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欧州グリーンディール:EUが2050年脱炭素社会に向けて掲げる今後10年の方針とは

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ミラノの集合住宅ボスコ・ヴェルティカーレ(Daryan Shamkhali)

欧州委員会は7月中旬、2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする上で重要となる今後10年間の法案を発表した。EUではこの時代に生きる世代を気候変動対策に手を打てる最後の世代と位置づけており、気候変動を解決し、これをきっかけに新たな社会経済への移行を進める戦略「欧州グリーンディール」を掲げる。気候変動にとどまらずサステナビリティの分野においてルールメーカーになろうとするEU。2030年までに1990年比で温室効果ガスの排出量55%削減を目指すEUが発表した方針「Fit for 55%(フィット・フォー55%)」で描くロードマップを紹介する。(サステナブル・ブランド ジャパン編集局=小松遥香)

排出量取引制度の改正 新たに道路輸送や建物にも適用へ

EUでは2005年から、火力発電や鉄鋼・セメントなどの産業、欧州経済領域内の航空便などエネルギー集約産業を対象に、二酸化炭素の排出量に上限を設け、上限に満たない場合には排出枠を売買できるEU排出量取引制度(ETS: Emissions Trading System)を実施してきた。今回、その削減目標を1999年比で最低40%から55%に、さらに毎年の排出上限の削減率を2.2%から4.2%に引き上げる。また航空便に割り当てられている無償排出枠は段階的に廃止され、2027年からオークション方式の有償割当に移行する。現行のETSは海運業にも拡大されるほか、排出量の多い道路輸送と建物部門を対象にした新たな排出量取引制度が設けられる。

EUでは、建物(家、オフィス、学校、病院、公共施設など)の建築や利用、改築、解体などに起因する温室効果ガスの排出量がEU全体の排出量の36%を占める。電力消費量では全体の40%。そのため建物のエネルギー効率を上げるための改築やスマート化を加速する方針を掲げている。一方、運輸部門の排出量はEU全体のおよそ25%を占め、そのうちの70%以上が道路輸送(自動車、トラック、バスなど)によるもの。運輸部門の排出量は増え続けており、対策が急務となっている。同時に、生活者の経済負担が増えることも懸念されている。

他産業でも各国の削減目標引き上げ

エネルギー集約産業以外の排出量削減を推進する上で、欧州委は各加盟国が排出削減に向けて努力を共有する仕組み(努力分担規則)を設けている。今回、建物や道路、国内海上輸送、農業、廃棄物、小規模産業分野におけるEU全体の2030年までの排出削減目標を2005年比29%から最低40%に引き上げることが示された。各加盟国の目標はGDPに基づいて調整される。

炭素除去の取り組み強化

自然の炭素吸収源の目標値をこれまでの2億6800万トンから3億1000万トンに拡大する (EU、Nature and forest factsheet)

加盟国が共有する炭素除去の責任については、EU全体で2030年までに年間3億1000万トン相当のCO2排出量を自然の炭素吸収源(カーボンシンク)を用いて除去する。各国は目標達成のために、炭素吸収源を保全し、その範囲を拡大していく必要がある。EUは2035年までに、肥料の使用や家畜などの農業分野におけるCO2以外の温室効果ガス(メタンや一酸化二窒素など)の排出も含め、土地利用・林業・農業の3分野において気候中立(温室効果ガスの排出量実質ゼロ)を目指す。これに伴い、域内の森林の質・量・レジリエンス(再生力)を向上させる森林戦略を掲げる。持続可能な森林の伐採とバイオマス利用を行い、生物多様性を保全し、2030年までに欧州全域で30億本の植林を行う計画を定め、同時に林業事業者と森林資源を活用したバイオエコノミーも支援する。

2030年までに再エネ40% に

EUのCO2排出量の75%を占めるのがエネルギーの生産・使用だ。日本でもエネルギー基本計画の改定案が発表され、再生可能エネルギーの割合を36%〜38%に上げる方針が明らかになったが、EUは2030年までに再生エネルギーの割合を現在の少なくとも32%という目標から40%に引き上げる。これに基づき、加盟国は運輸や冷暖房、建物、産業などそれぞれの分野に対し具体的な目標を課す。

電力使用量そのものを削減

全体的な電力使用量と温室効果ガス排出量の削減、エネルギー貧困(必要不可欠な電力サービスの利用が困難な状態・世帯)の解決に取り組むために、EU全域でのエネルギー使用量の削減に向けて拘束力のある年間目標を定める。さらに加盟国の年間省エネ義務をほぼ2倍に引き上げる。これを達成するために、公共セクターは毎年、建物の3%をリノベーションし、対策を押し進め、仕事・雇用を生み出し、エネルギー使用量と納税者の負担を減らす。

2035年にガソリン車・ディーゼル車の販売禁止

(EU、Transport factsheet)

