のチャレンジ(挑戦)は、「Decision-Making Challenge 意思決定のチャレンジ」です。これはサステナビリティを米国で学んでいたときの恩師からの言葉ですが、「気候変動といった社会課題はとても複雑で何から手をつけていいのかがわからないし、途方にくれてしまうこともある。しかし、サステナビリティに向けた変革はサイエンスではない。やるか? やらないか? の意思決定のチャレンジに過ぎない」というものでした。私はこの言葉から未来の可能性を感じたのを強く覚えています。もちろん、サイエンスの領域で解決していくことは重要な役割ですし、そこを担っていただいている方々への敬意を持ち続けています。
その上で、私たちに必要な大きな意識のチャレンジは、リジェネレティブな社会に向けて、大きく舵を切ると「覚悟を決めること」なのです。気候変動や温暖化は嘘であるという考えや、経済優先で進めていくべきだ、という考えを持っている人がいるのも事実です。企業の文脈でも、本当に投資対効果があるのか? SDGsとの繋がりをどうアピールするか? 他の企業はどうしているのか? といった疑念や不安の声をよく耳にします。
ただその多くが、「やり方」に固執して動きが鈍くなり、「既にやっている」と主張するところだけに留まり、自己(自社)肯定感を満たす事や他社との比較ばかりで、二の足を踏んでいる印象です。そうした振る舞いは、意思決定への恐れ、変化への恐れが生み出している一つのシグナルに過ぎないかもしれません。
だからこそ、本気で私たちが、地球システムの「リジェネレーション:再生」を実現するための覚悟を決め、「まずやるんだ!やっていこう!」と意思決定すること。人類にとって最優先される大切なことに対して、自社の存在意義や価値を再定義していくこと。まさに意思決定のリーダーシップが問われているのです。
「リジェネレーション:再生」 に目覚めたリーダーたち
1973年創業のカーペット会社、米インターフェース社。20年以上前から、「リジェネレーション:再生」型のビジネスを展開し、タイルカーペットのシェアは世界No.1を誇る企業です。創業者のレイ・アンダーソン氏は、かつての自分は、自然資本から「採る、作る、捨てる」という産業システムを構築し、自らを生態系衰退の犯人、地球から見た「略奪者」だったと語っています。
しかし、環境活動家であるポール・ホーケン氏の著書を読んだことをきっかけに、自社の経営方針を大きく変えることを決断しました。大量の化石燃料に頼っている自社のカーペットの製造、生産システムにおいて、地球からいただく資源は、できるだけ自然に短期間に再生できるものだけに絞り、生態系に害を与えず再生していくことにコミットしたのです。
1994年に掲げた「ミッション・ゼロ」は、2020年までに環境負荷ゼロを実現するという野心的な目標ではありましたが、レイ・アンダーソン氏のリーダーシップの元、2019年にはその目標を達成。現在も新たなステージに向けて、Climate Take Backというイニシアティブの元、再生と繁栄を遂げている企業です。
ミッション・ゼロのプロセスの中では、自然の叡智からイノベーションを生み出す「バイオミミクリー 」のアプローチが商品開発プロセスで多く採用され、自然の落ち葉からインスパイアされたカーペットのデザインや、ヤモリの足からヒントを得た新しいインストール方法、それに伴う廃棄物の削減や健康に配慮した接着剤の開発など、イノベーティブな新商品も生まれ利益に貢献することになりました。レイ・アンダーソン氏の意思決定が産業界にもたらしたインパクトは非常に大きく、持続可能性、再生可能性にコミットすることと、経済的な価値の両立を生み出すこと、私たちの経済活動が自然資本の中で循環し続ける可能性を見出してくれたと思います。
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バイオミミクリー 3.8 (Biomimicry3.8) とバイオミミクリー 研究所(Biomimicry Institute)の創設者の一人ジャニーン・ベニュス氏は、38億年にもわたる自然の叡智から学び、イノベーションを生み出す「バイオミミクリー」という新しい考え方を創り出したリジェネレティブ・リーダーの一人です。
