葉っぱビジネスを土台にローカルインパクトを生み出し続ける――進化するゼロ・ウェイストタウン、KAMIKATSU〈後編〉
山々の深い緑と芝生の黄緑に、えんじ色のコントラストが美しい上勝町ゼロ・ウェイストセンターの建物。奥に見えるのがホテルだ。さまざまな形の古い窓をそのままに生かしたデザインはおしゃれで可愛い
|
四国でいちばん小さな山間の町、徳島県上勝町から世界に発信される、食や農、暮らしのあらゆる場面における、資源循環のストーリー。若者たちの提案するツーリズムの体験記、〈進化するゼロ・ウェイストタウン、KAMIKATSU〉の後編は、町の歴史を感じさせる古民家の新たな一歩や、ゼロ・ウェイストタウンを掲げる前、1980年代に上勝の名を一躍有名にした“葉っぱビジネス”の新境地を紹介する。(廣末智子)
町民の有償ボランティアがツアー客も送迎 地域版ライドシェアの形
夕食に向かうため、有償運送車両「ひだまり」の車がホテルまで迎えに来てくれた
|
上勝で過ごす夜、とっておきのご褒美のような取材が待っていた。町にはスーパーはもちろんコンビニもない。宿泊者の夕食は近隣の飲食店に予約が必要だが、その選択肢は観光客向けに少しずつ増えており、今回は4月にオープンしたばかりの、古民家レストランを訪問することに決めていたのだ。
そこに行くまでも楽しみだった。高齢化が進む上勝では自家用車をタクシーにする地域版のライドシェアがいち早く法律で認められ、有償ボランティアを務める町民が多くいる。今回のツアーでは、実際にそのサービスを利用し、送迎をお願いしていたからだ。
|
来てくれたのは、同町を代表する特産品である“葉っぱ(料理のツマ物を指す)”の栽培農家の竹中恵子さん。この時期、昼間はハウスでの農作業に加え、同じく名産の“上勝晩茶”の茶摘みの手伝いもあり、相当忙しそうだが、「送迎ボランティアはやっている人多いから」と訳ないことのように言う。もう3年ほど続け、主にHOTEL WHYの宿泊客を担当しているそうで、いろいろな人たちと交流できることが「本当に楽しいよ」と。
片道5〜10分の短い距離だが、“普通の町民”とおしゃべりしながらのドライブは、旅人にとって、とっておきのローカルを感じられる時間だ。
シェフが古民家を買い取り、上勝産イタリアンレストランを開いた理由
町の新たな古民家レストラン。PERTORNAREの店名には「帰るための場所」という意味が込められている。表札の「LOCANDA」は、ゆったりとくつろげる宿を指す
|
目的地は、“ゼロウェイスト認証店”の古民家レストラン、PERTORNARE(ペルトナーレ)。オーナーシェフの表原 平さんは徳島市出身で、東京や淡路島で経験を積んだ後、10年前から上勝で自分の店を持った。これまでは別の古民家を借りて営業していたが、満を持して新たに古民家を買い取り、フルリノベーションを施しての再スタートを切ったばかりだ。
左上から時計回りに、冬瓜とモロヘイヤのスープ、スッポンとスダチのパスタ、天然ウナギのバルサミコリゾット、アメゴと夏野菜の春巻き
|
出された料理は、上勝産の旬の野菜や果物、地元の勝浦川で獲れたアユやウナギ、なんとスッポンまでをぜいたくにアレンジした創作イタリアンのフルコース! 一つひとつの素材はよく知っているものなのだが(スッポンをのぞけば!)、これまでに食べたどの料理とも違う食感と風味が口に広がる。おいしい。この香りは何かな?と思えば、シェフが料理を燻すのに使っているという、上勝晩茶を剪定(せんてい)した木の束を見せてくれた。そのひと手間がしっかりと伝わる。
納得のいく地産地消を追求し、「お客さんが押し寄せるような店は合っていない」と話す表原シェフ(左)と対話しながらのディナーは格別だ。隣はシェフの右腕としてスッポンもさばく、高知市出身の田中苑子さん
|
