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「がんと就労」への取り組みが企業価値の向上に

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左から当日モデレーターを務めたがんアライ部発起人のひとり、西口洋平さん(一般社団法人キャンサーペアレンツ代表、がんを治療しながらエン・ジャパンに勤務)、春野直之さん、金澤雄太さん

ダイバーシティをはじめとした多様な働き方が追求される現在、がんなどの疾病を患った人たちが働ける環境の整備が喫緊の課題となっている。その解決のヒントとなるのが、「治療しながら就労できる丁寧な職場づくりが組織マネジメントを洗練させ、企業価値の向上につながる」という考え方だ。大手人材会社でがん治療と仕事を両立している社員とその上司の真摯な取り組みを通じて、「がんと就労」にかかわるマネジメントを考察する。(松島 香織)

自分がそこにいる役割を上司がくれた

大手人材会社でがん治療と仕事を両立している金澤雄太さん(がんアライ部第6回勉強会、6月12日、都内で)

がんの治療をしながら大手人材会社に勤務している金澤雄太さんは2014年に盲腸の手術をした際の検査でがんが発覚、その後肝臓や肛門部に転移し現在も治療中だ。これまで3回休職したが、「辞めようと思ったことはない」と言い切る。「前の上司からは『生き様を見せてくれ』と言われ、上司の春野直之さんからは『仕事で自分を表現してくれ』と言われた。復帰して仕事をする意味や意義、自分がそこにいる役割をくれた」と話す。

シニアマネジャーとして70人の社員のマネジメントを担当している上司の春野さんは、父親をがんで失くしており、父親がずっと「仕事をしたい」と話しながら治療する姿を見て来た。所属企業は人材紹介など「働くこと」に関わっており、改めて個人にとって「働くこととは何なのか」を考えさせられたという。

業務チームでは週に1回、金澤さんの様子だけでなくお互いのメンタルヘルスについて話し合い、フォローできるようにした。春野さんは思い込みや仮説を立てずにきちんと金澤さんの話を聞き、チームから聞いた事実を基にマネジメントの判断をしている。

「がんと就労」は時間のフレキシビリティが重要

上司の春野直之さんは金澤さんが積極的に発信することを応援している

がんを治療しながら就労するには、周囲の理解が不可欠になる。治療する人は、業務目標やこれまでのキャリア形成を見直したり、時短勤務などの会社の制度をどう利用するのかが問われてくる。企業側は必要以上に病人扱いすることなく、本人の意思を尊重することが何より重要だ。

金澤さんは罹患時、営業部署のマネジャー職だったが、同じ部署のコンサルタントとして復職した。チャレンジする前に業務目標を下げることはないと春野さんに言われ、復帰後も以前と同じ業務目標のままだった。結果、きちんと成果を出し、業務表彰を受けている。

内勤を考えたこともなく、リモートワークの申請もしていない。家では治療に専念しているおり、家で仕事をすると、治療と仕事のどちらも中途半端になってしまうと考えたからだ。当事者にとってがんを治療しながら就労するには「時間のフレキシビリティ」が必要であり、企業に求められる重要な条件のひとつとなる。

キャリア形成について「それまで役職を上げていくことがキャリアアップだと考えていた。一時、後輩が自分の上司になった時に気持ちが揺らぎ意識の変化があった」と金澤さんは話す。今はタテ関係でなくヨコのつながりで考えられるようになり、その働きぶりが感化してチームによい影響を与えているという。

管理者として、社内外にはどのように「治療しながら就労している社員がいること」を周知していったらよいだろうか。春野さんは、過去にとらわれず未来を憂うことなく現在を精一杯生きるという意味の「前後裁断」という禅の言葉を引用し、金澤さんの勤務状況を取引先にそのまま伝え、他の社員と比較することはしていない、と自然体だ。

金澤さんと上司の春野さんの関係を見てみると、「自分らしさを貫く働き方を認め、状況に応じたマネジメントをする」という当事者に寄り添った姿勢が浮かび上がってくる。そうした自身の価値観を基に判断し、人間関係を大切にした「オーセンティックリーダーシップ」が、ダイバーシティでも必須の考え方になっているようだ。

「がんと就労」への取り組みは企業価値になる

金澤さんは「がんと就労」に取り組む民間プロジェクト「がんアライ部(代表発起人:岩瀬大輔、功能聡子)」に参加している。「がんアライ部」はがん罹患者が生き生きと働くことができる職場や社会の実現を目指し、主に企業の人事担当者を対象にした勉強会の開催や、「がんと就労」に取り組んでいる企業を表彰している。

金澤さんは「働きながら治療にあたるがんサバイバーが30万人以上いてこれが特別ではないことを伝えたい。自分なりに自問自答したことが他の人の役に立てれば」と、「がんアライ部」に共感して自ら連絡を取り、6月12日に人事担当者を対象に東京で開かれた勉強会に登壇した。

カルビーの武田雅子常務執行役員CHROは「今日の対談はマネジメントの教科書が出来るくらい素晴らしかった」とエールを送る

がんサバイバーであり、がんアライ部の発起人のひとりであるカルビーの武田雅子常務執行役員CHRO(最高人事責任者)は、「社員からがんだと聞かされると『どう対応したらよいのか』とその上司から相談を受けることがあるが、その時点で当事者の気持ちが尊重されていない」と指摘する。

一方で武田常務執行役員CHROは、「がんと就労」について社会的な認知度が上がりつつあると感じている。「企業向けにメッセージを発信しているのはがんアライ部だけ。がんを治療しながら就労できる職場づくりが人材育成や組織マネジメントに活かされ、最終的に企業価値につながることを理解してほしい」。

武田氏の言葉は、職場づくりを経営サイドからきちんと位置付けることの意義が大きいことを物語っている。「第1回の勉強会では参加者に『会社から行かされている』という雰囲気があった。第6回の今日の勉強会では、全員から『何かを持ち帰ろう』という熱意を感じた」と期待を示した。

「がんアライ部」は今後、「がんと就労」に取り組んでいる企業を表彰する「第2回がんアライ宣言・アワード」や7月16日にサッポロビール本社で交流会の開催を予定している。

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