人間の世界観がオーガニックからメカニックなものに変化してしまった今だからこそ、「自然を学ぶのではなく、自然から学ぶ」という意識のシフトと、具体的なイノベーションアプローチを考案し、再生型の素材、デザイン、プロセス、システムへと貢献をしています。上記の インターフェース社におけるイノベーションにおいても、彼女のチームが大きく貢献しています。
彼女のリーダーシップは、単なる商品デザイン、エンジニアの世界での影響力ではなく、自然と資本主義経済の橋渡しをするような役割を担っています。学問としては、まだ生まれて間もない領域ですが、過去のSB国際会議(デトロイト、バンクーバー)では、バイオミミクリーのセッションはいつも大賑わいでしたし、先日オンラインで開催されたSB2020リーダーシップ・サミットにおいても、ジャニーンが登壇し「リジェネレーション:再生」の時代には欠かせない大切な在り方を私たちに発信しておりました。
次回以降、この領域に特化して話をもう少し進めていきたいです。
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リジェネレティブ・リーダーにある心理的土台
最近、興味深く読んだ本があります。「A New Psychology for Sustainability Leadership」という題名で、偶然手に取ったところ著者の一人が、ビジネススクール時代のマーケティングの恩師だったというご縁のある本です。サステナビリティをリーダーシップと心理学の観点で書かれた非常に珍しい内容で共感することばかりでした。
これまで多くのサステナビリティに関する書籍が出ている中、「リジェネレーション:再生」や「サステナビリティ」への変革に向けた心理的なモチベーションに関することはあまり言及されてきませんでした。なぜ多くのリジェネレティブなリーダーが強いモチベーションを持って変革を生み出していけるのか? 私たちはその要素を心理的な観点からもっと探求していくべき、という切り口で書かれています。
中でも印象的だったのは、「生態学的な世界観:Ecological Worldviews」を持ったリーダーは、どんな障壁に対しても自然界との相互依存関係を認識しながら、深いコミットメントを持って強く押し進めることができる、というリサーチの内容でした。
著者のDr. Steve Scheinは130人以上のCEOやサステナビリティオフィサーなどにインタビューをし、彼らの深層心理がどう持続可能性、再生可能性へのイニシアティブにつながっているかも調査しています。すると、ほとんどの企業のリジェネレティブ・リーダーたちは、大きく3種類の原体験がリーダーシップの源泉となっており、それらが彼らの生態学的な世界観につながっていることが判明しました。
1つ目が、「家族の影響や幼少期に自然と触れ合う経験」。2つ目が、「環境に関する教育を、印象ある先生やメンターから学んだ経験」。そして3つ目が、「貧困や環境破壊の現場を生で見た経験」です。つまり、私たちはリーダーシップのコンピテンシーとして、スキルや知識が重要だと考えがちですが、「リジェネレーション:再生」の時代に必要なリーダーシップには、これまでとは違う世界観や深層心理が深く影響していることがわかります。
その上で、これからの時代に必要なコンピテンシーとして、複雑性の高い世の中をシステムとして捉えるシステム思考、タイバーシティ&インクルージョンへの受容力、システムコーチング®︎に代表されるような、関係性システムにある見えない感情やエネルギーに気がつき扱っていく力(システムアウェアネス)、長期的なスパンでビジョンと戦略を構築できる視野、更に物語(ストーリーテリング)で共感や共鳴を生み出す力などが挙げられます。
このように「生態系に対する世界観」と「これからの時代のリーダーシップ能力」の二つが重なり合うことで、意識が目覚め、覚悟が生まれる。そこから、「リジェネレーション:再生」に向けたイニシアティブが実現していくのではないでしょうか?
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今回はリーダーシップの文脈で「リジェネレーション:再生」を紐解いてみました。知識やスキルとは違うマインドに敢えてフォーカスしてみました。言語化しにくい領域ではありましたが、「リジェネレーション:再生」が表面的なブーム、形だけのウォッシングにならないよう、今後も本質的な意識の領域も扱いながら、皆さんと一緒に考えていきたいと思います。