“新古民家”はレストランとしてだけではなく、2階を一組限定の宿として営業する。表原さんは上勝で挑戦を続ける理由を、「禅に近い、と言うか、田舎で足るを知る生活をするのが理想だったからかな」と自己分析しながらも、例えば送迎ボランティアの体制ひとつをとっても住民の協働の精神が町に根付いていることを挙げ、「実際に移住者が来やすい。人と人とのつながりの面でも恵まれた町やなと思います」と話してくれた。
移住者夫婦のジェラート店も「ブランド成長させたい」
ペルトナーレが元あった古民家でも、その後を引き継いだ移住者が今年5月に新たな店舗をオープンさせていた。2016年に上勝の隣の勝浦町に関東から夫婦で移住し、みかん農家を営みながら、上勝に通って営業する、その名も“頓服”の意味を込めた「TONPUKU」というジェラート屋さんだ。大暑や立秋など節気ごとに移ろう季節の味を、上勝産の希少柑橘、ユコウ(柚香)や、上勝の山でとれた実山椒、珍しいところでは爪楊枝の材料になることの多いクロモジなど、常時8種類ほどのジェラートにして用意している。
夫婦でジェラート工房を切り盛りする石川美緒さん。お店は「構想から1年3カ月ぐらいで」オープンさせたそうだ
|
店主の石川美緒さんは、「夫婦が一緒にやりたい仕事を、自分たちのペースでできる。地方の生活が私たちに合うのではと思って」と移住を決めた理由を話す。東京であった“移住フェア”で勝浦町のみかん農家が後継者を探していることを知り、夫婦で引き継いだ。しかし、みかん栽培は気候変動の影響で、収穫が不安定な面も大きく、「年間を通じて、何かを届けることのできるプロジェクトを」と夫婦で考えた答えが、ジェラート工房だったという。
「勝浦にも、上勝にも、移住してきた仲間がいることが大きい。分からないことがあれば先輩に聞けるし、後輩からビジネスを学ぶことも多くて。できる限りみかん農家は続けていきながら、TONPUKUのブランドを大きく成長させていきたいですね」
“葉っぱビジネス”の新境地は、杉の間伐材から作った布KINOF
スギの間伐材から抽出した繊維と、麻の繊維とを組み合わせた“木の糸”をワッフル織りにしたKINOFのタオル。通気性、速乾性に優れ、軽く、吸水してもまとわりつかないのが特徴で、使い込むほどに風合いが増す
|
上勝町の人口は現在、1358人(2024年9月1日現在)、高齢化率は53%を超える。そこだけを見れば、少子高齢化が進む日本の縮図のような町だと言えるが、その活性化への挑戦は早くから、注目されてきた。1980年代には高齢の女性たちを中心に、山でとれる“葉っぱ”を料理のツマものとして出荷するビジネスが成功し、映画化もされるなど、上勝の名は一躍全国区に。小さな過疎の町は、大きなローカルインパクトを生み出し続けてきた。
その葉っぱビジネスを今に引き継ぐ、いろどりが、2018年にブランド化し、新事業として進めるのが、森林率85.6%の上勝のスギの間伐材から作った繊維をタオルに生まれ変わらせるKINOFだ。KINOFは、キノフと読み、もちろん“木の布”からきている。
「広葉樹からも糸はできるんやけど、ベストは、針葉樹の、ヒノキよりも繊維の長いスギ。日本のスギは“日本の隠れた財産”を意味する学名が付けられているそうですが、本当に、隠れた財産をうまく活用する方法を見つけた感じですね」
そう笑顔で話すのは、KINOFの創設から企画運営のすべてを行う杉山久実さん。そもそもいろどりの臨時職員をしていた2017年に、スギから繊維をつくり出す技術を持つ大阪の会社が営業に訪れ、その場に、「たまたま居合わせた」のがきっかけで、プロジェクトを任されることになったのだという。
「サステナブルだから、というよりは、良いものとしてKINOFを選んでほしい」と話す杉山さん。元々は、夫とフランス菓子店を経営していて、KINOFに取り組んで初めて、布や洋服が好きだったことに気付かされたという
|
