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企業は誰のために存在するのか 映画『ダーク・ウォーターズ』主人公の弁護士にインタビュー

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主人公を演じたマーク・ラファロ。アカデミー賞受賞作『スポットライト 世紀のスクープ』や『アベンジャーズ』に出演したラファロ自身が本作を製作した © 2021 STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC.

永遠の化学物質「PFAS (ピーファス)」。熱に強く撥水性のあるその物質はさまざまな製品に使われている一方で、身体や環境中に長期的に残留し毒性を有するとして、世界で規制が進む。12月17日公開の映画『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』は有機フッ素化合物「PFAS」の危険性を世界に知らせた実存のアメリカ人弁護士、ロバート・ビロット氏の物語だ。企業弁護士だった同氏は一人の農場主との出会いから、米大手化学メーカーがPFASの一種である化学物質の危険性を隠し、工場一帯の住民に深刻な健康被害が及んでいることを突き止める。しかし、企業がその事実を認め和解に至ったときには20年の月日が流れていた――。映画で語られた事実関係と合わせて、主人公のモデルとなり、PFASによる公害問題の第一人者であるビロット氏にインタビューした。(サステナブル・ブランド ジャパン=小松遥香)

今、生きているこの瞬間に訴えかける映画

主人公の妻を演じるのはアン・ハサウェイ。さまざまな葛藤や危機に直面する主人公を支える © 2021 STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC.

2016年6月、ニューヨーク・タイムズ紙に「デュポン史上最悪の悪夢となった弁護士 (The Lawyer Who Became DuPont’s Worst Nightmare) 」という記事が掲載された。本作で主演をつとめるマーク・ラファロはそれを読み、映画化を決意した。ラファロは「今、生きているこの瞬間に訴えかけるものがある作品。恐らくこれは米国史上最大と言える隠蔽の実話だ。しかも世界中の人に影響を及ぼす。それなのに誰も知らない」と語っている。

ロバート・ビロットは米オハイオ州の名門法律事務所タフト・スタティニアス・ホリスターで、環境規制専門の企業弁護士として働いていた。1998年、順調にキャリアを重ねパートナー弁護士に昇格したある日、祖母の知人を名乗る畜産農家ウィルバー・テナントが訪ねてくる。

大手化学品メーカー、デュポンの工場があるウェストバージニア州パーカーズバーグで暮らすテナントは、同社が埋立地に廃棄した化学物質によって土壌が汚染され、190頭の牛が異様な形で死んだと訴える。しかし、パーカーズバーグには彼の訴訟を手助けする弁護士はいなかった。

テナント(ビル・キャンプ)と主人公 © 2021 STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC.

ビロットは企業を弁護する弁護士。当初はこの問題に深入りするつもりはなく、むしろ事態を穏便に解決しようとしていた。しかし、調べていくうちに事の重大さと、企業がその危険性を知りながらも隠し通そうとしていることに気付く。

やがてビロットは膨大な資料のなかから、問題の物質を探り当てる。PFOA(ペルフルオロオクタン酸)だ。4500種以上あるPFAS(永遠の化学物質=フォーエバー・ケミカル)群の一種であるその合成化学物質は、世界中でフッ素樹脂(テフロン)加工製品をなめらかにするために、さらに防水加工の衣類やカーペットなどの繊維製品、化粧品、食品用包装材などに使われている。厚労省などの資料によると、「自然環境条件下の水生環境内では、PFOAは92年以上(最もありえるのは235年)の半減期を持つ」と書かれている。

そのPFOAが40年にわたって工場から川や土壌、大気中に漏れ出し、テナントだけでなく地域住民の深刻な健康被害につながっている可能性が疑われた。ビロットは2001年、将来にわたる健康被害から住民を守るために、約7万人の住人を原告とする集団訴訟を起こす。そこから、想像もしていなかった長い長い試練の日々が始まるのだった。

PFOAはその後、妊娠高血圧症ならびに妊娠高血圧腎症、精巣がん、腎細胞がん、甲状腺疾患、潰瘍生大腸炎、高コレステロールの6種の疾患と関連することが7万人の住民の健康調査データの分析によって判明する。

この間、永遠の化学物質の危険性への認識が高まり、ビロットは世界的な規制強化に貢献することとなった。米国では人口の99%の血中にPFASが存在するという調査結果が出ており、バイデン政権下でさらなる規制強化が進んでいる。

日本でもPFASの環境中への流出は起きている。環境省による2019年度の調査では、PFASの中でも規制が進むPFOS(ペルフルオロオクタンスルホン酸)・PFOAの排出源となりうる施設周辺など171地点で計測を実施。13都府県37地点で、世界的に厳格とは言えない日本の暫定目標値(PFOS及びPFOAの合算値で50ng/L)を上回る量が検出された。例えば、東京都渋谷区の地下水からは目標値の3倍、調布市の地下水では11倍、最も数値が高かったのは大阪府摂津市の地下水で37倍だった。国内ではPFOSは2010年、PFOAは今年2021年に製造や輸入、使用が原則禁止となっている。

PFASは工場から流出するほか、泡消化剤にも使われており、全国の米軍基地付近で汚染が確認されている。沖縄県では今年6月、消火用水が流出する事故が起こり、その際に暫定目標値の約1600倍のPFASを含む汚染水が貯水槽で採取されたことが12月になりようやく公表された。

© 2021 STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC.

