【武蔵野大学ウェルビーイング コラム】第5回 ウェルビーイングの土台となる、自然とのつながり感じる力を磨く
第5回 山田 博
「公園で木を感じてみる」授業の様子
(記事内全て筆者撮影)
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2024年4月に設立された武蔵野大学ウェルビーイング学部。これからの未来がウェルビーイングであることを願って、それを実現するウェルビーイング・デザイナー、すなわちウェルビーイングな世の中をどうすれば実現できるのかを考え、形にできる人財を輩出するための学びの場を作るために設置されました。
ウェルビーイングとは、人間の身体と心が健康で良い状態、社会との関係が良い状態を表す概念です。この良い状態は、身体的、精神的、社会的な側面でさまざまな要素が関連しあって生まれるものであり、常に揺れ動きながら変化するものでもあります。
私はこのウェルビーイングの基盤には、私たちの生命を支えてくれる自然とのつながりを感じるということが、とても重要であると考えています。そう考えるに至った経緯をご紹介します。
「そこはかとない不安」の真因に気付く
私は20年間コーチングという領域で、一人ひとりが自分の大切な価値観や人生の目的を明確にし、それに基づいた選択をし、充実した日々を過ごすことを支援してきました。そこで実感したのは、人の状態は精神的な作用によって実に大きく影響されるということでした。なかでも、多くのクライアントの方々と深く関わる中で気づいたのは、多くの人の心の奥底に何かぬぐい難い不安が存在しているということでした。私はそれを「そこはかとない不安」と名付けてその真因に興味を持ちました。
そんな折、私自身が身体的、精神的なダメージを受ける出来事があり、都会を離れて森の中で過ごすことになりました。日々森で一人きりで過ごしているうちに、ある時その真因についての仮説が浮かんできました。それは、「この不安は人間が、自然とのつながりを感じなくなっていることからくるもの」であり、「生命体として非常に危機的な状況に陥っているにも関わらず解決策が見つからないことで不安だけが募っているのではないか」、というものでした。
その後そのような「そこはかとない不安」を持っている人たちを森にお連れして、一人でゆっくりと過ごす時間を持ってもらうと不思議とその不安は和らぎ、中にはそんな不安が全くなかったかのような姿に変容する人もいました。それは人智を超えた自然の力に身を委ねるという体験があって、初めて起きることのようにも感じられました。
これらの経験から、私はウェルビーイングの土台には「自然とのつながりを感じる」ということが欠かせないものだと考えるようになりました。食べ物や空気など、私たちは生存に必要なものを自然から与えられているわけですから、「自然とつながっている」という状態は知識では分かっているのかもしれません。しかし重要なのは、そのつながりを「感じられているか」というところなのです。
「感じる」というのは少し分かりにくいかもしれませんが、私たちは日常で片時も途切れることなく、体内の状況、周囲の気温の変化などを敏感に感じながら生きています。私たちがこのような感じる機能を止めてしまうとしたら、生きること自体に支障をきたすでしょう。
しかし、私たちは身体がそんな機能を果たしていることを認識しなくとも、生きられる環境を手に入れています。そのために「感じる」ということがどこか希薄なものとして、または考えることに比べて重要度の低いものとして、見なされるようになってしまったのかもしれません。別の言い方をすれば、実は感じているけれども、それを自覚できないようになっているのかもしれません。
というわけで、私はウェルビーイングの土台となるものとして、学生のもともと持っている感じる力を呼び起こし、自然とのつながりを深く感じられるようになることを意図した授業を構想していきました。
教えない授業とその目的
授業の目的は、「自然に触れて、感じる力を磨き、自然から学ぶ」こととしました。授業では2つのことを大切にしています。1つ目は、「なるべく教えない」、2つ目は「体験を中心にすること」です。なぜなら、体験を通じて自ら気づいたことほど、後で使える知恵になるからです。
自然・環境入門Aのシラバス
