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「テクノロジー×デザインで人間の未来を変える学校」――15歳の可能性引き出す、徳島・神山まるごと高専の挑戦〈上〉

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緑に囲まれた、徳島の里山にある「神山まるごと高専」のHOME棟。旧神山中学校の校舎をリノベーションしてつくられた(筆者撮影)

感性豊かな15歳からの5年間に、地方で寮生活を送りながら、思う存分、自分の好きな学びを追求してもらおうという発想で生まれた学び舎がある。過疎の町から地域再生の取り組みを発信する徳島県神山町で、2023年4月に開校した「神山まるごと高専」だ。ここから社会を動かす人材“モノをつくる力で、コトを起こす人”を育て、徳島の田舎をシリコンバレーのような町に、という学校設立者らの思いに応え、ソニーやソフトバンクなど大手企業が奨学金の基金に寄付・拠出をし、学費の実質無償化を実現していることでも注目される。これまでの学校のイメージを打ち破る、令和の新しい高専で、どんな挑戦が始まっているのか――。2年目の夏を迎えた学校を訪ねた。(廣末智子)

神山町は、徳島市内から車で1時間弱、山々の緑に囲まれ、清流の流れる里山だ。人口は4706人(2024年8月31日現在)、高齢化率は50%を超えるが、ITスタートアップの地方拠点としてサテライトオフィスが集まるなど、地域の価値を創造する取り組みが進む。1999年から毎年、国内外のアーティストが約3カ月間にわたって町に滞在し、自然を生かしたアート作品を制作するプログラムが継続する、多様な文化の息づく町でもある。

キラキラと輝く清流、鮎食川(筆者撮影)

「神山まるごと高専」は旧神山中学校の、4階建ての校舎をリノベーションしてHOME(ホーム)と呼ばれる寮に、さらにそこから歩いて約3分のところにある、清流、鮎喰川を挟んだ向かい側に、OFFICE(オフィス)と呼ばれる、地元の神山杉をふんだんに用いた木造平屋建ての校舎を新築し、スタートした。

今回の取材では、夏休み直前の学校内を事務局長の松坂孝紀さんに案内してもらうことができた。まずはHOMEから、学生のプライベート空間である寮内以外の、かつては神山中学校だった空間が、神山まるごと高専らしい形で活用されているのを紹介する。

社会に受け入れられる魅力あるモノを形に

1年生が「基礎表現」の授業で作った木工作品たち。角度を変えることによって、2つ以上の形が見えてくる。松坂さんが、鳥の形をした作品などを手に取って解説してくれた(筆者撮影)

ちょうど美術室では、1年生が「基礎表現」のカリキュラムで作った木工作品が、そのまま、机に展示されていた。アートとグラフィックデザインの両方の要素を取り入れた授業で、作品のお題は「角 度を変えることによって2つ以上の形が見える立体」だ。どの作品も個性的で、デザイン性が高く、且つ、そこに込められた意味合いが“深い”。

「分かりやすいもので言えば……」と松坂さんが解説してくれたのは、人の顔のように見える作品。「真っ直ぐに目線を合わせると、目の奥に頭の中が見えるんですよ。見えますか?」。もう1つは、大きな翼を広げた鳥だが、よく見ると、足かせがはめられている。「自由に見えて、自由じゃない。見る角 度の大切さを表している作品です」と言う。

「基礎表現」のカリキュラムで木工作品づくりに取り組む1年生の授業風景(神山まるごと高専提供)

神山まるごと高専のコンセプトは、“テクノロジー×デザインで人間の未来を変える学校”。テクノロジーを“今の時代の公用語”、デザインを“未知の価値をカタチにする必須スキル”と捉え、15歳から20歳までの5年間に、“人間の未来を変える確度の高い選択肢”である起業についても同時に学ぶことで、社会を、時代を動かす、そんな人間を育てることを目標におく。

その第一歩として、学校が、こうした基礎表現の授業を通じて学生に身につけてほしいと考えるのは、「自分のつくりたいモノを作品にして言語化する力。デザインを通して、社会に受け入れられる魅力あるモノを形にする力」だ。この春入学したばかりの1年生の木工作品からはすでにその片りんがうかがえるように感じた。

“地産地食”平均80%以上、食堂のご飯が原動力に

ある日の食堂の様子と“地産地食”の献立(神山まるごと高専提供)