ブランディングにおいて最初に悩んだのは、上勝で生まれたローカルファブリックとして、上勝らしさをどう出していくか――。切り立った岩の間から、清らかな水の流れ出る上勝では水と人との関係が近く、製品としてはタオルがいいのではないか? 木の糸からつくる生地を、お菓子のワッフルのような凹凸のあるワッフル織にし、さらにマス目を大きくすることで、赤ちゃんや敏感肌の人でも使える柔らかな手触りのタオルになるのではないか? 杉山さんは、そんなアイデアの一つひとつを形にしてくれるデザイナーを探し、商談会に参加し、製造ラインの確保に向けてほぼ1人で奔走した。
そうしてブランドKINOFは2018年にスタート。杉山さんは2017年から3年間、上勝町の地域起こし協力隊の一員としてその立ち上げに尽力した後、現在は合同会社「すぎとやま」の代表として、ブランドのさらなる魅力アップや販路拡大に注力している。
「葉っぱビジネスもお金にならないと思われていたものが産業にまでなりました。スギの間伐材も、これまで山にほったらかしにされていたり、燃料チップにするしかないように思われていたけれども、そうじゃあない世界があります。『あるものを生かす』というところがいちばんの上勝らしさ。日本の場合、繊維の原材料は輸入している割合が90%以上だとされる中で、全国のスギの産地にもぜひ取り入れてほしい。そのためにも、上勝から、このビジネスを丁寧に、広げていきたいですね」(杉山さん)
上勝に旅してから1週間後、1通のメールが届いた。
宿泊から1週間弱が経過したということで、キエーロへ入れられた生ごみがどのくらい分解されているか掘り起こして様子を確認してみました。
珈琲のカスや柑橘の皮など、入れたものは全く残っておりませんでした!
このように一見「ごみ」にしかなり得ないと思われる生ごみも、
微生物たちの「栄養」と捉えることで、ごみをごみでなくすことができます
WHYの朝食として出されるオリジナルメニューのお弁当(左上)はお腹の中へ、食べ残したみかんの皮などの生ごみ(左下)が、「キエーロ」の中で土へと還った(右)
|
送り主は、宿泊したゼロウェイストアクションホテル、HOTEL WHYで、同町のゼロ・ウェイスト活動について語ってくれた木佐貫拓眞さんだ。「キエーロ」とは、その名の通り、土の中の微生物の働きで生ごみに消えてもらうためのコンポストの名前で、チェックアウトの際、朝食に出たお弁当のみかんの皮や茶葉などを土の中に埋めていた。
「キエーロ」の特徴は、底板がなく、中の土が地面と一体化していること。つまり、どれだけ生ごみを入れても量(かさ)が増すことはなく、2020年のホテル開業時からずっとこの土の中で宿泊者の生ごみが分解され続けているという。
食べること、消費すること、捨てること、再生すること、そして、その場所で暮らすということ――。山の緑と空の青さにリフレッシュしながら、そんな、一つひとつの大事なことに改めて思いをはせることのできる、徳島県上勝町の“循環型ツーリズム”を、ぜひ一度体験してみてはどうだろう。
ごみも、人の暮らしも生き方も循環していると気づく旅――進化するゼロ・ウェイストタウン、KAMIKATSU〈前編〉は こちら
後編ガイド:
有償運送車両「ひだまり」
普段はそれぞれ別の仕事をしている上勝町民が、自家用車を使って運転手を務めるボランティアタクシー。山間の町、上勝では移動に車は必須だが、免許を返納した高齢者も多いことから、町民同士の助け合いの精神から生まれた仕組みだ。発着地のどちらかが上勝町であれば、誰でも利用でき、HOTEL WHYを起点に、町内はもちろん、徳島空港や徳島駅までも送迎してくれる。
|
|
地場食材をふんだんに使用した本格イタリアンコース料理を提供する、完全予約制の古民家レストラン。宿泊もできる。
|
|
季節の果物と野菜、野草や山の木々で作られたクラフトアイスクリームとジェラートのお店。
|
|
|
|
スギの間伐材から生まれた木の布や糸で作ったタオルなどの日用品を開発。「すぎとやま」の神田(じでん)アトリエでは、藍や草木を使って染色するワークショップも行っている。