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世界2位の環境汚染産業から脱却へ――ロンハーマン、ステークホルダーを巻き込みサプライチェーンの透明化に挑む

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ロンハーマンの根岸事業部長 (提供:リトルリーグカンパニー)

華やかな表舞台とは裏腹に、環境問題や人権問題で厳しい目を向けられるアパレル業界。コロナ禍で消費者の意識も大きく変わる中、アパレル業界自体も危機感を持って動き出した。米ロサンゼルス発のセレクトショップで、2019年からサザビーリーグが事業譲渡を受け国内外で展開するファッションブランド「ロンハーマン」は5月末、サプライヤーを巻き込んで、脱炭素、セール廃止による余剰在庫削減、サプライチェーンの透明化を進めることを発表した。ロンハーマン事業部長の根岸由香里さんに方針転換の背景について話を聞いた。(島 恵美)

環境汚染産業2位のアパレル業界

近年、安くておしゃれな服が手軽に買えるようになった一方、一枚の洋服のライフサイクルはどんどん短くなっている。環境省によると、日本人1人が1年間に購入する衣服は18枚。逆に手放す服は12枚で、さらに着られずクローゼットに眠る服は25枚にのぼるという。「ファッションの短サイクル化や低価格化」で、アパレルは以前にも増して大量生産・大量消費になっている。

国連貿易開発会議(UNCTAD)もアパレル業界が「世界2位の環境汚染産業」というレポートを出している。洋服1枚の生産には浴槽11杯分の水を必要とする。UNCTADによると、その水の量の合計は年間500万人のニーズを満たすのに十分な量に相当するという。さらに、炭素排出量でみても、国際航空業界と海運業界を足したものよりも多い量の二酸化炭素を排出している。コットンの生産から紡績、染色、縫製、輸送とサプライチェーンが非常に長く、コントロールが難しいのも特徴だ。

「自分たちのアパレル業界が気候変動に対してものすごい負荷をかけている。それだけでなく、悲しいことに、産業として環境、社会に対しての負荷が第2位と言われていると知ったときはショックを受けました」とサザビーリーグ リトルリーグカンパニーのカンパニーオフィサー兼ロンハーマン事業部長、根岸由香里さんは語る。

きっかけは2年半前に仕事で他業界の人と気候変動の話をしたことだった。当時、アパレル業界が社会や環境負荷を与えていることを何も知らないと感じた根岸さんは、本やセミナーで知識を得ることから始めた。

経営陣自らが知識を得ることで、意識が変わった

折しも2019年8月にロンハーマン事業は、日本展開から10年の節目の年を迎えていた。次の10年にどう進化していくか社内で議論を重ねるなか、ビジネス自体を変える、進化させる必要があると感じたという。2020年に入ってからは、根岸さんだけでなく、リトルリーグカンパニーの三根弘毅カンパニープレジデントら経営幹部3人で、エシカル協会主催のセミナーを受講した。多忙な経営陣が1回2~3時間、全11回の講習を受講するため、半年先までスケジュールを調整して臨んだという。さまざまな知識を得ながら、自分たちの会社がどういう方向へ行くべきか経営層でキャッチボールを続けた。

「最初に学び始めたときは、ファッション業界として何をしたら良いのかというところばかりに頭が行きがちでした。ですが学んでいくうちに、生物多様性もエネルギー、農業もすべてのことがつながっていることが分かりました。そうしたときに、アパレルやファッションと個別にみるのではなく、自分たちの考え方や、動き方そのものを幅広く変える必要があると気が付きました」と根岸さんは言う。

サプライチェーンの透明化、CO2排出ゼロ、過剰在庫削減を目指す

2021年5月には「ロンハーマンサステナビリティ・ビジョン」を発表した。環境、コミュニティ(地域社会)、顧客、従業員の4つの領域にフォーカスして、持続可能な事業に取り組んでいく。

環境面では、温室効果ガス、余剰在庫、素材・資材を主な軸として取り組む。とくに、温室効果ガスは、2030年までにロンハーマン事業で直接排出される二酸化炭素排出量(スコープ1および2)を実質ゼロにすることを目指す。省エネによる電気使用量の削減に加え、事務所・店舗の電力を再生可能エネルギーに転換する。また、事業から間接的に排出されるスコープ3についても、オリジナル商品の生産工場、仕入れブランド、商品配送と協力して可能な限り削減することを目指す。

サプライチェーンの透明性にも取り組む。ロンハーマン事業のサプライチェーン内の人権、労働環境、アニマルウェルフェアに関する状況を把握し、取引先と共同で改善に努める。

