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企業と生物多様性を取り巻く状況は大きく変化している――ビジネス視点からのCOP16現地レポート

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足立 直樹

世界中から2万3000人が参加し、関心の高まりをうかがわせた生物多様性条約のCOP16。会期中、事務局が主催したビジネスフォーラムは、大きな本会議場がほぼ満席になるほどの盛況だった(コロンビア・カリ、提供写真以外は筆者撮影)

少し時間が経ってしまいましたが、10月にコロンビアのカリで生物多様性条約のCOP16(第16回締約国会議)が開催されました。その成果については、SBジャパンでも既報の通りです。大きな前進が見られず期待外れだったと落胆する環境NGOの声も聞かれます。実際、本会議で合意された内容について言えばその通りなのですが、一方、ビジネスの視点から見ると、ネイチャーポジティブがリアルな目標となってきたことを実感するCOPでした。そうした様子を、実際に現地で参加して見た目からご紹介します。

世界中から2万3000人、ビジネスと金融セクターからは3000人が参加

現在アゼルバイジャンで開催されている気候変動枠組条約のCOPとは異なり、生物多様性条約のCOPは2年に1度の開催です。前回はまだコロナの影響が残る中、2022年12月にカナダのモントリオールで開催されました。約1万5000人の申し込みがあったものの、実際の参加者は1万人弱だったとのことです。それに比べて今回は世界中から2万3000人もが参加し、この問題に大きな注目が集まっていることが伝わってきました。しかもビジネスと金融セクターからの参加はCOP15で約1000人となって話題になったのですが、今回はそれよりさらに増え、3000人と言われています。日本からも経団連が50人近いデリゲート(代表団)を派遣しています。私は事務局長を務める「企業と生物多様性イニシアティブ」(JBIB)のデリゲートとして参加しましたが、こうしたいくつかのビジネス団体からの参加をすべて足すと、日本からは100人近いビジネス関係者が参加したものと思われます。この数字からだけでも、確実に関心が高まっていることが分かるでしょう。

もちろん締約国会議(COP)という名前が示す通り、本会議は条約に参加している各国の代表団が議論し、合意を形成する場です。多くのメディアで報道されているのは、この国同士の交渉で合意できたものが少なかった、ということです。COPの決議は全加盟国の合意を得ることが条件であるため、新たなことを決定するのは決して簡単ではないのです。

ビジネス関係者らによるサイドイベントが世界の最新の動き知る重要な場に

ブルーゾーン(公式会場)に入るには、事前に登録を済ませてから入口(白い三角屋根の仮説テント)を通ってセキュリティチェックを受ける必要がある

一方、そうした代表団による議論とは別に、NGOや、最近ではビジネス関係者がオブザーバーとして多数参加します。こうしたオブザーバーは議論の様子を見守ることもしていますが、それ以上にサイドイベントと呼ばれる非公式の発表や会合を多数行います。そしてそこで行われる発表や情報交換が、世界への発信の場として、また世界の最新の動きを知るために、非常に重要な機会となるのです。本会議の決議が重要であることはもちろんですが、ビジネスの立場からすると、近年ではこのサイドイベントの方がより注目されていると言っても間違いではないでしょう。

サイドイベントの会場は、公式会場(ブルーゾーン)の中では限られるので、その外(グリーンゾーン)で独自に場所を確保し、開催される場合も多くあります。今回はグリーンゾーンにおけるイベントが特に盛んで、しかも両ゾーンがかなり離れていて移動に時間を要したため、今日は何に参加すべきか、私も連日頭を悩ませたほどです。

