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働きがいのある人間らしい仕事とは?ーー「口と足で描く芸術家協会」の取り組みにヒントを探る

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口にくわえた筆を巧みに操り、絵を描く会員

SDGsの8番目に掲げられる「働きがいも経済成長も」。実現の鍵を握るのが『ディーセント・ワーク』という言葉だ。1999年の第87回ILO(国際労働機関)総会に提出されたフアン・ソマビア事務局長の報告において初めて用いられたもので、「働きがいのある人間らしい仕事」と訳される。しかし、意味の捉え方は人それぞれだろう。例えば、体の不自由な人とそうでない人とでは大きく違うはず。日本で60年にわたり障がい者の自立支援をしている「口と足で描く芸術家協会」(東京・新宿区)を取材すると、不自由な体でそれらを追い求めてきた人たちの歴史と、今も懸命に努力する姿があった。(いからしひろき)

日本で60年前から活動

まず、「口と足で描く芸術家協会」と聞いても、ぴんとくる人は少ないかもしれない。それもそのはず、2005年までは「世界身体障害芸術家協会」という別名で活動してきたからだ。1956年にリヒテンシュタイン公国で設立。日本では1961年に会が発足したが、「大々的なPR活動をしてこなかったので、一般にはあまり知られていない」というのは、同協会代表の松澤雅美さんだ。

会員たちの作品を前に、松澤さん(左)と田川さん

予め断っておくが、同協会は健常者が障がい者を資金援助するような慈善団体ではない。協会を構成する会員は障がい者。障がいを負っている芸術家の向上と自立のための自助組織であり、「健常者のスタッフは会員達の“手と足”に過ぎない。協会の運営や決定はあくまでも障がい者が行っている」(松澤氏)という。

創始者であるドイツ人のA・E・シュテッグマンさん(故人)もまた、ポリオによる小児マヒで両手の自由を失った人。小さい頃から芸術の才能を認められ、絵を売って生活費を稼いでいたが、不自由な体で時間をかけ懸命に描いた絵も、売れてしまえば代金以外は残らない。そこで、絵をグリーティングカードに複製して販売することを思いついたのが、同協会の始まりだ。

現在も、協会員の描いた絵は基本的に、グリーティングカードやカレンダーといった文房具、タオルやトートバッグなどの雑貨に複製されて販売される。収益は正会員に一律に分配され、その額は公にはされていないが、「介護者を雇ったり家族を養ったりできるよう、2人が自立して生活できる程度」(松澤氏)だという。売上げに特に貢献した人にはボーナスもあるという。

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後述する古小路さんの作品【人気の音楽シリーズ】650円
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現在、世界に44の支部があり、協会員は約800人。日本では22人(2021年12月現在)が所属するが、正会員は6人、その他は「奨学生」と呼ばれる人たちだ。

絵を描くための資金援助が受けられる

奨学生には絵を描くための費用が協会から支給される、つまり“画家見習い”だ。生活費を賄えるほどではないが、それで画材を購入して絵を描き、クオリティを協会に認められれば販売してもらえる。そしてコンスタントに貢献できるようになったら、晴れて会員になれるというわけだ。

「奨学生の資格は3年で更新。年間最低5枚の絵の提出が求められます。絵の習熟度は関係なく、両手に障害があって口か足で絵を描いている人なら誰でも応募資格があります」

ただし審査は厳格だ。本当に両手が不自由なことを医療機関の診断書で示さなければならない。また、実際に創作していることを写真や動画で証明することも必要。1年5枚のノルマを達成できなければ、資格は延長されない。

「1年5枚は簡単そうで難しい枚数。描くスピードが健常者の数倍はかかるからです。絵や人によって違いますが、油絵だと1枚仕上げるのに3カ月かかる人も」(松澤氏)

広報の田川昌明さんによれば、「描く時間もそう簡単には作れない」という。会員や奨学生の多くが日常生活の介護を必要とする重度障がい者。1人では絵を描くための準備すらできないからだ。

「訪問介護従事者は、制度上生活に必要なことの介助はできますが、絵を描く手伝いはできません。ですから家族が手伝うか、自費でアルバイトを雇わなければなりません。彼らにとっては絵を描くことが生活なのに、それすらままならないのです」(田川さん)

それでも、「絵を描き、収益を得ることに意味がある」と、2人は口を揃える。

障がい者でも“選択肢”があることが大事

協会員は、実際どのように創作活動を行っているのか。油絵画家・古小路浩典(こしょうじひろのり・58歳)さんの自宅兼アトリエ(東京・大田区)を訪ねた。

油絵作品を制作中の古小路さん

古小路さんは岡山県出身。中学3年の15歳の時に、器械体操の練習で脊髄を損傷し、首から下が動かなくなった。

絶望の淵から救ってくれたのが、リハビリの一環として描き始めた絵画だ。近所の絵画教室の講師に週1回自宅に来てもらい、基礎を学んだ。

「協会の奨学生になったのは18歳の時。何をやっているか詳しくは知りませんでしたが、世界中に自分と同じような人がいて、絵で食べているという。だったら俺もチャンレジしてみるかと」(古小路さん)

最初は年に5枚の“ノルマ”をこなすのに精一杯だった。しかし、次第にそれが“やりがい”に変わった。そして心境の変化も。

「以前は、健常者の仲間と会いたいとも思いませんでしたが、協会で絵を描きはじめてからは、気持ち的に対等に話せるようになりました」(古小路さん)

その後、地元で個展を開くまでに上達。画家として生きていくことを決め、34歳で上京した。現在は同協会でも人気作家の1人である。

「売れたら嬉しいし、売れなかったらガッカリします。でも、じゃあどこがダメだったのか、次はこうしようとか試行錯誤することが、絵を描くモチベーションになっています」

口に加える部分は素材など何度も試行錯誤したそう
準備や後片付けは誰かの助けを借りないとできない

障がい者を取り巻く環境は昔と比べれば良くなり、社会福祉に頼れば最低限生きていけるかもしれない。しかし──

「自分でアクションを起こしたいとき、“選択肢”があることが大事だと思います。少なくともうちの協会員には、収入を得るために仕方なく描いている人は1人もいません」

“人はパンのみに生きるにあらず”とは聖書の有名な言葉だが、そうした当たり前のことを、同協会は教えてくれる。


口と足で描く芸術家協会 
https://www.mfpa.co.jp/

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いからし ひろき

ライター・構成作家。旅・食・酒が得意分野だが、2児の父であることから育児や環境問題にも興味あり。著書に「開運酒場」「東京もっこり散歩」(いずれも自由国民社)がある。