次に向かったのは食堂だ。神山まるごと高専の給食は、「日本一、地産地食な給食」を掲げる。時間的に学生の姿はなかったが、すぐ外には緑が広がり、明るいオープンキッチンが印象的だ。こんな食堂なら、食べる人も、働く人もさぞかし気持ちが良いだろう。貼られていた献立表によると、ある日の昼食は“徳島産鮮魚のソテー 甘酢タルタルソース 豆腐と小松菜のお味噌汁”、夕食は“鶏すき丼 なすとピーマンのすだち酢和え オクラとたまねぎのお味噌汁 もち麦ごはん”というように、地元の旬の食材をふんだんに使った、ヘルシーでおいしそうなメニューが並ぶ。各品目には神山町と徳島県産の食材を使っている比率も示されており、鮮魚のソテーの方は96.1%、鶏すき丼の方はなんと100.0%とあった。

松坂さんによると、目指しているのは、平均80%だが、1年目の2023年度は74.7%で、今年度はすでに80%以上を実現しているという。地産地食のおいしい給食は、学生はもちろん、スタッフにとっても原動力になっている。

“先生”と呼ぶのはなし、学生とスタッフがフラットに交流

ある日の授業風景(神山まるごと高専提供)

同校は、日本発のSaaS企業、Sansan創業者の寺田親弘氏ら、そうそうたる起業家が、高専という15歳から20歳までの5年間で一貫教育を行う日本独自の高等教育機関のメリットを際立たせる学校を運営し、「日本の田舎町にシリコンバレーのような場所をつくろう」と思い描いて実現した。

校名の「まるごと」は、建学の精神である「まるごと学ぶ学校」からきている。
その要素は、

・人間の豊かな未来を創造するために必要な力を「まるごと」学習する、
・授業のみならず、課外活動や寮生活などの機会からも「まるごと」学習する、
・成功も失敗も糧とし、全ての経験から「まるごと」学習する、

の3つだ。

その前提となる思いについて、松坂さんは、「学校の中だけで教育をやるのは限界があるということがあります。主役である学生のやりたいことに応えていくことが私たちの役割ですが、それは決して、彼らが失敗しないよう、転ばないように先回りして準備するのではありません。学生たちにとっては、リアルな社会の中からこそ得られるものが大きいと思いますので、失敗も含めて、すべてを直接味わってほしい」と語る。

左が「きょくちょー」こと松坂さん。スタッフと学生の距離はとても近い(神山まるごと高専提供)

松坂さん自身は、東京都出身で、東京大学教育学部を卒業後、人材教育会社を経て、30代で人事コンサルティング会社を起業した。コンサルタントとして企業や地方自治体の人づくり・組織づくりプロジェクトを多数推進する中、神山まるごと高専の立ち上げへの参画を打診され、「やるなら、移住してコミットしたい」という思いから、2021年に妻と2人の娘と共に移住した。自身も家族も田舎暮らしは初めてだ。

同校では、“先生”という呼び名も聞かれない。松坂さんによると、校内の決め事としても“教職員”という言葉は使わず、例えば“英語の担当スタッフ”や“国語の担当スタッフ”と言うようにしている。松坂さん自身は、学生から「まっちゃん」や、親しみを込めて「きょくちょー」と呼ばれているそうだ。そこには学生とスタッフの、高い信頼に基づいた上での、フラットな関係性がある。もしかしたら、スタッフも学生も、新たな教育に挑戦する“同志”のような存在であるのかもしれない。

研究拠点のOFFICEとは――水曜の夜には起業家講師がセッション

緑の中にたたずむ、神山まるごと高専のOFFICE棟(神山まるごと高専提供)

ここでHOMEの見学を終え、いよいよ、同校の研究拠点となる校舎の、OFFICEへと向かう。おしゃれな木造平屋建ての校舎は、一歩中に入ると神山杉の香りがふわっと広がる。まず目に飛び込んでくるのは、中心に向かって階段上の椅子が囲む形の大講義室だ。

水曜の夜に大講義室で開かれる起業家講師によるセッションの1場面(神山まるごと高専提供)

水曜日の夜には、ここで、“起業家講師”によるセッション「Wednesday Night」が行われる。起業家といっても、大企業やスタートアップの経営陣をはじめ、建築家やアーティスト、エンジニアらさまざまな領域のゲストが毎回、2人1組で訪れ、講義だけでなく、学生たちと一緒に給食を食べ、語り合うのだという。学生たちにとっては、ネットを通してではなく、じかに彼らの考えを知り、そこから何かを吸収できる、ワクワクするようなひと時になっていることだろう。

では実際に学生たちはどんな思いでこの学び舎に来て、どんな学びを得ているのか――。 学びの中で学生活躍「チャンスがどんどん来る」――15歳の可能性引き出す、徳島・神山まるごと高専の挑戦〈下〉 に続く。

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廣末智子(ひろすえ・ともこ)

地方紙の記者として21年間、地域の生活に根差した取材活動を行う。2011年に退職し、フリーを経て、2022年10月からSustainable Brands Japan 編集局デスク 兼 記者に。サステナビリティを通して、さまざまな現場の当事者の思いを発信中。