ごみも、人の暮らしも生き方も循環していると気づく旅――進化するゼロ・ウェイストタウン、KAMIKATSU〈前編〉
有機栽培に挑戦して3年目、稲が青々と育つ棚田を前に、笑顔の若者たち(左からRISE & WIN Brewing Co.の友成花音さん、池添亜希さん、HOTEL WHYの大塚桃奈さん、古路保友さん)
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無駄な消費やごみを生み出さないゼロ・ウェイストタウンとして、全国、そして世界に知られる徳島県上勝町。住民一人ひとりの徹底した分別でリサイクル率80%以上を維持し続けるその町が今、食や農、暮らしのあらゆる循環を体験できる旅先として、アップデートしている。けん引するのは、都会から遠く離れた小さな山間の町に移住してきた若い世代の人たちだ。ごみ収集車の走らない、ゼロ・ウェイストを突き詰めた町に今、どんな変化が起きていて、そこから何が見えてくるのか――。若者たちの提案する、“循環型ツーリズム”を1泊2日で体験し、どっぷりと浸かってみた。(廣末智子)
上勝町で唯一のごみの収集場、上勝町ゼロ・ウェイストセンターは、空から見ると、「?」の形をしている。「・」の部分が、ゼロウェイストアクションホテル、HOTEL WHYだ(写真は、HOTEL WHY のトップページより)
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旅の拠点は、町のランドマークであるゴミステーションに併設され、国内外から視察や研修に多くの人が訪れるゼロ・ウェイストアクションホテル、HOTEL WHY(ワイ)だ。現在、開業5年目で、2020年のオープン時から運営会社のChief Environmental Officerを務める大塚桃奈さんと、今春入社の木佐貫拓眞さん、古路保友さんの3人が、広報や接客の中心的役割を担う。
今年4月からチームでHOTEL WHYの広報や接客を担う、古路さんと大塚さん、木佐貫拓眞さん
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3人はそれぞれ、縁もゆかりもなかった上勝町に引き寄せられた。服が大好きな大塚さんは、高校時代、ロンドンへのファッション留学などを通じて安価な衣服が製造過程で人権問題や環境問題に大きな影響を及ぼしていることを知り、服を作る前から、捨てないデザインにすることの重要性を痛感。大学1年の時に訪れた上勝町でゼロ・ウェイストの先進性に感動し、数カ国への留学を経て、卒業後に移住、就職した(大塚さんは昨年開かれた、第4回 SB Student Ambassador(SA)九州ブロック大会の基調講演で、高校生にゼロ・ウェイスト活動の意義を熱弁)。
コロナ禍に大学生活を送った、木佐貫さんと古路さんの上勝に来た理由もユニークだ。木佐貫さんは、「ゼロ・ウェイストという哲学を持った人たちの生き方がめちゃくちゃ気になって。自分もその一員になってみたい」と、大学時代に47都道府県をごみを拾いながら旅した経験のある古路さんは、卒業後にバングラデシュで孤児院の支援に関わる仕事をするか、ごみが全く見当たらないと感じた上勝町で仕事をするかを悩んだ上で、「今の自分には、自然に包まれた日本の田舎で、人と人との深いつながりが持てる場所がいい」と、移住を決めたのだという。
ごみ分別数が45→43に減ったわけは?
HOTEL WHYでは、チェックイン時に、町のゼロ・ウェイスト活動のこれまでとこれから、そしてその現在地について学ぶとともに、ゴミステーションで実際にどんなごみがどのように分別されているのかの説明を受ける。今回のツアーも、木佐貫さんを“案内役”に、まずはそこから始まった。
ごみを13種類45品目に分別する上勝町の資源とごみの分け方と出し方の図表(同町の令和2年度版資源分別ガイドブックより。2024年4月からは金属類「金属製キャップ」と、プラスチック類の「白トレイ」が減り、43品目となった)
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上勝のごみ政策で最も特徴的なのは、町内で唯一のごみ収集場であるゼロ・ウェイストセンターへ、住民は決まった日にちではなく、営業時間中であればいつでもごみを持ち込み、自ら分別することにある(関連記事=徳島県上勝町はなぜゼロウェイスト・タウンとして有名になったのか 分別だけではない隠された6つのポイント)。昭和40年代後半から平成にかけ、「野焼き時代」もあった同町だが、2003年に日本の自治体で初めてゼロ・ウェイスト宣言を行って以降はごみの分別を徹底し、2016年から13種類45品目で定着していた。それが今年4月、43品目に減ったばかりだという。
なぜここに来て、2品目と言えども分別数が減ったのか――。その理由を、木佐貫さんは、同町のゼロ・ウェイスト活動を巡る変遷を踏まえて説明する。
上勝のゼロ・ウェイストの歩みを語る木佐貫さん
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平成の大合併時に合併の道を選ばなかった同町は、「限られたリソースの中で、どう創意工夫をすれば、ごみを燃やさずに済むか」という一心で細かくごみを分別してきた。その結果、2016年にはリサイクル率80%という、例えば東京や大阪などの大都市では焼却や埋め立てに回る率が80%であるのを考えても、それとは真逆の、驚異的なリサイクル率を実現した。