排出量取引を補完するためにも、道路輸送分野におけるCO2排出量の増加を解決する対策が必要だ。ゼロエミッションモビリティへの移行を加速するために、新車の乗用車の平均排出量を2021年比で2030年までに55%、バン(小型商用車)は同年までに50%、2035年までに100%削減することを目指し、ガソリン車やディーゼル車などの内燃機関車の販売を禁止する。これに伴い、域内のインフラを整備して、60kmおきに充電スポットを、150kmおきに水素補給スポットを設置する。

航空・船舶分野でも持続可能な燃料に移行

飛行機や船舶が主要な港や空港においてクリーンエネルギーの供給を受けられるようにする。EU域内の空港において、燃料サプライヤーはジェット燃料への合成低炭素燃料などの持続可能な航空燃料の混合量を増やすことが求められる。また、EUの港に寄港する船舶の温室効果ガス排出量の上限を設け、持続可能な船用燃料やゼロエミッション技術の導入を促進する。

エネルギー製品への課税

エネルギー製品に対する税制は、適切なインセンティブを設けることで、EUの単一市場を保護・改善し、地球環境に配慮したグリーンな社会経済への移行を支援するものでなければならないとしている。エネルギー・気候政策に合わせてエネルギー製品への課税を行い、環境や社会の持続可能性につながるクリーンテクノロジーを推進し、化石燃料の利用を促進するような時代遅れの適用除外や軽減税率をなくしていく。

国境炭素税の導入

新たに設けられる炭素国境調整メカニズム(CBAM:Carbon Border Adjustment Mechanism)では、域外の環境規制の緩やかな国に企業が流れ、炭素が漏れる「カーボンリーケージ」を防ぎ、全体的な排出量削減を着実に進めていけるよう、EU域外からの対象製品の輸入に課税する国境炭素税が導入される。まず対象となるのは、アルミニウム、セメント、鉄・鉄鋼、電力、肥料などカーボンリーケージのリスクが高い製品だ。

欧州委はこれらすべての項目が相互補完的なものであるとし、調和のとれた政策の実施とそれに伴う歳入によって、EUは公正かつ環境に配慮した、競争力のある連合になるとしている。

新たな経済をつくれるか 「社会的に公正な移行」が焦点に

欧州グリーンディールを通して、環境のみならず社会、経済の変革を目指す (EU, European Green Deal - Delivering on our targets)

欧州グリーンディールを通して、EUが目指すのは、空気が澄み、涼しく、緑のある街・都市、人々が健康で、省エネ、省コスト、仕事・雇用があり、技術や産業が発展し、自然の面積が拡大し、将来世代に健全な地球を引き継いでいける社会経済を築くことだ。

そこで重要になるのが「社会的に公正な移行(Socially Fair Transition)」。現実的に、欧州委が掲げる気候変動政策は中長期的には移行にかかるコストを上回るメリットがあるとしているが、短期的には脆弱な世帯、零細企業、交通機関の利用者など一般市民の経済負担が増すといったリスクがある。欧州委は、気候変動対策と適応にかかるコストを公正に分配する制度設計を行っていると強調している。

例えば、排出量取引などのカーボンプライシング(炭素の価格付け)によって歳入が増えるため、イノベーションや経済成長、クリーンテクノロジーへの投資に再投資することができるようになると見込む。さらに新たに気候変動対策のための社会基金を設立し、市民がエネルギーの効率化や新たな冷暖房システム、クリーンモビリティに投資できるよう、各加盟国に資金提供を行う方針を掲げる。基金は2025年から2032年までに、建物や道路交通燃料に関する排出権取引による歳入の25% 、722億ユーロ相当をEUの予算から拠出し、各国政府も同額を出すことで最終的に社会的に公正な移行の実施のために1444億ユーロを出動することを想定する。

気候変動はこの時代の最大の課題であり、新たな経済モデルを築く機会と位置付けるEU。欧州委はグリーン・トランジション(緑の移行)によってもたらされる利益や機会を、できるだけ早く、公正にすべての人にもたらすことが焦点になってくるとしている。これまでの格差や分断を広げる経済と一線を画す、21世紀の新たな経済モデルに向けて、真に「社会的に公正な移行」が行えるかに注目が集まる。


▶︎欧州委は、2030年目標に向けた欧州グリーンディールの内容をイラストと共に分かりやすくまとめた小冊子(英語)を発行。以下の写真をクリックして表示されるページからダウンロードできる。

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小松 遥香 (Haruka Komatsu)

アメリカ、スペインで紛争解決・開発学を学ぶ。一般企業で働いた後、出版社に入社。2016年から「持続可能性とビジネス」をテーマに取材するなか、自らも実践しようと、2018年7月から1年間、出身地・高知の食材をつかった週末食堂「こうち食堂 日日是好日」を東京・西日暮里で開く。前Sustainable Brands Japan 編集局デスク。