サステナブル・ブランド ジャパン | Sustainable Brands Japan のサイトです。ページの先頭です。

サステナブル・ブランド ジャパン | Sustainable Brands Japan のサイト

ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Life Media, Inc.)

気候変動に企業はどう対応すべきか。ホップの聖地で見た、サッポロビールのレジリエンス強化策

  • Twitter
  • Facebook
上富良野の研究用圃場にて、研究員の鯉江氏

世界中で気候変動が原因とみられる異常気象や自然災害が相次いでいる。これを受けて食品企業などは、脱炭素だけではなく、原料の収穫減などに対応する直接的な環境対策も迫られている。サッポロビールでは、気候変動に適応する大麦・ホップ新品種の開発を進め、2035年までの国内での実用化を目指している。それを可能にするのは、自社で大麦とホップを育種するなど創業時から連綿と培ってきた原料研究の成果だ。特にホップはビールの風味を決める大事な要素。ビールメーカーにとっては品質維持の生命線だ。その品種改良の実情を、同社の原料研究の聖地である北海道・上富良野で取材した。(いからしひろき)

創業時から根付く現地育成、現地生産の精神

札幌から車で約2時間。北は旭川、東に十勝岳を望む上富良野町の市街地に、その独特な形をした茶色い建物はあった。ビールの原材料であるホップの品種改良などを行う「サッポロビール原料開発研究所・北海道原料研究グループ」の倉庫だ。建てられたのは1926年(大正15)と古く、その象徴的な姿もあいまって、同社の社員からは“ホップの聖地”と呼ばれている。

100年近い歴史を持つ“ホップの聖地”

上富良野とホップの関係は、この建物が建てられた3年前に遡る。サッポロビールの前身である大日本麦酒が同地でホップの試験栽培を開始。栽培好適地と認められ、1925年に正式栽培がスタートした。以来、100年近く上富良野ではホップが栽培されている。ホップ栽培農家の数は、最盛期の昭和40年代には100軒ほどあったというが、現在はわずか4軒。安い外国産ホップに押されているのもあるが、「機械化が全くされていない。4、50年前からほとんど同じ手法」(協働契約栽培農家の大角友哉さん)という手作業の大変さがある。

ホップは大麻と同じアサ科のツル性植物で、高さ5メートル以上の棚に絡みつかせて育成することから、オートメーション化が難しいのだ。したがって収穫時には多くの人手を必要とするが、少子高齢化のため確保するのは簡単ではない。結果、大量生産するのは難しく、現在は限定醸造品のような特別なビールに使用されるにとどまる。

8〜9月に行われるホップの収穫風景。5.5mの高棚に絡みついたツルを手作業で外していく(8月撮影)

「育種」と「協働契約栽培」を同時に行うのは世界で唯一

同じ上富良野にある同社の研究圃場には、遺伝子源としてのホップの親株が200〜300品種栽培されている。それらを交配して試験的に栽培している株数は数千にも及ぶ。いわばここは同社のホップ育種の心臓部だ。ちなみに同社がこれまで開発したホップは19品種。特許出願中も含めると、合計23品種だ。群馬県太田市などでは大麦の原料育種も行っており、両方を行っているのは国内では同社のみ。さらに「協働契約栽培」まで行っているのは世界でも唯一だという。

サッポロビールのホップ研究圃場。彼方に見えるのは十勝岳

「協働契約栽培」とは、栽培から加工まで、フィールドマンと呼ばれる担当者が、生産者やサプライヤーとコミュニケーションをとりながら品質を作り込んでいく自社独自の原料調達システムのことだ。トレーサビリティの観点から、2006年に採用が始まった。同社では、自社で開発した大麦やホップの品種を、ヨーロッパ、北米、オセアニア、東アジアの契約農家と協力しながら栽培。フィールドマンが季節ごとに現地へ足を運び、農薬の使用や品質の維持などについてきめ細かなサポートを行うことで、どこで栽培しようと一定の品質を維持できるよう努めてきた。しかしそれも限界が近づいていると同社は見ている。

その証拠に、同社は2019年よりビール原料に関するさまざまな気候変動のシナリオを分析。それによると、大麦・ホップ・トウモロコシ・コメ、それぞれにおいて収量が減少する地域があることが分かった。ホップについては、世界中でサステナビリティの取り組みが停滞し、気温上昇が2℃を大きく超えると、ヨーロッパと北米において、2050年時点の収量推計が、2018年時点と比較して5%以上減少するという結果が出た。その直接的な原因は、温度上昇により台風や洪水、干ばつ等が激甚化し、作物の病害が多発、農業被害が拡大するというものである。

気候変動のシナリオ分析・前提条件(同社HPより)
サステナビリティが停滞しても収量が上がるのは、農薬を規制しないことの影響も含む

その一方で、オセアニアや東アジアでは、いずれのシナリオでもホップの収量が上がるという結果が出ている。しかし「モデル品種で計算した大まかな結果で、実際は品種ごとに見ていく必要がある」というのは同社原料開発研究所・北海道原料研究グループリーダーの鯉江弘一朗氏だ。というのも、特定のビールの風味を決めるのは特定のホップであり、それが気候変動によって栽培できなくなる、あるいは品質が著しく落ちれば、会社としては長い年月と莫大な費用をかけて開発した商品ブランドを失うことになるからだ。生産者にとっても大きな痛手となるだろう。それを防ぐために同社が取り組み始めたのが、高温・干ばつによる乾燥と雨不足で水が足りなくなる「水ストレス」に強い品種の開発である。

品質に妥協しないことが最大のレジリエンス強化策

鯉江氏らが注目したのは、DRO1(ドロワン)と呼ばれる深根性(しんこんせい)遺伝子だ。これがあると根が垂直に生えて行き、地下深くの水分も吸収できるため、水ストレスに強くなるとされる。同社が根の深さの違う2品種で比較した結果、より根の深い品種の方が、降水量による収穫量の影響を受けにくい、つまり水ストレスに強いという傾向が確かめられた。

こうした研究成果を踏まえ、同社は2035年までに気候変動に対応する品種を国内で実用化するとしているが、そう簡単ではない。なぜなら鯉江氏によれば「より根の深い品種をかけ合わせたいが、約2000種類もの保有品種を全て掘り起こすのは大変。まずはそれを簡単に探す方法を探している」という段階であり、さらに気候変動は高温・干ばつだけでなく豪雨や台風ももたらすからだ。その場合、水不足ではなく“水が多すぎる”ことのストレスや、風などにも対処しなければならなくなるだろう。

ホップと地域をブランドにしたアルコール以外の商品も

それでも同社が品種改良にこだわるのは、原料の品質こそが生命線だと自覚しているからだ。特にビールのような嗜好品は、少しでも風味が変わると客が離れるといわれる。たかがビールと思うかもしれないが、そこには多くの生産者、社員、流通事業者などのステークホルダーが関わっている。企業としてその責任は重い。また、消費者にとっても、飲めればいいというわけにはいかないだろう。現代で人間らしく生きるには、パンと水だけでは足りないからだ。

つまり、これからの小売事業者には、企業としての存続を図りながら、消費者のウェルビーイングにも配慮するという、極めて難しい舵取りが求められるのである。

  • Twitter
  • Facebook
いからし ひろき

ライター・構成作家。旅・食・酒が得意分野だが、2児の父であることから育児や環境問題にも興味あり。著書に「開運酒場」「東京もっこり散歩」(いずれも自由国民社)がある。