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学びの中で学生活躍「チャンスがどんどん来る」――15歳の可能性引き出す、徳島・神山まるごと高専の挑戦〈下〉

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国際的なロボットコンテストに挑戦し、弾ける笑顔で取材に答えてくれた、2期生の町田昂優さん(左)と宮本満さん(筆者撮影)

過疎の町から価値創造を進める徳島県神山町で、2023年4月に開校した「神山まるごと高専」。徳島の田舎をシリコンバレーのような町に、という思いから始まったその挑戦は、どんな子どもたちの胸に刺さり、彼らはここでどんな学びを得ているのか――。 「テクノロジー×デザインで、コトを起こす」人間に――15歳の可能性引き出す、徳島・神山まるごと高専の挑戦〈上〉 の続きを、同校の研究拠点となる校舎「OFFICE」の場面から始める。(廣末智子)

好きなことを将来に生かせる進路の選択肢を

演習室や研究室の並ぶOFFICEの廊下。神山杉の木目が美しい(神山まるごと高専提供)

水曜日の夜にはさまざまな起業家講師たちが訪れ、学生たちのワクワクの源になっているOFFICE。大講義室の先には、大小の演習室や研究室が並び、取材に訪れた8月上旬のある日は、棟内に小中学生の元気な声が響いていた。聞くと、全国で展開しているプログラミングスクールと神山まるごと高専とのコラボ企画で、子どもたちに、神山まるごと高専の学びを体感してもらうサマーキャンプイベントが行われているところだという。

夏休みに、全国から神山まるごと高専の学びを体験しに来ていた小中学生たち(筆者撮影)

これまでの教育の枠組みでは、こうしたプログラミングのような学びでさえも、習い事は入試に役立たないという理由で、高校受験を前に辞めてしまう例も多かった。そうではなく、このスクールの体験を通じて、好きなことを将来に生かせる進学の選択肢があることを子どもたち自身に知ってほしい――という思いが両者にはある。

大阪や東京を中心に、都会から集まった子どもたちは、徳島の田舎も初めてで、神山まるごと高専の2期生が“先生”を務める授業に夢中になっている様子だ。

ここに来る人は不思議な力を持っている

取材中、まさに、そんな子どもたちのロールモデルになる2期生に出会った。16歳の町田昂優(あきひろ)さん。群馬県出身で、中高一貫校に通っていたが、母親の情報から神山まるごと高専の存在を知り、オンラインによる学校説明会と昨夏に行われた「神山まるごと高専サマースクール2023」に参加して、進路の転換を決めたという。

本人によると、「いちばん最初に、行きたい!って思ったのは、給食がすっごいおいしいこと!」だったそうだが、サマースクールで初めて出会ったメンバーと取り組んだモノづくりを通して、「自分の素を出して、本音で語り合うみたいなことを初めてやった」こと、そして、現在2年生の先輩やスタッフたちも含めて「魅力的な人が多いなあ、ここに来る人は不思議な力をみんな持っていると思った」ことが決め手に。

今実際に最初の約4カ月を過ごし、「この学校に来て、こんな生活がしたいとか、こんな人と話がしたいとか、おいしい給食を食べたいといった、求めていたものはちゃんと満たせている」と弾ける笑顔で語ってくれた。

8月下旬に富山で行われたWRO2024Japanに参加した、町田さんら神山まるごと高専のチーム「渦潮」(神山まるごと高専の公式Xより)

その充足感の一つには、自律型ロボットによる国際的なロボットコンテスト(WRO 2024 Japan)に参加し、11月にトルコで開かれる世界大会への出場を目指して挑戦していることがあった。チームで取り組んでいるのは、災害時に役立つロボットソリューション。災害時に救急隊員の前を進みながら、危険を察知した場合には警告を発し、迅速かつ安全な救助を両立するロボットをチームでデザインし、組み立てているのだという。取材時には、一次予選を通過して、8月下旬に富山で開かれる全国大会に向けて準備の追い込み中だった。「この学校って、新しいものが、チャンスがどんどん来るんです。その中にWROがあった」と町田さん。中学時代にもプログラミング教室には通っていたが、「ロボットを組み立てることには興味がなく、みんなで何かにチャレンジするなんてことは全くなかった」のが、神山での4カ月の学びで大きく成長したようだ。

町田さんたちのチームは、富山の全国大会で、惜しくも世界大会出場は逃したが、スポンサー特別賞に輝いた

想像以上にいろんなコトを起こしてくれる

自分の学びたいことに生き生きと取り組む学生たち(神山まるごと高専提供)

2年目の前期が終了し、開校から約1年半が経った今の手応えを、神山まるごと高専事務局長の松坂孝紀さんは、「本当に、私たちが想像していた以上に、テクノロジー×デザインの力で、学生たちがいろんなコトをやってくれてます。やっぱり環境の力は大きい。生活の中で何が当たり前とされているかということが、各自の習慣や行動に影響を与えるのだと思います」と話す。「町田くんたちの挑戦もまさにそう。ただ、みんながすごいので、自分たちのすごさがよく分かってないんじゃないのかなあ」と苦笑しながらも、学生たちの頑張りに松坂さん自身が感心し、心から喜んでいるのが伝わる。

