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サッポロビールが雨量耐性と品質を兼ね備えた大麦を発見 気候変動対策と美味しさの両立に挑む

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サッポロビール原料開発研究所(群馬県太田市)の育種用畑で。左から保木健宏グループリーダー、木原誠研究員、須田成志所長

サッポロビールは、気候変動に伴う降雨量増加への耐性と麦芽成分のバランスを向上させる性質を併せ持つ大麦を発見した。同社によると、世界で初めてだという。この大麦は大雨による原料の品質低下を抑えるだけでなく、麦芽の製造期間短縮によるCO2排出削減も見込めるという。同社は今後、気候変動に適応する大麦新品種として開発と検証を進め、実用化を目指す考えだ。(いからしひろき)

そもそもなぜ、降雨量の増加が大麦にとって良くないのか。その問いに、同社原料開発研究所の須田成志所長はこう答える。

「大麦は収穫時期の降雨により“穂発芽”することがあるのです。穂発芽とは、収穫前の種子が穂に実った状態のまま畑で発芽してしまうこと。こうなると種子の品質が著しく低下し、ビール用麦芽の原料として使用できない場合があります」

穂発芽した大麦は飼料として転用できるとはいえ、販売単価が大幅に下がる。丹精込めて育ててきた農家にとっては大打撃だろう。ビール製造会社にとっても、原料品質と供給の安定は生命線だ。

一方、穂発芽耐性に強い大麦はすでに存在する。しかし、一般的に発芽の過程でのでん粉やタンパク質の分解(専門用語で“溶け”)が進みにくく、麦芽品質が低下しやすいという課題がある。つまり、美味しくなくなるのだ。

そこで同社は、原料開発研究所が保有する大麦の遺伝資源※1を探索することで、世界で初めて“穂発芽しにくい性質と溶けが進みやすい性質を併せ持つ大麦”を発見。この性質を利用することで、大雨に強く、かつ麦芽成分のバランスのよい大麦品種の開発に挑むことが可能になった。具体的には、2030年までに新品種の登録出願を目指すという。

研究所で行われた麦汁の量と抽出時間を比較する実験。特に注目は3(通常大麦の麦芽を使用・1日発芽)と4(新発見大麦の麦芽を使用・1日発芽)。4の方が、抽出スピードが早く、量も多い。その分、省コスト&原料使用の効率化につながる

穂発芽耐性と品質向上の両立とともに期待されているのが、製造期間の短縮だ。

一般的にビールの原料となる麦芽は大麦の種子から作られ(製麦)、その過程には「発芽」という工程がある。水に浸した大麦の種子を通常5日間ほどかけて発芽させ、種子に含まれるでん粉やタンパク質を分解する酵素の合成や活性化を促す。

今回発見された大麦は、通常のビール用大麦より発芽にかかる日数が大幅に少なくて済む。その結果、実際の作業時間が短縮されれば、用いる水や電気などの資源、エネルギーの使用量も減り、CO2排出量やコストの削減にもつながる。

同社は2019年12月に「サッポログループ環境ビジョン2050」を策定し、ビール事業で140年以上にわたり培ってきた原料づくりのノウハウで、気候変動の問題に取り組むとしている。

なお、同社のように、大麦とホップ両方の「育種」※2を行い、現地に直接足を運んで生産者と協力する「協働契約栽培」に取り組んでいるビール会社は世界でも他に例がないという。

同所にある人工気象室。通年18℃に設定することで、1年に3〜4世代分の育種を行うことができる

新品種が実用化されれば、多くの生産者の生活安定と、商品の安定供給につながるだろう。前出の須田所長は、「そのためのノウハウは当社で囲い込むのではなく、世界中のビールメーカーと共有していきたい」と述べた。

狙いどおり美味しさと環境対策が両立するのか。今後の取り組みに要注目だ。

※1 生物多様性条約における、「遺伝の機能的な単位を有する植物、動物、微生物、その他に由来する素材のうち、現実の、又は潜在的な価値を持つもの」
※2 優れた品種同士を交配し、さらに良質の品種をつくる研究開発

いからし ひろき

プロライター。2人の女児の父であることから育児や環境問題、DEIに関心。2023年にライターの労働環境改善やサステナビリティ向上を主目的とする「きいてかく合同会社」を設立、代表を務める。