もっともそれ以上、リサイクル率を上げることは難しかった。「ゼロ・ウェイスト宣言」では、「2020年までにごみをゼロにすることを決意する」としていたが、それには届かず、リサイクル率は2024年現在も80%で横ばいが続く。
この状況を、木佐貫さんは、町民が精いっぱいの努力をした結果、「80%がギリギリの数字であり、残りの20%は、個々の生活者の努力だけではどうしようもない部分だということが見えてきたのではないか」と話す。
こうした説明は、町の考えでもある。2030年に向け、同町では、今のリサイクル率を維持・向上しながら、どうすればもっと町民の負担を減らせるかを目指す方向に舵を切った。分別の種類が2品目減ったことも、その一つの具体策だ。
ホテルのフロントと、町民がまだまだ使えるものを持ってくる「くるくるショップ」が併設された広い部屋には、高い天井から、いろんな色と形の空き瓶のシャンデリアが。優しい灯りがともるころ、外では阿波踊りの練習が始まった
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企業研修の一環で、「粗大ごみの分解体験」に取り組む人たち(HOTEL WHY提供)
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上勝町では近年、ゼロ・ウェイストの取り組みを自分の町や企業でも実践するために、全国から同町を訪れて研修を行う個人や団体が増えている。そうした、国内外から途切れることなく、研修や視察に訪れる人たちに、木佐貫さんら案内人が、町の思いやセンターの仕組みを時間をかけて説明し、宿泊者には自分の身の回りから出る、何が、どのような種類のごみに分別されるのかを、一つひとつ身をもって知ってもらう。さらには、町内のさまざまな循環の現場を、見て、体験することで、人の生き方や暮らしそのものが循環の上に成り立っていることを実感し、どこよりも早くサステナブルな取り組みを進めてきた上勝ならではの魅力や価値に気づいてもらう――。そんな、循環をキーワードにした「循環型ツーリズム」をHOTEL WHYが中心となって推進することで、ゼロ・ウェイストを起点にした町の魅力をもっともっと高めようと、全力で取り組んでいる最中なのだ。
「単なる観光ではなくて、来た人に、変わるきっかけをつくる旅をしてほしい。町外の方が普段の生活では気づけない、気づきの発露を生み出したい。それがミッションだと思っています」と木佐貫さん。自身も上勝で暮らしたこの5カ月を通して、「ごみって思い込みなんだなあと。自分がごみと思っても他の人が見たら、ごみじゃない。誰から見てもごみだという存在はないんだ」という大きな気づきがあったという。彼ら若者たちとの対話もHOTEL WHY滞在で得られる有意義な時間だ。
踏ん張って3年目、コメの有機栽培に手応え
棚田が曲線を描く八重地集落は「日本の里100選」に選定されている
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今回、上勝へは、8月の酷暑の中で訪れた。徳島市から車で1時間ちょっと、標高が100〜700メートルのくねくねとした山道を走ると、やがて現れてくる小さな町は、心持ち、涼しく感じられる。中でも2日目の朝に案内してもらった八重地集落の棚田は、目の前に広がる圧倒的な緑と、全音量で響いてくるセミやカエルの鳴き声に、用水路のせせらぎが合わさり、まるで、時が止まってしまっているかのように感じる場所だった。
この日ここに来たのは、青々と稲が育った棚田の、約350平方メートルをHOTEL WHYが、その隣の約650平方メートルを、同町でクラフトビールを作り続けるRISE & WIN Brewing Co.が、それぞれ集落の人から借り受けてコメを育てている、その現場を見るためだ。
2019年に上勝に移住し、町の玄関口に構える直営店舗の店長を務める池添亜希さんによると、きっかけは4年前、地元でこの棚田を長く守ってきた“人生の大先輩”が急逝し、集落で活動する「かみかつ茅葺学校」の関係者である知人から「一緒にやらないか」と声を掛けてもらったこと。1年目は肥料をやったり除草剤を使う従来通りの農法だったが、2年目からはビールの醸造時に出るモルトかすを液肥にしたものをまいて土壌を活性化させる、リジェネラティブな有機栽培に挑戦している。
有機栽培での最初の収穫は、大失敗に終わった。除草剤を使わないため、2年目は、とにかく草取りに大変な思いをした。「踏ん張って、3年目」の今年、ようやく、こんなにも緑が濃く、順調に稲が生育しているのを見て、土壌活性化の効果を初めて感じているようだ。
大小55の集落が点在する上勝町で、中心部からいちばん遠い八重地集落。棚田を見下ろす森の奥には、集落の人たちが、「清らかな水の源泉を守りたい」という強い思いで守り続けてきた、ブナの原生林が残されている
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「持続可能という言葉が飛び交う時代ですが、この景観を守ってきた集落の人たちの苦労はどれほどだったことか。私たちもこの景色に救われ、この景色が好きだからこそ活動させていただいていますが、実際にやってみると、思った以上に大変で、心が折れそうになることも多くて。上勝に移住してRISE&WINで働きながら、米づくりをして初めて、当事者として、この町のために自分は何ができるんだろうと考えるようになりましたね」(池添さん)
昨年の稲刈りツアー(HOTEL WHYのインスタグラムより。今年は9月28日に行う)