目立って活躍しているのは町田さんたちだけではもちろんない。
今年4月にハワイで開催された世界最大級のロボット競技大会では、1年生と2年生の13人のチーム「Hanabi」が新人賞にあたる“Rookie Inspiration Award”を受賞した。出場に際して、学生自らがスポンサー獲得活動を行い、多くの企業の支援を得て全員でハワイに行くことができたという。
8月30日には、テーマについて深く考察し、自分の考えを伝える力を競う「第4回全国高校生プレゼン甲子園」に中国・四国ブロックの代表として出場したチーム「カムヒア」が奨励賞を受賞した。

ほかにも、海外では「外来種」とされる「わかめ」の食材としての価値を向上させ、世界的な食料不足の解決策の一つにしようと、「わかめジャム」を開発・販売し、大阪万博2025への挑戦を目指したり、NHK Eテレの番組キャラクターのデザインを手掛けたりeスポーツが大好きな学生が自身でデザインしたフリーペーパーを創刊したり……と活動の成果は枚挙にいとまがない。

学生数の増減によらず、学校を続けていけるビジネスモデルを

もう一つ、神山まるごと高専の大きな注目点は、前途に溢れた15歳の子どもたちが、家庭の経済状況に左右されずに入学し、やりたいことに打ち込めるよう、学費の実質無償化を実現していることだ。一般社団法人に拠出する形の奨学金スキームを日本で初めて取り入れ、独自の「給付型奨学金」として確立した。

具体的には民間企業からの拠出・寄付を募り、その資金を運用することで、学生の学費に活用する。現在、ソニーやソフトバンク、富士通などそうそうたる企業11社がスカラーシップパートナーとして名を連ね、各社が約10億円ずつを拠出・寄付、その運用益を返済不要の奨学金として学生に給付している。入学金や寮費に関しても、世帯年収に伴い奨学金の給付を行っている。

松坂さんによると、やはり入学を検討する時点から、この制度は魅力になっているようで、在校生の保護者アンケートでも、「この奨学金がなければ選択肢に入らなかった」とする回答が多くあったという。そもそもこの制度には、理事長の寺田親弘氏の「海外に目を向ければ、ビル・ゲイツもサンダー・ビチャイも奨学金を得て学び、マイクロソフトを生み出したり、Googleを経営するに至った」という強い思いが込められており、神山町をシリコンバレーのような場所にするために欠かせない要素だ。

今も当時のままに残されている、旧神山中学校の生徒数の分かる黒板を示し、過疎化・少子化の流れを説明する松坂さん。旧神山中学校は、神山まるごと高専の開校と同時に、近くに建てられた新校舎へと移り、学びの場を継続している(筆者撮影)

一方、学校経営の観点からすると、従来の私立学校では、いわゆる経常コストを学生数で割ったものを学費として算出し、その額を払ってくれる学生を集め続けることができて初めてビジネスとして成立する側面がある。つまり、少子化が進み、学生数が減れば当然学費は上がる。その意味において、「私たちは、運用基金の総額に運用益を掛け合わせた額が経常コストになるよう、ビジネスモデルを変えたんです。学生数の増減にかかわらず、学校を続けられるビジネスモデルをつくることこそがサステナブルな挑戦なんじゃないか」と松坂さんは強調する。

神山町×まるごと高専、どんな相乗効果が生まれているか

神山町の自然の中で、学生たちは、地域の人たちと共にさまざまな体験をし、交流を深めている(神山まるごと高専提供)

過疎の町でありながら、多様な文化の息づく神山町をフィールドに選んだことは、どんな相乗効果を生み出しているのか――。松坂さんは、ちょっと考え、「学生たちのチャレンジに対して、積極的に応援の声を上げてくれる人がたくさんいる」ことを挙げた。例えば、ロボットコンテストの世界大会に行こうとする学生に対しては、なんとか渡航費の協力ができないかと、地域のバス会社がすぐに動いてくれたり、学生がアルバイトをしたいと連絡したコーヒー店では、「アルバイトは募集してないけど、プチバイトのような形ならどう?」と提案してくれたり。その形はさまざまだ。

「学校側が間に立たなくとも、学生と町民、地域の人たちが話すということが、ごくごく当たり前にある。いろいろな場面で『最近何やってるの?』と聞かれる。そういう人と人との関わりが、学生たちのやりたいことを後押ししてくれていると感じますね」

2年目の夏が終わり、秋には3期生の入試に向けた動きも本格化する。5学年が全員揃うのは、2027年まで待たなければいけないが、その頃には、今の1、2年生がどれだけ成長しているだろう。そして学校がどれほど変化しているだろう。

「社会が変わっていく中で、学校が変われないでいると、学校と社会の乖離(かいり)が広がり、いろいろな問題につながっていくような気がしてならない。時代の流れが変わっていくのであれば、それに応じて、学校も変わり続けなければいけない。それができるかどうかということが私たちのチャレンジです。願わくば、時代の変化をつくっていけるような学校になれたらと思います」(松坂さん)

リジェネレーションは地域から始まっている。徳島発、神山まるごと高専の未来が、次代の鍵を握っている。

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廣末智子(ひろすえ・ともこ)

地方紙の記者として21年間、地域の生活に根差した取材活動を行う。2011年に退職し、フリーを経て、2022年10月からSustainable Brands Japan 編集局デスク 兼 記者に。サステナビリティを通して、さまざまな現場の当事者の思いを発信中。