本作では、企業とは何か、どうあるべきかという問いが一貫して流れている。存在意義が問われているのはデュポンだけではない。ビロットが働くタフトは企業弁護を手がける事務所として、顧客である企業を訴える集団訴訟をするか否かの決断を迫られ、米国の産業界が今後どうあるべきか、法律事務所としてどうあるべきかを熟慮する。そして、この訴訟に関わるあらゆる人たちもそれを問うのだ。

企業は誰のために存在するのか。私たちはどんな未来をつくっていくのか。人は立ち止まるしかない八方塞がりの日々をどう生きていけばいいのか。本作は、複雑化し課題があふれるこの時代に、私たちが簡単に答えられない問いに向き合い続け、ときには立ち止まりながらも、一歩一歩前に進んでいく、そうして生きていく時代にいることを気づかせてくれる。

そして作中で流れる、映画の舞台となったウェストバージニアを歌ったジョン・デンバーの名曲「カントリー・ロード」をはじめとするカントリーミュージックが、その土地に根差して生きる人々の人生を照らし出す。たとえ重大な環境汚染が起きても、そこで生きるしかない人、その土地で生きていきたい人がいるという切実な問題、そして彼らの生きる権利をどう捉えるべきか。「生きる」ということを見つめなおすきっかけになる本作は、新たな年を迎えるこの時期にぜひ観ておきたい映画だろう。

PFASはすべての日本人に関わる問題 米国では訴訟が相次ぐ

ロバート・ビロット氏本人(左)とトッド・ヘインズ監督 © 2021 STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC.

ロバート・ビロット氏は現在もタフトで働き、主にPFASに関連する環境及び法規制に関する訴訟、大規模不正行為及びコンプライアンス問題を担当している。2017年には、第二のノーベル賞とも呼ばれ、地球規模の課題解決に取り組む勇敢な人々に贈られるライト・ライブリフッド賞を受賞した。

――映画ではデュポンとの裁判に決着が着き、和解したところまでが描かれていました。その後、訴訟は他の企業や地域にも広がっているのでしょうか。今年(2021年)11月にはノースカロライナ州が、危険性を知りながらPFASを含む泡消化剤を販売したとしてデュポンや3Mなどを訴えていますね。

ビロット:パーカーズバーグの住民による訴訟は2017年、デュポンが関連性の確認された6種類の疾患を発症している3500人に対し6億7070万ドル(約762億円)を支払うことで和解しました。その後も、がんを発症した数十人に対する和解が2021年1月、8300万ドル(約94億円)を支払うことで決着しています。

永遠の化学物質による飲料水の汚染はウェストバージニア州だけでなく全米に拡大している問題です。現在は、全国のいくつかの州政府と水道事業者の代理人として訴訟に携わっています。その一つがノースカロライナ州です。州が訴訟を起こす理由は、魚や野生生物、土壌などの自然資源の損失にあります。水道事業者については、カリフォルニア、アラスカ、フロリダなど全米各地の飲料水の汚染に対する訴訟を請け負っています。

多くの人がPFASの危険性を認識するようになり、いま新たな訴訟の波が全米で起きています。デュポンだけではなくPFOAを製造した3Mに対しても訴訟を起こしています。

また、全国民を代表しての公益訴訟に向けて着手しています。これはPFOAだけでなく、その他の永遠の化学物質が国民の健康に実際にどのような影響を及ぼすのかを調べるためです(パーカーズバーグ住民のデュポンに対する訴訟では、デュポンが費用を負担する形で7万人の住民の健康被害調査が行われた)。

関連記事:米小売業で広がる「永遠に残る化学物質」PFASの使用取りやめ

――日本ではPFASについてあまり知られていません。まだこの問題について知らない人たちにどんなことを伝えたいですか。

ビロット:この映画が関心を持つきっかけになればと願っています。知っていただきたいのは、これはすべての日本人に直接関わる問題だということです。この問題は米国にある小さな町の話ではないのです。米国だけの問題でもないです。世界的な問題なのです。PFASはすべての人の血中に存在します。生まれたばかりの赤ちゃんであってもです。

デュポンの場合、PFASを扱う主要工場が世界に4カ所あり、その一つが日本です。そのほかはウェストバージニア州、ニュージャージー州、オランダです。日本でも同じ化学物質が同時期に使われてきたのです。

そして、PFASは泡消化剤に含まれているため、多くの軍事基地や空港、消防署の近辺でも検出されています。それだけではありません。誰もが使う製品にも使われています。汚れにくいウォータープルーフの衣類、カーペット、ファーストフードの包装材、紙の包装材、コンピューターの半導体、化粧品、デンタルフロスなど世界中で売られているあらゆる商品に使われているのです。