例えば自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)は、街の中心にあるホテルの大きなホールを貸し切り、数日間にわたって連日朝から晩まで多くのイベントを開催していました。TNFDのプログラムやガイダンスの策定に関わる方々から直接最新の話を聞けるとあり、いずれも多くの参加者を集めていました。具体的には、TNFDにしたがって情報開示をすると宣言したアダプターが世界全体で500社を超えたことや、こうした情報開示のために必要な生物多様性に関するデータの整備やアクセス向上に関するディスカッションペーパー、また、移行計画についてのガイダンスのドラフトなどが発表されました。さらに、これらに関連してさまざまな視点から、専門的な議論が行われたのです。ちなみに、この一連の発表とは別の場所で行われたのですが、日本政府がTNFDに対して直接間接的なもの合わせて50万ドルの資金提供をすることもCOP16の期間中に発表されています。日本企業がTNFDに関心が高いのは読者の方々もご存知かと思いますが、さらに政府がこれを後押しすることになったことは、今後の動きを考える上で注目されます。

他にも、COP15でネイチャーポジティブの概念を提案した国際NGOなどのグループは、昨年ネイチャーポジティブ・イニシアティブという新たな組織を立ち上げているのですが、こちらはブルーゾーンの中にネイチャーポジティブ・パビリオンという特設会場を確保し、ネイチャーポジティブの定義や指標に関する議論を盛んに行い、注目を集めていました。こちらにはNGOだけでなく、WBCSDやBusiness for Natureなどのビジネス団体、そしてビジネスと関係が深いCapital Coalitions、GRI、PRI、Race to Zero、SBTN、TNFDなども参加しており、今後大きな流れを作る核になる可能性が高く、その動きに注目する必要があるでしょう。

COP16会場内(ブルーゾーン)に作られたモニュメントの「生物多様性ジェンガ」。いくつかの重要な生態系が破壊されたり、取り除かれ、ジェンガのバランスが崩れていることを象徴している

ネイチャーポジティブは観念ではない――日本企業は直接GBFを意識した行動を

日本ではまだネイチャーポジティブは観念的にしか受け止められていないように思うことがあるのですが、COP16に参加すると、これがリアルな目標であることを強く感じます。例えば、生物多様性に関する目標である「昆明モントリオール生物多様性世界枠組(GBF)」はCOP15で世界が合意したものですが、それではその具体的な中身は日本でどのぐらい知られ、また取り組まれているでしょうか? 今回しばしば聞いたのは、GBFを達成するためには、それにきちんと紐づいた生物多様性国家戦略と行動計画(NBSAP)が重要であり、各国政府はそれに基づいて目標のための政策を進めること、また企業もそれをサポートする必要があるという認識です。

日本はNBSAPこそGBFに合わせて早々と改訂しているのですが、具体的な政策として国内で順調に進んでいるのは日本版OECMと言うべき「自然共生サイト」ぐらいではないかと思います。もちろんこれはこれで良いことではあるのですが、ネイチャーポジティブ実現のためのアプローチの一つでしかなく、これだけではネイチャーポジティブの実現には至らないのは明らかです。企業もNBSAPを、あるいは直接GBFを意識した行動が求められるところです。

そのため、海外では生物多様性クレジットやランドスケープアプローチ、あるいは生物多様性に有害な補助金の改革などについての議論が盛んに行われているのですが、日本国内ではこうしたアプローチはまだ知らない方がほとんどでしょう。また、COP16の数少ない成果の一つとして、先住民と地域コミュニティー(IPLC)が積極的に関与するための補助機関の設立に関する合意がありますが、IPLCの役割を重視している日本企業はほとんどないでしょうし、そもそもなぜIPLCがここまで注目されるかも理解できないのではないでしょうか。そう考えると、まずはもう一度GBFや日本の生物多様性国家戦略をしっかりと読み、理解するところから始めた方がいいのかもしれません。

日本から参加した、企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB)は、JBIBネイチャーポジティブ宣言とJBIBチャレンジ2030を発表(写真提供:PwCコンサルティング 服部徹氏)

ちなみにJBIBでは、COP16でサイドイベントを開催し、その中で企業としてネイチャーポジティブをどう実現しようと考えているのか、「JBIBネイチャーポジティブ宣言」を発表し、重視する6つのアプローチを紹介しました。また同時に、さらにこれを日々の事業活動の中に落とし込み、進捗を確認するための「JBIBチャレンジ2030」も発表しました。内容は公開され、JBIB会員企業以外でもご活用いただけますので、これを参考に取り組みを進めていただくのも一つの方法かと思います。