新疆ウイグル自治区の強制労働問題が顕在化してから、中国原産の綿を使用する場合はベターコットンイニシアティブ(Better Cotton Initiative、BCI)コットンを使用している糸メーカーに切り替えた。BCIコットンは綿花を摘む農家の人々への公正な労働条件と待遇を保証するプログラムだ。

「糸は産地と紡績地とがあり、仕入れの段階では実際の産地と違う地名が記載されていることも多くあります。このため、すべてを把握するのが非常に難しいという課題があります。ですが、ロンハーマンとして強制労働で生産された原材料を使うことはできないと考え、BCIコットンを使用することで、問題となっているような人権侵害に加担しない体制を整えました」(根岸氏)

(※BCIは昨年10月、強制労働問題を理由に新疆ウイグル自治区のコットンの保証を中止すると発表したものの、中国内の反発を受けて声明文を取り下げた。これにより新たに批判を受けている)

さらに、トレーサビリティを高めるため、繊維専門商社の豊島から「農場と紡績工場の特定」ができる、トルコ産のオーガニックコットンを調達する。これは海外デザイナーとのコラボレーションによる新プロジェクト商品で使用する。

ロンハーマンとオーガニック バイ ジョンパトリック(ニューヨーク)の新プロジェクト「ザ ビューティフル」には、豊島のトレーサブルオーガニックコットン糸や廃棄予定の食材を再活用して染色したフード テキスタイルが使われている

また、大量廃棄の原因となる余剰在庫を抱えるビジネスモデルの転換を図るため、2023年までに店舗でのセール廃止も目指す。

「アパレル業界では、平時は適正な価格、セール時は安くすることで売上高を上げるという感覚が長年染みついてしまっています。本来、商品がきちんと売れ、セールでは在庫がないのは満点なはずです。それが、セール時に展開できる在庫があったら、もっと売り上げになったのに、と言われる時代が長く続きました」(根岸さん)

アパレル業界では在庫を切らすことは、マネジメントができていないと低評価が下されることもあるという。そうした風潮が加速したことにより、今では業界全体がセール頼みになってしまっていると根岸さんは言う。しかしコロナ禍では一転して、過剰な在庫は重荷になることが顕在化した。また、過剰在庫を減らすことで、資源や温室効果ガスの削減にもつながる。

コロナをきっかけにサプライヤーの意識が変わった

ビジョンの策定に向けて、ロンハーマンはコロナ以前からサプライヤーや、店舗が入居するビルのデベロッパーやオーナーと対話を続けてきた。しかし、当初はサステナビリティについてなかなか聞いてくれるところがなかったという。中には、もともと課題意識をもって取り組んでいるところもあったが、多くは「どうやったらいいのか教えてほしい」と受け身だったという。

それがコロナになって大きく状況が変わった。

1年前、ロンハーマンは、あるコレクションを発表している海外のラグジュアリーブランドに、社会・環境に配慮した取り組みができないか話を持って行った。しかしそのときは営業からの返事はなかった。

ところがコロナになり、半年後にニューヨークで行う展示会の打ち合わせをしたとき、先方から「サステナビリティにも取り組みたい」と話を逆に持ちかけられた。

「そのブランドは、今回のコレクションから、コットンはすべてオーガニックコットンにし、リサイクル可能な素材は100%リサイクルにと、環境に対する姿勢をきちんと見せていくと話してくださいました。半年前は全くそんな話をされていなかったのに、コロナ禍になって一段ギアが上がり、急に動き始めた印象です」(根岸さん)

また、再生可能エネルギーの導入に向けて、ビルオーナーやデベロッパーにも、1年半にわたってアプローチを続けている。以前は話が進まなかったが、最近ではむしろ相手から話を聞きたいと言われるようになった。

コロナ禍は、それ以前から社会にも環境にも配慮したビジネスを目指し、準備をしていた企業にとってはむしろ変化の追い風になっている。

ロンハーマンはコロナ前からサプライヤーや取引先に粘り強くアプローチを続けてきている。そして今、それまで訴えてきたことが相手にも届きはじめた。

アパレル業界全体としても、さまざまな企業が変革に向けたメッセージを発信し始めている。世界に張り巡らされたサプライチェーン網を巻き込み、アパレル業界が変わろうという大きな「うねり」の一端が着実に現れはじめている。

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島 恵美 (しま・えみ)

ESGビジネスライター。IT企業でサステナビリティ担当を15年経験。企業の内側から環境・社会(CSR)・コーポレートガバナンスの社内変革・体制構築を一通り経験。企業の立場から実効性のあるESGについて考えています。モットーは「明日、ビジネスに役立つヒント」をお届けすること。2017年から2年間パリで生活。2児を子育て中のワーキングマザー。