米国と同じようなPFASによる影響が日本にも及んでいます。米国の方がより議論が進んでいて、関心は高まっているかもしれませんが、実際には、どの国も同じ問題に直面しているのです。

――世界のビジネスにはSDGsやESG投資、ステークホルダー資本主義といった流れが生まれてきています。企業の本質は変わり、世界は良くなっていると思われますか。いまのような時代であれば、訴訟が決着するまでに20年という時間はかからなかったでしょうか。

ビロット:変わってきていることを期待しています。やはり今は1990年代後半に比べて、情報を集めることも拡散することも容易になってきています。インターネットの発展は企業の変化にも影響しています。

ただ、私たちは現在も変わらず、企業が社会への責任を果たすことを求めて戦っています。例えば、米国では州政府がPFASから住民を守るために法律を改正したところ、3Mがそれを止めるために州政府を訴えるということが起きています(3Mはミシガン州が新たに設定した飲料水中のPFASの規制値の無効化を求めている)。ですから、そういう戦いは続いているわけです。こうしたことが起きていると伝えることも、企業に対し行動を変えるよう求めることも、20年以上続けてきたことです。

しかし、『ダーク・ウォーターズ』のような映画を通して大勢の人に知ってもらうことには、信じられないほどの大きな力があります。2019年に全米で映画が公開されて、今や消費者は、PFASを使っているなら、あなたの企業の商品はもう買いたくありませんと言うようになってきています。消費者が企業に対して姿勢や行動を変えるよう求め始めています。そして、市場も企業に行動変革を迫っています。昨年から、世界的にこうした動きが起きています。PFASの使用をやめると発表する企業もでてきています。事態は徐々に前進していますし、企業の行動も変わり始めています。

――20年間という気の遠くなるような訴訟を乗り切ることができたのは、どんなモチベーションがあったからでしょう。

ビロット:難しく、本当に長い戦いでした。でもどんな時も頭の片隅にあったのは、畜産農家のウィルバー・テナントの声でした。テナントは、何が起こっているのか知り、多くの人に起こっていることを知らせる必要があると強く訴えました。

私はデュポンが開示した山のような文書を読み込むなかで、大勢の住民の健康が脅かされていることを知りました。しかし、その文書を読むことができ、PFOAの危険性を知っているのは限られた人間です。当時、政府も科学者も情報を持っておらず、一般の人はまったく知る由もなかったのです。

人はまず知ることで、問題に歯止めをかけることができ、自らの身を守ることができるのです。知らないことには何もできないのです。ですから、起きていること、真実をどう人々に伝えるかということに力を尽くしました。

――さまざまな問題がある時代ですが、気候変動や固定化した社会のシステムなど、すぐには解決できない難しい問題を解決しようと取り組む人たちがいます。日本にもいます。変化を起こすために何が大切でしょうか。

ビロット:ぜひこの映画を観ていただきたいです。映画が伝えるのは、一人の人間が立ち上がり、声を上げることで信じられないような変化が起きるということです。長い時間がかかるかもしれません。困難が待ち受けているかもしれません。途方もない障害が行く手を阻むかもしれません。社会の中の大きな権力に立ち向かうことになるかもしれません。しかし、変化は起こせるのです。法律もシステムも科学も変えられるのです。立ち上がり、声を上げることに意味があるのです。たった一人で何ができるのかと思うかもしれませんが、それだけで物事は動き始めるのです。ウェストバージニアの一人の農場主の決断が、こうして今、世界を動かしているのですから。

――まさに映画のような人生を歩まれてきて、ご自身の人生をどう思われていますか。

ビロット:妻や子どもと話すのですが、物事がどんな風に進み、あなたをどこに導いていくのかを知ることはできません。ですが、コンフォートゾーン(居心地のいい場所)を自ら進んで抜け出し、何か違うことをし、リスクをとることが必要です。「それは弁護士の仕事ではない」「ここではそういうわけにはいかない」と、そう言われることがあります。しかし、自ら進んで何か違うこと、何か新しいことをすることが大切です。私の子どもや他の人たちにも、それが意味のあることだと知ってもらえたらと思います。

ルールや法律を知ることは必要なことですが、どうしたらもっと良くなるか、どうしたら違うことができるか、どうしたら解決できるのか、ということを考え抜くことです。今までそうだったからといって、これからもそうでなければならないということはないのです。そうしてきて人生に後悔はありません。

『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』
12月17日(金)、TOHOシネマズ シャンテほかロードショー
出演:マーク・ラファロ、アン・ハサウェイ、ティム・ロビンス、ビル・キャンプ、ヴィクター・ガーバー、ビル・プルマン
監督:トッド・ヘインズ(『キャロル』『エデンより彼方に』)
配給・宣伝:キノフィルムズ

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小松 遥香 (Haruka Komatsu)

アメリカ、スペインで紛争解決・開発学を学ぶ。一般企業で働いた後、出版社に入社。2016年から「持続可能性とビジネス」をテーマに取材するなか、自らも実践しようと、2018年7月から1年間、出身地・高知の食材をつかった週末食堂「こうち食堂 日日是好日」を東京・西日暮里で開く。前Sustainable Brands Japan 編集局デスク。