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池添さんの一言ひと言に、大塚さんがうなずく。HOTEL WHYでは「ゼロ・ウェイストだけじゃない、地域の暮らしや風景に触れてほしい」という思いから、毎年の田植えと稲刈りは宿泊者も一緒に体験するイベントを行う。米づくりを通して、集落の人たちとの日常的な触れ合いが増え、移住者と、元々の住民という括りを超えて、上勝の未来を思い描く若者たちの顔は生き生きとしている――。
バイオテクノロジー×ブルワリーで独自のビールづくり
棚田を見た後は、その足で、丘の上にある、旧製材所の跡地を活用したRISE&WINのビール醸造所「STONEWALL HILL」を訪ねた。2017年にイギリスの若手建築家集団「アセンブル(ASSEMBLE)」によって設計された工場で、インディゴタワーと呼ばれるテイスティングルームは、地面から天井までが、一本のスギの木を使って作られている。そうしたモニュメントを含め、工場は、当時、アセンブルのメンバーが上勝にしばらく滞在し、「上勝の人たちが何を大切に暮らしているかということをインプットした上で」デザインしたものだという。
上勝町の旧製材所を再生してつくられたKAMIKATZ BEERの醸造所、STONEWALL HILL。徳島の伝統的な染料である藍で染めた板で覆われた「インディゴタワー」が目印だ
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愛媛や広島などのスーパーで働いた後、思い切って転職し、「今がいちばん楽しい」と話す重松 隆さん
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ずらりと並んだ銀色のタンクに入った酵母菌を、さまざまな風味のビールへと製品化していく過程を担う4人のブルワー(ビール職人)はやはり皆移住者。そのうちの1人、重松 隆さんは、「菌は生き物なので、季節によって働きが変わる。ちょっと働きが良くないなと思えば、温めてあげるとか」と、温度管理など酵母菌を良い状態にコントロールすることがいちばん難しいと話す。
猛暑の日も、極寒の日も、酵母に合わせた温度の中で、長時間、仕込みに追われる毎日だが、「ビールが大好きでいつか仕事にしたいと思っていたので」と、この日の暑さも苦にはならない様子で汗を流していた。
RISE&WINの母体となるスペック(徳島市)は1970年創業の食品衛生検査などを手がける会社で、高度なバイオサイエンスの知見を有する。醸造所内を案内しながら、池添さんは、「バイオの会社がやっているブルワリーは日本唯一ではないか」として、同社のクラフトビールが科学的なエビデンスのもとに醸造されていることをアピール。ここSTONEWALL HILLでは、ビールを醸造した後の酵母菌の培養も行い、元気な菌からは再びビールがつくられる。棚田で使う液肥も、バイオテクノロジーとブルワリーの掛け合わせによる同社独自の循環による副産物だ。
モルトかすから有機液体肥料を生み出す「reRise(リライズ)」の設備
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タンクにたまった液肥のもと。たくさんの微生物が生きている
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醸造所の入り口には、その液肥をつくり出す大きなタンクが設置され、中には、どろりとした液体が並々と入っていた。これらは主に酵母菌と乳酸菌で、モルトかすを投入すると数日かけて微粒子化していくという。スペックでは、この有機廃棄物(モルトかす=食品残さ、生ごみ)から有機液体肥料を生み出す資源循環の仕組みを「reRise(リライズ)」と名付け、上勝から全国に向けて発信している。このほど、三菱地所が都心の丸の内エリアで進める大規模再開発プロジェクトでも同設備が導入され、生ごみを液肥化し、近郊農地で農作物を育てる取り組みが始まるなど、四国の山村の挑戦が今、都市のサーキュラーエコノミーをも動かす、大きな社会的インパクトを生み出し始めたところだ。
「リライズという言葉には、一度使い終わったものにもう一度役割を与える、起き上がらせるという意味合いを込めています。(この設備は)まだまだいっぱい可能性を秘めていると思います」とタンクの中の微生物に話しかけるように笑顔を見せる池添さん。かつては林業が花形産業だった上勝で、多くの人が働いた旧製材所を舞台に、醸造・生産されるビールが、町に再び活力を与えている。
前編ガイド:
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全4部屋の客室はメゾネットタイプで、各部屋最大4人まで宿泊可能。一棟貸切プランでは、学校や企業での研修利用もできる。
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八重地の棚田を見下ろす高台にある、昔ながらの茅葺き民家。かまどでご飯を炊いたり、囲炉裏でアメゴを焼いたり、竹を使って暮らしの道具をつくったり、田舎暮らしを体験することができる。
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町の玄関口に位置する醸造所を併設したコンセプトストア&レストランバー。KAMIKATZ BEERは、資源循環をテーマに、企業とのコラボによるラインナップも拡大中で、オンライン販売はもちろん、全国に取り扱い店舗がある。