畑や公園での実習体験と、そこで感じたこと、得られた気づき、発見を対話によって振り返ることが中心です。ねらいは自然の営みに直接触れる体験を継続的にすることで、私たち人間が自然とのつながりの中で生かされているということ、地球という生態系の一員であることを心身で深く実感することです。それは身体、心、社会のWell-Beingを支える土台、基礎体力を養成することになります。
初めの授業では、まず、体験から学ぶ上で大切な6つのポイント「体験する、観察する、ゆっくり、感じる、問いを持つ、振り返る」を伝えました。その後、農家からお借りした農地で、学生たちに約1時間、ただただ「土を感じること」をしてもらいました。私には、学生たちの戸惑いが手に取るように伝わってきました。しかし、この日のレポートには、私の想像をはるかに超えた彼らの体験と感想がつづられていました。
農地での実習の様子
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「土に対するイメージはベタベタ、ドロドロ。しかし、本当に踏み込んだ瞬間だいぶ違った。言葉には説明しにくいけど、冷たかった! 土はとても繊細で柔らかい」「自然というのは子ども全員の実家のようなものである。大体の子どもは外で遊んだりして自然と調和してきた。その感覚を取り戻せ、安心感を感じられた」
感じ方が実に多様で、型にハマった表現ではなく、それぞれの言葉で書かれていて素晴らしいと思いました。彼らの乾いた心の中に眠っていた感性が、種が芽吹くように目を覚ましたようにも思えました。
次に、武蔵野キャンパス内と隣接した公園の中に生えている木々の中で、「自分の感性にピンと来る木を見つける」という授業をしました。その後は、公園の芝生で裸足になり、大地を意識しながらゆっくり呼吸するとともに、「自分が木になる」ことを感じてもらいました。
学生たちは、初めは乗り気ではなさそうでしたが、「裸足で地球のエネルギーを吸うことを強く想像しやってみた時、エネルギーが足の裏から血管を通るように全身に伝わり、ほんのり身体が温かくなったように感じた」などと、最後には自然とのつながりを感じてくれたようです。
これらの授業を体験して、学生たちにさまざまな変化が起きました。最終レポートの一部を紹介します。
・今日までの授業を受けてきて、今なら土の感想を1000文字かけるのではないかと思うほどに、自然への感性が豊かになりました。
・授業を受ける前と今で、確実に私自身に変化がありました。下を向いて歩く癖が、木を見上げながら歩く癖に変わったこと、風の匂いや気持ちよさを体感できるようになったことなどです。
・自然の美しさや多様性に触れることで、感謝の気持ちが芽生え、日常の小さな喜びに気づくようになりました。自分自身の観察力や集中力が高まったと感じています。
このように授業の始めの頃よりも「感じる力」が磨かれて、日常の行動にも変化が起きてきているのが分かります。
1、2学期を振り返ってみて、感じ方の深さは各人で異なるものの、ウェルビーイングの土台となる自然とのつながりを感じる基礎体力はある程度、身に付いたようです。
そして、私が学生たちから最も強く感じたのは、彼らの中にある、幼い子どもの頃のような瑞々しい感性は、今もしっかり存在しているということでした。
今後も、学生たちの“感性の展開”により、自然とのつながりの上に成り立つウェルビーイングな社会を創造できることを信じて、共に体験し試行錯誤を続けていこうと思います。
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山田 博(やまだ・ひろし)
武蔵野大学ウェルビーイング学部教授
株式会社森へ 創業者/プロ・コーチ/山伏
1964年生まれ。(株)リクルートを経て、2004年プロ・コーチとして独立。 CTIジャパンにてコーチ、リーダー養成のトレーナーとして約4000人の育成に関わる。2012年(株)CTIジ ャパン代表、2014年(株)ウエイクアップで全員当事者の経営に取り組む。2006年「森のワークショップ」をスタート。2011年「株式会社森へ」を設立。自分、人、森との対話を通じて、原点を思い出す「森のリトリート」を全国各地の森で開催。最近は、山、森、川、海のつながりの中で暮らしながら身体ごと学ぶ場を求めて各地を巡っている。
著書に『森のように生きる』(ナチュラルスピリット)、『森のような経営』(ワニ・プラス)、『RETREATー森と共に、歩む日々。』(金風舎)など。