もちろんビジネスセクターだけが独自にこうしたサイドイベントを開催しているわけではありません。今回は本会議がお休みの週末を利用して、生物多様性条約の事務局が主催するビジネス&生物多様性フォーラムと、金融と生物多様性デーも1日ずつ開催されています。特にビジネスフォーラムの方は、500人以上収容できるであろう本会議場の1つがほぼ満員になるほどの盛況でした。コロンビアの大臣や各国、各セクターの代表が登壇し、いかにビジネスの貢献が重要であるかをそれぞれの立場から述べ、議論が行われました。正直なところ、やや抽象的な“あるべき論”が中心ではあったのですが、生物多様性を考えないことはあり得ないという点で全員が一致していました。

万雷の拍手が送られたポール・ポールマン氏の基調講演

そして私の一番印象に残ったのは、ユニリーバの前CEOであるポール・ポールマン氏が行った基調講演です。彼は同社の原材料調達を生物多様性や人権を重視したものに変えたリーダーとして有名ですが、この十数年の間にそうした先進的な企業によって多くの努力が積み重ねられたにもかかわらず、生物多様性がいかに危機的であるかを30分間にわたって熱く語り、満場の拍手を受けていました。多くのビジネス関係者、特にビジネスリーダーにぜひ聞いて欲しかったスピーチです。

こうしたことから分かるように、ネイチャーポジティブを掲げた生物多様性世界枠組を世界は本気で実現しようとしているのです。今回、本会議で資金提供や進捗を確認する指標について合意できなかったのは残念なことですが、目的を見失っているわけでは決してありません。むしろ、ネイチャーポジティブという目標達成のために国家戦略を改訂し、それに基づいて具体的な行動を起こそうと皆が必死なのです。もちろんその中には企業も含まれますし、企業が国家戦略をより積極的なものにしようと働きかけている場合すらあるのです。

企業の動きをAIや環境DNAなど新しい技術が後押し

そして今回もう1つ印象に残ったのは、そうした企業の動きを新しい技術が後押しし始めたことです。自社のインパクトを分析する上で必要になる大量の生物多様性関連データ、取り組みの進捗を確認するために必要なモニタリング技術。いずれも複雑かつ高度で、これまでは入手が困難だったり、非常に手間がかかりました。しかしこうしたデータも、AIや環境DNA、ドローンとリモートセンシングの融合など、新たなテクノロジーを駆使することで、以前にくらべて圧倒的に入手が容易になっています。そして、そうしたデータを提供するスタートアップ企業が急発展しています。

つまり、企業と生物多様性を取り巻く状況は大きく変わっているのです。ビジネス関係者の意識も、それをサポートする仕組みや技術も急速に進化しています。ネイチャーポジティブやそれにつながる生態系の再生は、もはや抽象的な観念ではなく、具体的でリアルなテーマになったと言っていいでしょう。日本にいるとそうした現実が実感として感じにくいかもしれませんが、この記事を通して少しでもそれを感じ取っていただければ嬉しく思います。

最後に、あるビジネス関係のサイドイベントの登壇者による発言で、今でも心に残る一言を紹介したいと思います――「生物多様性を破壊することは、ビジネスを破壊することだ」。日本企業はこれにどう応えていくのでしょうか?

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足立直樹
足立 直樹 (あだち・なおき)

サステナブル・ブランド ジャパン サステナビリティ・プロデューサー
株式会社レスポンスアビリティ 代表取締役 / サステナブルビジネス・プロデューサー

東京大学理学部、同大学院で生態学を専攻、博士(理学)。国立環境研究所とマレーシア森林研究所(FRIM)で熱帯林の研究に従事した後、コンサルタントとして独立。株式会社レスポンスアビリティ代表取締役、一般社団法人 企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB) 理事・事務局長。CSR調達を中心に、社会と会社を持続可能にするサステナビリティ経営を指導。さらにはそれをブランディングに結びつける総合的なコンサルティングを数多くの企業に対して行っている。環境省をはじめとする省庁の検討委員等も多数歴任。